幕間 アジトの中で
同刻。ジームの街近くの森の中。
太陽が出ている時とは違い、暗くなると鬱蒼とし不気味な雰囲気。
木々の騒めきも朝とは違いどこか重く、空気が肌寒いのも太陽が沈んだからだけではなさそうだ。
そんな森の中。整備された道からだいぶ離れた、より静寂な場所にひっそりと洞窟の入り口があった。
それは確かに自然発生的に出来た口ではありそうだが、その入り口は巧妙に隠されていた。
簡易的な物見櫓のような人工物も洞窟の真上に見張り場所があるように建てられていたが、その櫓も草木で上手く偽装されていた。
その洞窟は入ると徐々に下に降るような坂になっていて、やがて平坦になったと思うとやや広い空間に出た。
入り口以外にもどこかに穴があるのか、壁の至るところに取り付けられた蝋燭の火がゆらゆらと空気の流れに合わせて揺れていた。
「……いってぇええエェ!」
そんな中、空間の真ん中に陣取った丸太椅子に座っていた男が悲痛な声を上げた。
ダン達に返り討ちにあった野盗の頭――ブリガンドだった。
腫らした顔、腕や胸、腹に切り傷や打撲痕。その怪我の上から塗られた傷薬がえらく染みる。
治療のためとはいえ、何故こんな目に合わねばならないのか。
「あのくそガキどもメェ!!」
朝方出会ったあの子供たちを思い出す。
不敵な笑みをする茶髪の男とキザっぽくていけ好かない顔の青髪の男。
あの2人にこんな怪我を負わせられた。
他の奴らも皆同じくらい重症だ。
ここは野盗のアジト。朝方ダン達が倒した野盗の住む場所だった。
「お、お頭。大丈夫ですかい?」
「見てわかんねぇのカァ!? 全然大丈夫じゃねぇヨォ!!」
「ひぃいい、すいやせん!!」
そしてブリガンドは心配してくれた仲間にも八つ当たりする始末。
あんなガキ2人にやられたのが屈辱で、イライラが止まらないのだ。
全く、こんなにコテンパンにされたのは一体いつ以来だろうか。
思えば大分久しぶりなような気もする。
何をしても、何をやっても、全てが無駄に思え、効いたかと思えばすぐに反撃される。
大人数でしっかりと囲めるくらいいたはずなのに、その誰もが相手に怪我1つつけることができない。
そんな無力感を感じる戦いはいつだったか――。
「あぁ……あの時ダ……」
「あの時……とは?」
「10年前ダ!」
ブリガンドは苛立ちを隠さず、近くにいた仲間に怒鳴りつけた。
「10年前ェ! 大頭が捕まった時もこうやってやられたんだヨォ!」
本当は思い出したくもない。だが、思い出してしまったかつての記憶。
「簡単に捕まえたと思った男1人にアジトごと壊滅させられたんダ!」
10年前。今日のように旅人から金品を奪おうと1人の男を捕まえた。
明るめの茶髪に大雑把でがさつそうな性格をしてそうな間抜けな顔。
黙ってりゃ精悍な顔立ちをしているのに、へらへらとバンディードに取り繕っていた。
そんな男から金になるモノは骨でも内臓でも奪えるだけ奪ってしまおうとアジトに連れてきたはいいが、見張りを交代しているタイミングで逃げ出された。
そのまま外に出ていったと思ったら――奴はアジトに残っていた。
ナイフ1本片手に、その男は不敵な笑みをしてその場に立っていた。
だが、
「俺達は油断していタ!」
相手はナイフ1本しかない男1人。こちらは多勢。
男が持っていた武器や金品も既に下っ端に売りに行かせていた。
そんな状態で、へらへらとしていた男に負けるはずがない。
もう1回捕まえて、今度は逃げる気も無くす程痛めつけてやろう。
賊達は口角を吊り上げて、男に襲い掛かった。
だが――痛めつけられたの自分達だった。
へらへらとしていたさっきまでとは違い俊敏な動き。
目で追うこともできず、賊の攻撃は当たらず、逆に男の攻撃は当たる。
賊達はなす術なく一方的にやられ、男は終いには発煙筒を点火し始めた。
その発煙筒を見て何かを悟ったバンディードは叫んだ。
『お前ら、逃げろぉ! こいつは警団に依頼された冒険者だ!! 直に警団も来るぞぉ!!』
男は不敵な笑みのまま、バンディードの叫びに対して『当たりだ』と言うとそのままバンディードの顎目掛けて拳を放ち、大頭は倒された。
ブリガンド率いる今の野盗の仲間達はバンディードの最後の言葉通りにアジトから逃げ出し、途中武器を売り終わった下っ端達とも合流してそのままこの場所まで逃げてきた。
思い出す度に自分の無能さに呆れ、大頭が捕まってしまったことを悔やむ。
だから記憶に蓋して封印していたのだが、今日の一件で思い出してしまった。
思えば、あの茶髪の少年の腰に差していたナイフの鞘。
どこかあの男が持っていた物と似ている気がする。
「あのガキ、まさかあいつと知り合いカァ?」
そう考えるとあの不敵な笑みもどこか似ている。
「クソォ!!」
「――――ッ!!」
更にイライラが募り、ブリガンドは近くにいた仲間を蹴飛ばした。
そんな不機嫌な気分の中、
「――あらら~。そんなにイラついたら身体に良くないよ~」
後ろから聞き覚えのない女の声が聞こえた。
声の方向を横目で見ると、すぐ後ろに見知らぬ女。今まで全然気配なんてなかったのに…………。
少なくとも自分達の仲間にはいない。
肩まで伸びさらさらとしている桃色の髪に、紅い瞳。
おちょくったようなにやけ面でなければ可愛らしい端正な顔立ち。
高級そうな外套のせいで体型がわかりずらいが、足が細いことからその身体も充分細いのだろう。
ここらにはいない。むしろ何故こんな所にいるのか不思議でならない。
そんな奇妙で可愛くも妖艶な雰囲気の持ち主だった。
「何ダァ? お前ェ?」
「いや~。別にぃ。大した者じゃあないよ」
緊張感のないふんわりとしていて、だけど妙に色気のある声。
仲間の誰かが雇った娼婦だろうか?
