4-10 落ち込むダン
「冒険者カードが作れない~~~~!!??」
カウンターテーブルがドシンと揺れる。
「ど、どうして……?」
「で、ですからカードを発行するには、そのための素材が必要でして――」
カウンターを挟んで向こう側にいる受付嬢は冷や汗をかき、両手をテーブルにつき前のめりになっている少年に対して愛想笑いを振りまいている。
「非常に申し上げにくいことなんですが、現在在庫切れになっている状態でして……」
「その素材ってすぐ採ってこれるものなのか!? だったら俺が――」
「申し訳ないのですが、それも人の手で製造しているもので、すぐ発注と言われましても、2~3ヶ月かかるかと……。何せこのご時世ですからジームに届けられるかも不明ですし……」
「そんなぁ…………」
少年――ダンは力尽きたように膝をつき、肩を落とす。
「大変申し訳ありません」
本当に申し訳なさそうな表情で、手を重ね頭を深く綺麗に下げる受付嬢。
悲痛でショックを受けているダンにいたたまれない気持ちになったのだろう。
その様子にダンの後ろにいた3人と1匹は苦笑いを浮かべる。
「い、いえ……あなたのせいではありませんから……気にしないでください」
代表してステラがそう受付嬢に言うと、少し安堵したようにほっと息を吐いた。
レンとウィーはダンの背中を両隣からぽんと撫で、
「どんまい、兄ちゃん……」
「ウィー……」
と慰めの言葉をかける。
あまりにも悲しんでいるダンの様子に――彼に振り回されたことは一先ず置いて――同情の目でダンの背中を撫でていた。
1人、同情の他に別の感情も含んだ複雑そうな表情を見せるリオト。
「ちなみに素材がなくなった原因っていうのはわかるのかい?」
受付嬢にそう聞くと、彼女はリオトを認識した途端、すごく困ったような顔を見せ、
「え、えぇ……」
だが、ゆっくりと頷いた。
「――――その原因っていうのは!?」
受付嬢が肯定したとわかると、すぐにダンはもう一度カウンターテーブルにドシンと手をついた。
慌てた様子で、そして縋るように聞くその表情に受付嬢は更に困惑した表情をし、リオトをチラッと見た。
するとリオトは、
「俺を気にすることなく、遠慮なく言ってくれて構わない」
と言いにくそうな受付嬢に向かって首を縦に振った。
「その……大変申し上げにくいことなのですが」
受付嬢は冷や汗を垂らしリオトをチラチラ見ながらも、恐る恐ると言葉を続けた。
「――大領主様の寄付に全て使ったと聞いております」
「…………やはりか……」
ボソッと呟いたリオト。ばつが悪そうに眉間に皺を寄せ、腰にある剣の鞘をギュッと握った。
「大領主ってウェザーのこと……だよね? その寄付って……」
昨日リオトから聞いていたジームの街としての政策。ウェザーに向けての寄付。
その弊害は貧困層のみならずここにもあった。
テーブルに手をついていたダンはそのことがわかると、ぎりっと歯を鳴らすと、
「……ウェザーの野郎ォ!!」
怒りの咆哮を上げた。
★★★
「――皆、すまない」
リオトは頭を下げた。
「父が行った政策がまさかこんな所にも影響を及ぼしていたとは……」
ここは冒険者ギルドを出てすぐ近くの飲食店のテラス。
丸テーブルを囲んで4人が座り、ステラの膝元にウィーが座っていた。
とりあえず冒険者ギルドにこのまま残っていても仕方ないし、お昼も近かったということもあって、ギルドを出て何か食べに行こうということになり、ここにたどり着いた。
「ううん。リオトが謝ることじゃないし。だから顔を上げて」
「ウィーウィー」
リオトの謝罪にステラは苦笑いで両手を振ると、ウィーも同調するように首を縦に振った。
「だが、君達……特にダンをがっかりさせてしまったことは事実だ」
そう言ってステラとレン、それとウィーはダンを見つめた。
テーブルに顔をつけ、力なくダランと下ろしている腕は地面に当たりそうだ。
シクシクと目から涙が流れてくるのを抑えようともしない。
そして全体的に白い。燃え尽きたように、魂が抜けたように身体に力が入っていなかった。
「俺がもう少しジームの、父の政策の事情に詳しければ、こんなことにならずに済んだかもしれない……」
「いや……兄ちゃんの場合は結局こうなっていたと思うよ……冒険者カードが出来ないとわかった時点で……。だから顔上げてよ、剣の兄ちゃん」
「……そうか……」
苦い顔でそう教えるレンにリオトはゆっくりと顔を上げた。だが、その表情は実に気難しい。
どうやらダンを悲しませ、その原因の一旦を身内が担ってしまったことが相当ショックらしい。
「ゥィー……」
そんなリオトの暗い表情を見たウィー。
