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1-4 シエルの塔

 ジャックがダンとキャロラインが住む家に滞在することになって数ヶ月の時が過ぎた。



 その間、ジャックはシエド村に驚くほど溶け込んでいた。

 

 歓迎会の一部であった狩りでのことが影響していた。――というのも誘われるままに村の狩人たちと森に出向くと、すぐにジャックの冒険者としての経験が活きたからだ。


「最初、武器を貸そうかって聞いたが手持ちのナイフのみで良いって言って、1時間もしないうちに今まで見たことないすげー大物を捕らえちまうんだから、そりゃーたまげたさ!」


 ジャックと一緒に行動をしていた村人の言葉だ。

 それからは村人たちは狩りに出向く度にジャックを誘いジャックが大物を何回も捕らえてくるもんだから、狩りの度に宴が行われた。


 また数日前に村の倉庫を襲った害獣の駆除もお願いしたこともあったが、ものの数日もしないうちに対象となる大蛇の駆除に成功したもんだから、ジャックは村の住民からかなり頼りにされたようだった。


 かく言うダンもそんなジャックにえらく懐いた。

 ジャックが狩りから戻ってくるとジャックの元へ走り外へ遊びに連れて行ったり、ジャックの冒険の数々を延々と聞いたりしていた。

 中でも興味をもったのが――




「ねぇ! 王都ってどんなとこなの!?」


 今日は狩りにも行かず、村の手伝いをするというわけでもないので、ジャックはダンと共に家の屋根まで登り日向ぼっこをしているとダンがそんなことを興味深そうな顔で聞いてきた。


 ウィールド王国の王都。

 ジャックが王都から来たと聞いた時はそれよりも興味惹かれた卵があったから気にもしていなかったが、


(そういえばウィールドに住んでるけど、王都については何も知らないなぁ……)


と思い立ったが吉日。


 せっかく王都から来たというジャックがいるのだ。

 聞かない理由はないだろうと目を輝かせ、自分の好奇心に忠実になって質問した。

 ジャックもジャックで、こんな好奇心旺盛な子に教えない理由はないと快く、腕を大きく伸ばし、東側を指差した。


「あの空まで高くそびえ立つ塔を知っているか?」


 ジャックが指し示す方向――その先には山よりも、さらには天よりも高く、その先端が見えない1本の半透明の巨塔があった。


「シエルの塔でしょ!?」


 常識でしょ! とでも言うかのようにドヤ顔で答える。



 シエルの塔。

 大昔――この世界にまだ国というものがなかった時代。突如として現れた女神シエルによって造られた5つの塔。


「あの塔が建っている場所の周りってすごく元気な野菜がたくさん採れるんでしょ!?」


 塔周辺の土壌はなぜか栄養価が高い。

 野菜はもちろんだがその土で育つ草を食べた家畜もそれなりに元気に育つため、飢饉も起こりにくく安定した供給が見込まれる。


「そうだ。さらにだな、シエルの塔の恩恵を受けた周辺の町は栄え、大きくなっていくんだ!」


 そんな豊かで実りある大地の上で、村は町へ、町は都市へ、都市は国へ発展していった。


「そうやって大きくなった1つがウィールド王国。 そしてあの塔の下にあるのが俺たちの国の王都だ!」


「おぉぉ……!」


「王都には城があってな。その城にはこの国の王様が住んでる。 そしてその城の下――つまり城下町にはいろんな人間がいて活気溢れて、町には警団もあるからそれなりに治安は良いな」


「冒険者もいっぱいいるの?」


「そりゃあ……この国の冒険者ギルドの本部があるから多いだろうなぁ」


「冒険者ギルドの……本部……!!」


 ダンの目はさらに輝きを増す。


「冒険者ギルドの本部かぁ!! やっぱりでかいんだろうなぁ……!」


「まぁ……そりゃあそうだろう」


 この数ヶ月で気付いてはいたが、ダンはたいそう冒険者に興味を持っている。

 この村に来た冒険者の話を聞いた時から自分も冒険者になり世界を旅するのが夢らしい。


 中でもジャックの話はどれもとても楽しそうで憧れた。

 自分よりも大きな獣との戦い。

 どっかの大陸で行われるレース。

 祭が終わらない町の話。

 迷宮でのお宝発掘。

 ある戦士との一戦。


 どれもこれもダンが憧れるには十二分な程、楽しそうな話であった。

 そういうわけでより一層冒険者になる夢を膨らませるダンは


「いいなぁいいなぁ……。ぼくも絶対、冒険者になってギルド本部に行きたいなぁ……!」


とかなり愉快そうに、ギルド本部についても思いを馳せていた。


 しかし。

 そうかそうか、とジャックはそんなダンの頭を撫で笑顔を向けるが、その笑顔はやや硬い。

 なぜならこれからダンが何を言い出すかもこの数ヶ月で嫌というほど知っているからである。


「ねぇ! ジャック、やっぱ連れてってよ!」


(やっぱりこう来たか……)