いや、だったら自分に話しかけることなんてせずにすぐにそっちへ行けばいい。
なのにこの女はじっとブリガンドを見据えている。
「何の用ダァ? 俺はイラついてんだ。用がないならさっさと退きやがれ」
「ん~。一応用はあるんだけどね。でもそんな態度だと話す気がなくなっちゃうなぁ」
「アァ?」
「だから――気を付け」
「――――!?」
女がそう言うと、ブリガンドは急に後ろを振り向き直立した。
「な、何ダァ!?」
自分の意思とは関係のなく強制された突然の行動にブリガンドは驚きの声を上げた。
「そのまま、3回回ってワン!」
「――ワン! ……~~~~!?」
彼女の言うことに逆らうことが出来ない。
「テ、テメェ! お頭に何をした!?」
ブリガンドが混乱している間、さっき蹴った仲間が女に飛び掛かろうとした。
だが――、
「――――」
「――グハッ!」
女には仲間がいた。
黒髪黒目の9歳くらいの少年。
その少年が、女に飛び掛かろうとした野盗の背中にのしかかり、倒れかかった野盗の腕を後ろに回しそのまま乗っかった。
腕は完全に決まり、痛みに必死に抵抗しようとする。
だが圧倒的に身長差、体重差があるのに野盗は動くことができない。
「へぇ~。蹴っ飛ばされたのに助けようとするんだ。頭思いなんだねぇ~」
本当に意外そうに少年に抑えつけられた野盗を見ている女。
何が起こったのかわからないが、どうやら今はこの女に逆らうことが出来ないらしい。
「な、何の用ダァ?」
「ん~、敬語かなぁ?」
「何の用……ですカ?」
「よろしい」
満足そうに女はそう微笑んで頷いた。
「私達はウェザー様の頼みでここに来たんだ~」
「ウェザー? あの大領主のこと……ですカ?」
「うん。そうだよ。そのウェザー様から君達に依頼があるの」
「依頼ですカ? ヘッ……大領主が俺達低俗に依頼なんて……」
ブリガンドは馬鹿にしたように鼻で笑う。
大領主であるウェザーが野盗に依頼なんてするはずがない。
この女がウェザーの使いで来たというのが嘘らしくなってきた。
だが彼女は笑みを崩さず、両の手を横に振った。
「そんなことないよ。君らにしか出来ない仕事。……それに――」
そう言って、女は外套の中に手を入れると何かがパンパンに詰まった革袋を取り出した。
それをブリガンドの足元に投げ渡す。
「――!! これは!?」
その中には大量の金。見ただけで一生食うのに困らない程の金額が入っていることがわかった。
「でもまだこれは上げられない」
取って渡して、と女はブリガンドに命令する。
ブリガンドは言う通りに足元の革袋を拾うと、女に手渡した。
内心は渋々だったが、身体は言うことを聞いてくれない。
「これは成功報酬。君らがウェザー様の依頼を完遂出来たら上げるよ。――まぁでもそれじゃあ可哀想だから」
女は革袋に手を突っ込むとその中から無造作に金貨を取ると、再びブリガンドの足元に投げる。
その金貨の額だけでもブリガンドが手にすることはできない程だ。
金貨を見ただけで頬の緩みが抑えることが出来ない。
「あと……成功率を上げるための武器とか物とかも上げる」
金をこんなに貰える。どういう依頼か知らないが武器も貰える。
最初は気に食わなかったが、こんなに至れり尽くせりな状況だったら、例え大領主ウェザーからの依頼じゃなくてもいい。
そう思い返す程にはブリガンドの心境は変化していた。
「それと……今朝会った少年君達にも仕返しできるかもね~」
怪しい笑みを浮かべる女のその発言にブリガンドは更に口角を上げた。
ブリガンドの心はもう既に決まりきった。
まぁでもまずは――、
「依頼は何ですカ?」
「ふふ――――」
『ガルルル――』
女の妖艶な笑い声と同時にその後ろから、唸り声が――野盗のアジトに響き渡った。