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4-5 ヘリックス商会

 ヘリックス商会。

 ウィールド王国の西区において最大の商会がここだ。

 平民の出で、各地を商売で渡り歩いて成り上がった大富豪ガスパー・ヘリックスが立ち上げた。

 扱っている商品は多岐にわたり、西区においてちょっとお金を持っている人は全身のどこかに必ずヘリックス商会から買ったモノを身に着けていると言われているほどだ。

 そういうわけでヘリックス商会には多くの客が訪れていて、店内は常に人がいる状態。

 ジームがこうして西区の第2都市と呼ばれるようになったのもヘリックス商会のおかげといって過言ではない。

 現在は3代目。リオトの父ギュンター・ヘリックスがこの商会を治めている。


「――というわけで剣の兄ちゃんの家は西区で超が付くほどのお金持ちってことになるんだ」


「なるほど……」


 レンの解説にステラは感心したように頷く。

 『ヘリックス商会』について当然知らなかったステラ。

 驚きの顔をしていたレンに聞くとそう優しく説明してくれたのだ。


 ちなみにここは商会の裏側。つまりはリオトの家のある一室。所謂、応接室と呼ばれるところだ。

 リオトによってダン達はそこに案内された。

 ステラとレンはその部屋の長椅子に隣り合って座り、リオトはその向かいの椅子に腰を下ろしていた。

 ダンはというと、レンとステラが解放してくれたおかげでその室内を物色し始めている。

 まぁここならどこかに消えてしまうこともないし、リオトもいるし、大事にはならないだろう。


「まぁウェザーのおかげで客足は多少減ったけどね……」


 そんなリオトはぽりぽりと気まずそうに頬を掻いている。

 自分の身元について大袈裟に――でもないが、良い感じに紹介されて少し恥ずかしいのだろう。


「それでもさっきの人の数はすごかったよ……」


 ステラの言う通り、商会の中は人が入り乱れていた。

 中でも多いのは自分達と同じか、もしくはそれより少し高級な旅装束を着ている客。

 店内を物色しては手に溢れんばかりの品物を買い、店を後にしていた。

 その品もどこか遠出をするためを想定されているものばかり。


「まぁ西区のどの街に行くにしてもジームは通るからね。旅に必要なものも一通り揃ってるからそれらを買いに来る客は多いね」


「それでなんだけどさ! 剣の兄ちゃん!」


 レンの目がキラリと光った。

 その声に反応してリオトが「何だい?」と下を向くと、


「ヘリックス商会は地図も売ってたりするよね!?」


「もちろん。残念ながら燃えない地図はないけどね」


 そう苦笑するリオトにレンは両手を組み更に目を輝かせリオトを見つめた。


「その地図ってあたし達にくれたり――」


「――燃えるので良ければぜひ買ってくれ」


 その言葉を聞いてがっくしと頭を下げるレン。


「何だ……貰えないのか」


「すまないが、これでも商人の息子だからね。あげるという選択肢はないよ」


 安く売ることはできるけどね、とリオトはとりあえずの譲歩を優しく言い放つ。

 いくらリオトが良い人そうであっても、さすがに商人の血を継いでいることはある。


 むぅっと頬を膨らませているレンにステラは「仕方ないよ」と微笑み頭をポンポンと撫でると


「じゃあ地図を1つ買うわ」


と指を1本立て、リオトにそう言った。

 リオトもそれに頷き、


「あぁ。あとで持ってこさせよう」


と難なく商談が成立した。




――バタン!!


 その後、しばらくリオトと談笑を楽しんでいると急に応接間の扉が開く音がした。

 驚いてその扉の方を見ると、そこにはオールバックの黒髪にスラっとした長身の男。そしてレンと少し高いくらいの背丈でリオトと同じ髪色をした少年が身なりの良い恰好をして立っていた。


