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4-8 リオトの隠し事 後編

 夜の大通りは日が出ている時とは違い、穏やかな雰囲気に包まれていた。

 昼間にあった店はほとんど閉められ、店員が呼び込みのために外に出ているということもない。

 明かりがついているのは飲み屋だけで、時折笑い声も聞こえてきた。


 そんな大通りとは一変して、路地裏に行くとそこは静寂に満ち溢れていた。

 明かりもほとんどなく、暗闇。

 月明りとランプの光を頼りに道を進むほかない。


「ね、ねぇ……本当にこっちで合ってるの?」


「あぁ。大丈夫だ」


 路地裏を歩く2人の声が響く。

 ランプを持ち先導しているリオトと怯えた表情をしているステラだ。

 外に出ることはわかっていたが、まさかこうも不気味な通りを歩く羽目になるとは。


(行くって言わなきゃよかった……)


 ステラは自分の発言を少しばかり後悔した。

 だが、ここでやめて1人で帰るわけにもいかず、結局リオトの裾を掴みはぐれないようについていくしかなかった。


「どこまで行くの?」


「あと少しだ」


「…………そればっかり」


 慣れているリオトは足取りも軽く、ランプの明かりだけでどんどん進んでいき、ステラもビクビクと周囲を警戒しながらも足を動かした。




「着いたよ」


 先ほど会話していた所からもうしばらく歩いた時、漸くリオトがそう発言した。

 目的地に着いたことで少し安堵するステラ。だが、その場所を見てすぐに首を傾げた。

 ランプの明かりで見える範囲だけだが、そこは何の変哲のないただの路地裏。

 これまで進んだ通りと何も変わらなかった。


 場所を間違えているのだろうか?

 いや、でもリオトは――ステラの主観ではあるが――迷いなくここへ向かっていた気がする。


(いったい何が――?)


と考えていると、


「――キャッ!」


 暗闇で何か蠢いた気がして、思わず悲鳴を上げてリオトの背中に隠れた。


(お、お化けとかじゃないよね……!?)