とこの数ヶ月を思い出す。


 ことあるごとに冒険の話を聞いてきては――いや、それ自体は嫌ではないし、むしろ喜んで聞いてくれているからこっちとしても気持ちが良いが、自分も連れていけとせがんでくるのだ。

 まぁ、しかし答えは決まっている。


「ダメだ」


「えぇー。なんでさ! こんなに頼んでるのに!」


「俺はまだ依頼中だ。 シエド村から離れる予定はまだない」


 ダンには悪いが、はぐらかそうとシエド村からは出ない旨を伝える。


 ダンを冒険に連れていくのを許可しない理由はもちろんそれもあるが、やはり子供を連れていくのは危険だからだ。


 だが、自分もそうだったが、そんな理由で納得する子供がどこにいるか。

 だからとりあえず自分がまだシエド村から出て行かず、冒険に出れないということにしている。


(まぁ、事実だしな!)


 しかしそれでも納得してはくれない。

 ダンはつまらなそうに「えぇー」とまた抗議する。


「それってこの卵が孵るまでの話でしょ?」

とダンは居間の端で毛布に包まった状態で鎮座している卵のことを話題に出す。


「そうだが……」


 以前も言ったと思うが、と数ヶ月前にダンの両親たちに頼まれた依頼を説明する。

 頼まれた依頼は、この卵が孵るまで見届けることであると。


 それを興味なさそうに聞いていたダンは


「わかってるよ……」


とぶっきらぼうに返事をする。


(さすがにそれはわかってはいるか)

と一安心するジャック。


(どうか、今日もこれで諦めてくれますように)


 さっき話していたシエルの塔に祈りを捧げた。

 また、ダンもジャックがシエド村をまだ離れないことを理解しているのか、いつもならこれで諦めてくれているという経験からの期待も込めていた。


「……でもさ」


 だがダンは今日はまだ諦めていなかった。


「……卵、いつ孵んの?」


「うっ……」


 痛いところを突かれた。


「あの卵、ここ数ヶ月、ずっと変化ないじゃん! そりゃジャックも頼まれたことだし、数ヶ月はいたんだと思うんだけど、まさかこんなにかかるとは思ってなかったんじゃない? もし一年経っても変化なかったら、さすがにジャックも出ていっちゃうでしょ?」


 堰を切ったようにどんどん抗議するダン。


 確かにそうだ。

 最初のうちはダンと一緒にジャックも今か今かと卵が孵化するのを心待ちにしていたが、1ヶ月経っても何も変化がない。

 2ヶ月もするとあんなに興味津々だったダンの目さえも輝きが失われ、最近では毛布に包んで出来るだけ暖めた状態で居間に放置し数日に一度確認する程度になってしまった。

 にもかかわらずこの卵は何も音沙汰もなく、じっと佇んでいた。


 いや、思い返すと、むしろ王都から出た時から今の今までずっとあの状態のままだった。


 さすがにジャックもここまで孵化するのに時間がかかるとは思っておらず、ダンのいう通り1年を目安にして出ていこうかと考えていた頃であった。

 もちろん依頼達成ならずなので、依頼料を返金することも念頭に入れて。


「だからその時で良いから、ぼくも冒険に連れてってよ!」


 そしてダンは声を大にして冒険に連れてけと懇願した。

 しかしジャックの答えは変わらない。


「だけどダメだ。――しかも今のところはそんな予定もない」


 嘘も方便。

 いや、考えてはいるが、明確には決めてもいないので嘘でもない。


「――――」


「――――」


「なんだよ。ケチ」


 無言の睨み合いの後、ダンは口を尖らせ、子供らしく拗ねた。

 今日のところはようやく諦めたようだった。


「あ!」

と見せかけて、ダンはいいことを思いついたように声を上げた。


「ジャックの依頼って卵が孵るのを見届けることでしょ? だったら卵も持っていけば――」


「ダメだ」


「――――」


「――――」


「……ケチ。ジャックのアホ」


「なんとでも言ってくれ」


 とうとう諦めたようではあった。

 軽い暴言を吐かれたが、まぁ、子供のささやかな抵抗だ。

 大目に見てやろう。とジャックは苦笑いする。





「……でもさ」


 しばらくすると、機嫌が治ったのかはわからないが、子供ながらにやや真面目な口調で口を開いた。


「どうやったら孵るんだろうね」


「さぁな……」


「…………」


「見た目もそうだが、普通の生物の卵とは違うみたいだしな。何か暖める以外の条件も必要なのかもしれない」


「そうだよね……」


「だが、その条件も、こうも手掛かりがないと調べようもないしなぁ」


「ぼくも村長さん家にあった図鑑見せてもらったけど、似たような卵、全然見つからなかったし……」


 ダンの両親、ジャックの腐れ縁から受け取ったあの贈り物は見た目以上にどういう代物で、どの卵に近いのかという検討も皆目つかなかった。

 色々試したいことはあるが、殺してしまう可能性もあったため満足に実験することもできない。


 結局、現状は暖めるだけという策をとらざるを得なかった。




 それからしばらくう~んと悩んでいると、

 突然、家の扉が勢いよく開く音と


「――ジャック! いる!?」


とキャロラインの焦った声が屋根まで伝わった。


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