「父さん……」


 いつの間にかリオトも立っていて、男の方を見ていた。

 その表情はどこか硬く、緊張している面持ちだった。

 父と呼ばれた男はダン達を一瞥した後すぐにリオトに冷たい視線を向ける。


「あぁ……帰っていたのか」


「はい。父さん達も早いお帰りで」


「そこの者達は?」


「僕の客人です」


 リオトが手をステラ達に向けるので、ステラ、レンも慌てて立ち上がってお辞儀をする。

 ダンは応接間の奥にある暖炉の上にあった飾りを興味津々で見ていたが、どこか雰囲気が変わったのを察し後ろを振り向くと、「ん?」ときょとん顔で男達を見ていた。


 その様子を冷静に見ていた男は特に気にすることなく、


「リオトの父のギュンター・ヘリックスだ。隣にいるのは私の末の子のコーリ」


と淡々とした、事務作業のような口調でそう挨拶した。

 コーリと呼ばれた少年も「コーリです」と丁寧にお辞儀をする。


「えっと……ステラです。よろしくお願いします」


「レンです」


「ウィ~」


「俺はダンだ!」


 そしてダン達も各々――ステラとレン、それにウィーは緊張した面持ちでダンはにこやかな表情で――挨拶をすると、ギュンターは再びリオトの方を向いた。


「彼らとはどういう関係なんだ?」


「…………えっと……」


「リオトにはジームに来る前に森で助けてもらったんだ!」


 ギュンターの質問にリオトが言い及んでいると、ダンが腰に手を当て明るい笑みでそう言う。

 するとギュンターは眉を顰めた。


「森で……?」


とリオトの腰にある剣に視線を移すと、フンと鼻で笑った。


「お前はまた森で騎士ごっこ(・・)をしていたのか?」


「――――!! ごっこではありません! 騎士になるための鍛錬です!」


 ギュンターの言葉にリオトはむきになり大声でそう反論する。

 だが彼は意に介さず見下すようにリオトを見る。


「ふん。どちらにしても同じことだ」


「いえ、全くちが――」


「お前はヘリックス家の長男。将来、ヘリックス商会を継ぐ男だ。そんなお前が将来に関係のない鍛錬などしてどうしてごっこ遊びではないと言える?」


「それは……」


 ギュンターの冷たく重たい声にリオトは口ごもってしまう。


「16にもなってまだ遊ぶつもりか? 4つ下のコーリの方がまだましだぞ」


「ですから……前から言っている通り僕は商人になんて――」


 それでも何か言い返そうと口を開いた途端、


「いい加減にしなさい」


 冷酷にそう一蹴されてしまい、ぐっと口を詰まらせた。

 ギュンターははぁと煩わしそうにため息を吐くと、


「自分がやるべき責務を全うせず、いつまでもそうして遊んでいるようなら金輪際、剣に触るのを禁止とする」


「――――!?」


「まずは明日のジームの会食に参加しなさい。そこでお前を次期ヘリックス商会の長、コーリをその補佐として紹介する」


「ちょっと待ってください!」


「――話は以上だ」


 反論しようと手を伸ばしたリオトの言い分も皆まで聞かず無視し、そう言い放つ。

 最後にステラ達の方を向くと、


「時間を取らせたな。君達もゆっくりしていくと良い」


とギュンターは応接間の扉を閉めた。





 静寂が応接間を包む。

 リオトは悔しそうに伸ばしていた手を下ろしギュッと拳を握り、それをステラとレンは気まずそうに見ていた。

 ダンとウィーもそんな3人の様子を眺めて居心地が悪そうにその場に立っていた。


「見苦しいところを見せてしまったね」


 しばらくそんな空気が流れていたが、ダン達がいることを思い出したリオトは気まずそうに苦笑いをすると力なく椅子に座った。

 そして立ちっぱなしのステラとレンに座るように手振りをする。

 その指示にステラとレンは顔を見合わせるが、リオトの言う通りに黙ってゆっくりと腰掛けた。


「あぁ……なんというか……悪かったな……森で助けてもらったとか言っちゃって……」


 おそらくリオトが父親に怒られた要因は自分が森での話をしてしまったからだ、と考えたダン。

 ばつが悪そうに頭を掻きつつリオトにそう謝ると、リオトは首を横に振った。


「いいや。ダンのせいじゃないさ。いずれこうなることは目に見えていたよ」


「そう…………なのか?」


「元々、父には騎士になることを反対されていたんだ。俺はヘリックス家の長男だからな。長男は代々ヘリックス商会を継ぐことになっている。俺よりも弟のコーリの方が才能も、興味もあるっていうのにな」


 リオトの弟コーリ・ヘリックス。さっきギュンターと一緒にいた紺色の髪をした少年だ。

 リオトに負けずクールだが、やや幼さが残る顔立ちをしていた。目つきもそんなにきつくなくどこか柔らかい印象があった。

 そんなコーリはいつもギュンターに付いて回り、ヘリックス商会の運営や商いについて勉強しているらしい。

 それもギュンターの指示ではなく、自分の意思で。


「コーリが継げばいいと思うんだが、父としてはどうしても俺に継がせたいらしくてな。いつも長男の責務を全うしろって言われるよ。おそらくだが、コーリも俺のことを嫌ってるはずだ。自分よりも才能がなく、遊んでばっかの奴が次期商会長、つまりジームの実質的なトップになるんだからな」