 平然とじっとしているリオトの後ろで怯えるステラ。

 恐る恐る前方にあるものを覗き見ようとした――その時、前にいたはずのリオトがステラの視界から消えた。


「え?」


 急な変化にステラは驚き戸惑いの声を上げたが、まぁ別にリオト自身が消えていなくなったわけではない。

 ただ単純にしゃがみ込んだだけ。

 ステラもすぐにランプの光が下にあることで理解した。

 そして、リオトの前方にいた影は近づき、その光によって姿がはっきりと照らし出された。


「…………子供?」


 そこにはまだ年端もいかない子供が立っていた。

 ただその姿は痩せ細り、全体的に汚れで黒ずんでいた。

 ボロボロの布の服を着ていて、足は裸足。虫刺されの跡も多数見えた。


 そしてそんな子供がリオトに向かって手を差し出している。

 両手をくっつけて上にして、リオトに期待する眼差しを向けていた。


「あぁ……わかったわかった。何回も言っているが、1個までだからな?」


 わかった、とでも言うように素早く頷く子供。

 リオトは持ってきていた袋に手を突っ込むと、パン屑を取り出しその子の手の上に乗せた。

 嬉しそうな、幸せそうな満面の笑みをする子供。

 パンを大事そうに抱えるとすぐにその場を離れた。


 そして1人の子供が離れると、わらわらと暗闇から同じような格好の子供達がリオトの所に集まってきた。

 皆、リオトに手を出し、乞うような眼差しを向けている。


「焦るなよ。沢山あるから。順番に並びな」


 子供達は律儀にリオトに言われた通りに並んだ。

 リオトは順番に手を差し伸べる子供達の手の上にひたすら革袋に入ったパン屑を乗せていった。


「これは…………?」


 ステラが戸惑うのも無理はない。

 昼間のジームの大通りの街並みから浮かぶイメージとは全く逆の子供達の様子。

 リオトから聞いていた話とは違う景色がそこにあった。


「ジームの闇」


 革袋の中を全部空っぽにして、その全てをここにいる子供達に渡し終えたリオトはそう呟いた。


「こいつらは孤児なんだ。それも最近なったばかりの奴らが多い」


「最近って…………」


「ちょうど大領主がウェザーになって、ジームではウェザーに寄付をし出した頃といえばわかりやすいかな?」


「――――」


「ジームには2つの顔がある。ステラも見たようなウェザーや警団に屈せず活気溢れる大通り。そしてこの子達孤児や日雇いの賃金で1日を生きるのに必死な者達がいる路地裏」


 わかりやすく言えばジームは富裕層の大通りと貧困層の路地裏と大きく二極化されている。

 大通りは今朝ダン達が見たように商人達が自分達の品を売るために日々大声を張り上げ客に笑顔を振り撒いている。

 だが、そんな大通りにいる商人達はジームの住民の中でほんの一握り。激しい商売競争に勝った者達がその場所に店を構えていた。

 当然、大通りはジームの中で1番目立つ。そのためいくらでも金が入り、自然と裕福になる。


 一方で大通りに店を構える住民以外はどうしているか。

 それは通り以外の場所に行くしかない。

 そしてその場所は今、ステラ達がいる路地裏のように目立たず、そのせいで金の通りも悪い。

 それでも、日々を暮らす分にはよかった。金の通りが悪いとはいえ、ジームの中だ。

 家族で日々を生活し蓄えをするくらいの金は巡ってきていた。

 ――――今までは。


「だが、ウェザーの政策により重税を課せられ、父の作戦によりウェザーに多額の寄付をする。それによって1番被害を受けるのは誰か…………」


「それって……貧困層の……」


「そうだ」


 リオトは苦い顔で頷いた。


 高額の税や寄付をするせいで今までやっとのことで巡ってきていた金の通りは一層悪くなり、蓄えをする余裕もなくなってくる。

 路地裏で生活している住民はどんどん金を吸い取られ、1日を1人生きていくのがやっとの賃金しか得られなくなった。


「そしてその生活が苦しくなると、働いてもいないただ食費やその他費用を使うだけの存在は邪魔と考えてしまうんだ」


 そうして苦渋の決断で子供達を捨てる。自分達が生きていくに必死で、子供の面倒まで見切れない、と。

 一見、ウェザーに屈しない姿勢を見せていたジーム。だが、ここには路地裏という闇に隠された犠牲があった。


「…………お父さんには言ったの?」


 心配そうな眼差しでリオトを見つめるステラ。

 可能性は低いが、もしかしたらリオトの父ギュンターはこの状況を知らないかもしれない。知らなくて、対策が出来ていないのかもしれない。


「もちろん」


 だが、そのステラの考えはリオトの首肯により一瞬にして棄却された。


「知っていて、敢えて何もしていないんだ」


「…………そんな……」


「父にとって重要なのはヘリックス商会とジームの経済が回ることだ。むしろそれ以外のことはどうでもいいとさえ考えている。孤児の問題なんて全く考えていないと言っていいだろう」


「――――」


 淡々と落ち着いた口調をしているように聞こえるが、その芯の部分は憤りが篭っていて、だけどどこか諦めのような気持ちも含まれていた。

 自分の父には何も期待していないかのような、そんな諦めが。


「それに――」


 そして更にリオトはため息を吐くと、


「例え父が何かをしたとしても根本的な解決にならない」


と顔を顰めた。

 ステラは目を丸くして「…………え?」と聞き返した。


「ステラ達の話だとジームはこれでも活気のある街だ。ということは、他の街や村はもっと悲惨な目に遭っているんだろ?」


「それは…………」


 ジームに来るまでの他の街の様子を思い出すステラ。

 ロトの街に始まり、数々の村にも訪れたが、皆一様にして諦めたような眼をしていて、覇気がなかった。

 そしてジームよりも多く、破産し金がなく路頭に迷っている人達も目にした。


 そんな様相を思い出し眉を顰めるステラにリオトは自分の推測が当たっていると確信し肩を竦めた。


「その様子だと俺の推測はどうやら当たっているらしいな」


「…………うん……」


「西区のこの問題を解決するには――当たり前だが――ウェザーをどうにかするしかない」


「――――!」


 確かに西区の今の状況を作り出した諸悪の根源はウェザー・ドロンゴである。

 リオトの言う通り、ウェザーを何らかの方法で止めることが出来れば、西区の状況を好転させられるかもしれない。


 だが。

 ステラは戸惑いがちにリオトを見つめた。


「で、でもウェザーって大領主なんだよね……そんな人に歯向かうなんて……」


 ウェザーは西区の大領主。

 そんな人がステラやリオトのような一介の庶民の言うことを聞くとは思えない。

 むしろ、ウェザーは横暴な人間と聞く。

 歯向かったら何をされるか。


 そのことをリオトも理解していないわけではなかった。

 ステラの言うことに頷き、


「――あぁ。確かに無謀だ。だから直接俺達がウェザーをどうにかはできないと思う」


と同意する。

 ステラはリオトの真意がわからず首を傾げた。


「――――?」


「ウェザーをどうにかできる人物に頼るか、もしくはその人になる(・・)しかない、と俺は思う」


「――――!」


「つまりウェザーよりも位の高い貴族・王族か王の直属である騎士だな」


 貴族や王族、それに騎士。

 どれもウェザーの権力に屈することのない、むしろウェザーの方が分が悪い。

 確かにそういう人物ならばウェザーをコントロール出来るかもしれない。


「西区ではウェザーより上の人物なんて当然いない。だが、王都になら可能性はある」


 そして、王都にならばそういう――ウェザーの行いをよく思わない、かつ自分達の話を聞いてくれる人物に会える可能性がある。


 そうでなくても、リオト自身がそういう(・・・・)人物になれば――時間は掛かるかもしれないが――どうにでもなる。

 リオトの夢は騎士なのだから。


 今はこの子達のこともあってすぐに動けそうにないが、とリオトは前置きすると、


「俺もなるべく早く王都を目指す。ウェザーのことを進言するために! 俺自身が騎士になるために!」


 迷いのない目で前を向き、強い意志を持って拳をギュッと握った。

 そんな様子のリオトを見て、ステラは安堵したような、確信したような優しい微笑みを見せた。


「やっぱりリオトは良い人なんだね」


 面食らったように目を丸くしたリオト。

 やがてステラの言うことを理解すると、自虐的に苦笑した。


「俺はそんなんじゃないよ。むしろ偽善者だと言われてもおかしくないのだから」


「ふふ。そういう所もだよ」


「…………ステラはよくわからないことを口にする」


 しばらく考えたが、ステラが何故納得したように笑っているのかわからなかった。

 訝しげにリオトは眉を顰めるが、ステラはそんなことお構いなしに微笑み続けた。



「もう夜も遅くなってきたね」


 そして上を向き、路地裏の建物の間から見える、もう既に真上に来ている月を眺めながら、ステラはそう言う。

 そんなステラを見ていたリオトは考えるのを諦めたように肩を竦めた。


「そうだな。もう家に戻ろうか」


「うん!」


 リオトとステラは再びランプの灯りを頼りに踵を返して家へゆっくりと歩いていった。

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