しょうがないという風にため息を吐くと、
「ウィー? ……どうしたの?」
不意にステラの膝元からテーブルに上り、ダンの顔の近くまで来た。
「ん?」
頬をテーブルにつけていたダンもウィーが近づいたことに気付いてウィーを見上げた。
顔を顰め怒っているような表情で睨むウィー。
後ろ足と太い尾で全身を支え、次の瞬間――、
「ウィッ!!」
「――ブッ!?」
前足をフルスイング。
足の肉球がダンの顔に当たり、そのままダンは横に吹っ飛んだ。
椅子が倒れる激しい音が鳴り、周りにいた客がその元凶に関心を示す。
「ちょっ!? ――ウィー!?」
あまりに急な行動にステラは目を丸くした。
当然レンとリオトも驚くが、レンは迅速に立ち上がると「何でもないで~す」と両手を振り周囲に愛想笑いを振りまいた。
客もそんな彼女の様子を見て、すぐに視線を戻す。
「いきなり何すんだ! ウィー!!」
急に受けたビンタに憤慨し、ウィーを睨みつけるダンだったが、
「ウィー!!」
「――――」
と叱りつけるように吠えるウィーにぐっと口を噤んだ。
その後に何度か「ウィーウィー!」と叫びながら身振り手振りを合わせて動くウィー。
それをじっと見ていたダンはやがて、
「あぁ……そうだな」
その真意を読み取ったのか頷くと、すくっと立ち上がった。
「何も悲しむことはなかったな。ウィーの言うように、街はまだまだどこにでもあるんだ! 冒険者カードだってすぐに発行出来るな! 例え出来なくても、冒険はいつでも出来るしな!!」
(何かわからないけど、ダンの機嫌が良くなった……)
ニカッと笑うダンの機嫌が何故良くなったのか全くわからない3人はぽかんと1人と1匹。
だが、ふたりは既に納得していて、問題は全て片付いたというような表情をしている。
「リオト、悪かったな! もう大丈夫だ」
「いや……俺の方こそ……」
事態の把握があまり出来ていない。
ウィーのおかげでダンが立ち直ったとも見える状況だが、ウィーの言葉はダンにしか理解出来なかった。
だから急に元気になったと見えるのだ。
だがそれでも、リオトは自分の父がしでかしてしまったことに対しての謝罪をしようとしたが、
「リオトは悪くねぇよ。それにリオトの父ちゃんも」
「――――」
ダンは淡々とした言い草でその謝罪を否定する。
「そもそもの原因はウェザーだ! あいつが変なことしでかしたせいでこんなおかしなことになってるんだから!」
それは言われてみたら当たり前のことで、リオトも昨夜ステラに言っていた。
だが、当事者の一端となってしまえば、話は別だ。
自分が直接的な原因ではなかったとしても罪悪感が募る。
「今度会ったら一発ぶん殴ってやる!」
「…………ありがとう」
だから、ダンの言葉はリオトにとって有難かった。
だから、パンッと片方の掌に拳を当てて意気込むダンに、リオトは謝罪ではなく――感謝の言葉を述べた。
「ん? ――おう!」
あまり理解していないような表情が一瞬垣間見えたが、気にせずダンは元気よく歯を見せ、リオトの感謝を受け取った。
「あぁ~何か腹が減ってきたなぁ~! 何か頼んでるのか?」
椅子を直し、ドカッと座って腹を摩るダンにレンはため息を吐くと
「ったく……兄ちゃんは忙しいねぇ~!」
すみませ~ん、とレンは給仕を呼び、急いで料理を運ぶように頼んだ。
ダンの機嫌が良くなり、和やかな雰囲気が戻ってきた。
ウィーも安心したように息を吐く。
そんなふたりを見て、リオトはどこか納得したような表情を見せると、
「ダンとウィーは不思議な繋がりがあるんだな」
「あ? あぁ! 俺とウィーはいつも一緒にいる相棒兼友達で家族だ!」
なぁ、ウィー、とニカッと笑うと、しょうがないなと言う風に「ウィー」とウィーは手を上げた。
「家族……か……」
リオトはそんなふたりの様子を眩しそうに見つめ、そうボソッと呟いた。
「さ、そんなことより飯食べようぜ! 飯!」
「まだ飯来てないから、兄ちゃん!」
「え~!」
「兄ちゃんがメソメソしてるのが悪いんだから!」
ダンとレンの言い合いがまた始まり、
「ウィー、ありがとうね」
「ウィー!」
安堵するように笑ってお礼を言うステラに嬉しそうに手を上げるウィー。
煩くも、だけど、心地良い。そんな雰囲気に戻った。
リオトは自然と口角を上げた。
だが――そんな楽しい穏やかな空気は長くはもたなかった。
――パンッ!
空気が破裂する音が微かに聞こえた。
「? なんだ?」
辺りを見渡すダン達。だが、外で何かが起こった様子はなかった。
気のせいか、とまた談笑を続けようとしたところで――、
――パリン……!
ガラスが割れた音が街中に響き渡った。