「実質的なトップ?」


 ステラはリオトの言葉を復唱し、首を傾げると隣にいるレンが口を開く。


「ヘリックス商会はジームの発展に最も貢献した商会だからね~。街の店舗の位置取りとか政策とかはヘリックス商会が中心になって決めているんじゃないかなぁ~?」


 レンの憶測にリオトは首を縦に振った。


「その通りだ。ウェザーに寄付をしようと提案したのもうちの父と聞いている。明日の会食もおそらくはジームの今後について話し合うんだろう」


「それで? お前はどうしたいんだ?」


「もちろん明日の会食には出ないつもりだ」


 ダンの質問にリオトは即答する。


「え……それじゃ……」


 その解答は、つまりはギュンターに従わないということ。

 そうなる場合、さっきのギュンターの話からするとリオトの腰にある剣が奪われる。

 ステラは戸惑いがちにリオトを見ると、リオトは先ほどの悔しそうな表情から一変して毅然とした態度になっていた。


「父の命令に逆らったら剣を取り上げられてしまうが、仮に明日の会食に出たとしても、俺はもうここを継ぐことが確定となってしまう」


 会食に参加しギュンターがリオトを紹介すれば、リオトはジームの住民やその他有力な取引相手からヘリックス商会を次に治める者として見られてしまう。

 もしそうなった時にもかかわらずリオトが騎士の道を目指し商会を継がなければ、ヘリックス商会の信用問題に関わってしまう。

 リオトは何もヘリックス商会を貶める気はない。

 だから会食で父に紹介されれば、騎士になるのは諦め商人としてヘリックス商会に従事していくつもりだ。

 だが、それでは騎士になるための道が完全に閉ざされてしまう。


「どちらにしろ一緒なら、俺は最後まで足掻くつもりだよ」


 だったら、剣を奪われてしまった方がまだましだ。

 奪われたとしてもまだ将来が確定していないなら動きようはまだある。

 出来ればギュンターに認めてもらってからがいいが、最悪何も言わずにジームの街を出てもいいのだから。


 リオトの言葉には歴とした信念のようなものがあった。

 だからダンは「そっか」と軽く頷き笑みを浮かべた。


「……それに――」


「ん? どうした?」


 口を噤んだリオトにダンは首を傾げた。

 だがリオトは首を横に振ると、


「いや、何でもない」


と立ち上がった。


「さ、もうそろそろお昼だな。どこか食べに行くかい?」


「おぉ~! いいなぁ! それ!」


 リオトのその言葉に待ってましたと喜ぶダン。

 ジームに来てからまだそんなに満足に観光していない。

 お昼と称してジームの街並みを存分に堪能したい。と目を輝かせた。


「あの……悪いんだけど――」


 だが、そうは問屋が卸さない。

 ソファに座っていたステラが申し訳なさそうに手をゆっくりと挙げた。


「出来たらここで食べられないかな? ――ダンの頭を冷まさないと……」


「え!?」


 未だ冷めることのないダンのテンション。そんなテンションのまま街の外に出てしまったら――と心配するステラからの提案。

 それにレンは大いに頷いた。


「そうだね~。外に出てお店決めている時に兄ちゃんがどっか行かれちゃったら困るしね」


「ちょっ――」


 ダンに有無を言わさず女性2人の間で交わされる内容にリオトも顎に手を当て「なるほど」と納得する。


「じゃあ何か使用人に買ってこさせよう。この中でもジームでの食事を堪能してもらいたいしね。あぁ、なんなら今日はここに泊まるといい」


「ほんとか!? 剣の兄ちゃん!」


「いいの?」


 リオトの提案に今度はレンとステラが目を輝かせる。


「もちろん! 部屋は余る程あるし、ここで会ったのも何かの縁だ。父もゆっくりしていけと言っていたしね」


 リオトがそう大きく頷くと、ステラ達は互いに手を合わせ「やった」と喜びを口にする。

 そんな様子に呆気にとられた様子で、


「え? じゃあ街には…………」


とダンは聞くと、レンはニヤリと悪戯っ子のように口角を上げてダンを見た。


「兄ちゃんは残念だけど、この家から出ちゃ駄目ね」


「そんなぁ~~~~――――!!」


 応接間にはダンの嘆きが響いた。

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