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4-12 リオトの気持ち

 ジームの病院は役所からそんなに遠くない場所にあった。

 西区の中央・ジームだからか役所ばかりか病院も大きく、会食で倒れていた人達を収容してもまだまだ余裕があった。


「今のところ、すぐに――というわけではないとは思いますが、危険な状態ということには変わりありません」


 ベッドに横たわるギュンターとコーリを前に医者はリオトに向かってそう発言した。

 役所から被害に遭った者達を運び入れて、検査が行われた。

 結果、全員、全く同じ症状であり、息はあるがいつ容態が変わってもおかしくない状況であることがわかった。

 『わかった』とは言ってもそれは憶測でしかなく、『おかしくない』とは言ってもそれは似たような症例から当て嵌めたに過ぎない。

 ジームの医者はこれに対処する術を持っていなくて、そこで手詰まりとなってしまった。

 何故なら――、


「――何せ全く初めて見る毒なので」


 紫の煙はやはり毒だった。だがそれは医者も見たことのないような、解毒薬の調合がわからないような代物だった。


「詳しく調べれば、解毒薬を作ることが出来るかもしれませんが、それまでに彼らが助かるか。それに全員ではありませんが、針で刺されたような謎の跡もあり……正直言って、分かりかねます」


「…………そうですか……」


 極力表情に出さず冷静に返すリオト。

 だが、その声色は重い。家族が被害にあっているのだ。当然だ。

 むしろもっと取り乱しても良いはずなのに、彼はしっかりと自分を制していた。


 医者が立ち去った後、しばらく静寂に包まれた。

 ギュンターはこの街で一番の有力者。

 病院に着いた時、ギュンターとコーリには個室があてがわれた。

 外では会食に参加した有力者達が襲われたという大事件のせいで大騒ぎになっているのに、この部屋だけは時が止まったかのように静かだった。


「大丈夫か? リオト」


「ウィー……?」


 その静寂を破り、ダンとウィーは心配そうな顔でリオトに声を掛けた。


「…………」


 だが、リオトはギュンターとコーリをじっと見ながら閉口している。

 その様子にダンはウィーとお互いに顔を見合わせ肩を竦め、ふとその隣に視線を感じた。

 見るとステラと目が合う。

 ステラもリオトを心配するような面持ちで、だがダンに何かを言いたそうな目をしていた。


「――――」


 それを察したダンはゆっくりと首を縦に振ると、扉の方に向かい、ドアノブに手を掛けた。


「……じゃあリオト。俺達、少し外に出てるわ」


 ステラ、レン、ウィーもそのダンに続くように外に出ようとした。


「…………ちは……」


 だが扉を開けようとした瞬間、リオトの口から掠れた声が漏れて、動きを止めた。

 振り返るとリオトはこっちを見ておらず、相変わらずギュンターとコーリに視線を向けていた。

 けれども、その言葉はダン達に向けられていることを全員が認識した。


「父は遠からずいつかこうなると思っていたんだ」


「――――」


「父はヘリックス商会の代表で、ジームの街をまとめる代表でもあった。ステラには昨夜言ったが――父の政策で不遇な目にあっている者もいる。恨まれていたっておかしくない」


 ギュンターの政策を良く思っていない者は少なからずいる、とリオトは語る。

 その者達がいつかたがが外れて、今日みたいにギュンターを襲ってしまうのをリオトは覚悟していたのだ。

 だけれど、


「まさかコーリも巻き込まれるなんて……」


 悔しそうに拳をギュッと握りしめるリオト。


「リオトは……その、弟のことが嫌いじゃないの?」


 ステラが言いにくそうにそう聞く。

 昨日、リオトは弟に嫌われているはずだ、と言っていた。

 その時の姿は淡々としていて、嫌われていても構わないという風な様子に見えたから、てっきりリオトもコーリのことを良く思っていない、仲が悪いのだ、と考えていた。


 だが、リオトは


「弟が嫌いな兄なんていないさ」

 

と優しい苦笑いをステラに向ける。


「どんなに嫌われていたとしても、俺はコーリのことなら何だってしてやる。コーリがすることなら何だって許せる。コーリを……全力で……守ると……考えていたんだけどな……」


 自重気味に笑うリオトを見て、ステラは悲しげに顔を歪ませる。


「ふん……ならば、お前は……あの会食に来るべきだったな」


「――――!?」


 そんな渋めの声が聞こえ、血相を変えてリオトは声の主に視線を移した。

 ギュンターだ。彼は辛そうに冷や汗をこめかみに垂らしながらも、上半身を起こしリオトを睨んだ。


「おっさん!? 気がついたのか?」


 目を丸くしギュンターに向かってそう叫ぶダンをギュンターは今気付いたかのように疲れた目で見る。


「あぁ。なんとかな。――君は確か……?」


「俺はダン。ダン・ストークだ」


「あぁ。自分の責務も全うしない、いつまでもごっこ遊びを続けている愚息の大切な客人だったな」


「――父さん……」


 毒を食らっても減らず口を叩く父親に、リオトは苦い顔で諫めるようにそう呟く。

 だが、ギュンターはリオトを無視し、未だ苦しそうに眠っているコーリ、そして自身と血の繋がりがないにもかかわらずこの場にいる者達を順番に見ると、状況を理解するように目を瞑る。

 そしてすぐに目を開けると、鋭い目付きでダン達を見た。


「君らが私達をここへ連れてきたのか?」


「あぁ。急に窓が割れたからな。何かあったのかと心配してるリオトと一緒にあの場に向かったんだ。そしたらおっさん達、倒れてたからびっくりしたよ」


「そうか。世話になったな」


 朗らかな様子で自分達が赴いた状況をダンが簡単に説明すると、ギュンターは険しい表情で端的に礼を言う。

 目つきが鋭く険しく固い表情。そんな顔になっているのは普段から、ということもあるが、今身体が毒に苛まれているからだろう。普段よりも数倍怖い。額には脂汗が滲み出ていた。


「父さん、あの場で一体何があったんだ?」


 現場でコーリから少し話を聞いているし、何が出来るのかわからないとはいえ、少しでも状況を理解したい。

 そんな思いから焦燥気味にリオトはそう尋ねた。


「――――」


 リオトのことを睨むギュンター。眉を顰め、場の空気が凍る程の冷徹な目付き。

 だが、リオトは動じない。まるでそれがいつものことのようにギュンターの視線にじっと耐えた。


「ふん……」


 やがてギュンターは自分の考えが纏まり、だが、それがやや不本意であったのか、自虐的に鼻で笑うと、


「ジームにいる傭兵に話そうとしたところで金が無ければ、わざわざここまで事情を聞きにも来ないだろう」


 それは現在の西区の事情のせいでもあるし、元々の気質にも依る。警団が信用ならない今、ジームの人達は金を払いそれぞれ傭兵を雇っている。

 街にいる他の商人の私兵達を動かすにそれ相応の金を払わなければならないが、今、事情を知り金払いも良い人物は動けない。ならば、当然、街の商人、おろか彼らが雇っている傭兵が動くはずもなかった。

 金が無ければ動かない。それ相応の利益が無いなら、自ら危険な状況に赴くはずがない。


「事情を知り意識のある私が動けないなら、仕方がない」


「仕方ないって……」


「ふん。お前に話したところで大した意味がないからな」


 諦め気味にリオトにそう吐き捨てる。その言葉にリオトは心外だと言わんばかりに目を見開き、真一文字に口を結んだ。

 ギュンターはその様子のリオトに再び「ふん」と鼻を鳴らした。


「だが話してやろう。――あの場であった出来事を」

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