4-4 商人の街・ジーム
ジームの街。
その場所はウィールド王国西区のほぼ中央に位置している。
中央にあるからか、この街は西区にある色々なモノが自然と集まり、そして離れていく。
流動的に人や物が動く。つまり物と物、人と人との情報の交換が盛んに行われる。
そんな街に集まるのはもちろん商人。
ジームの街は商人の街。
バートンの次に大きい第2の都市だ。
その街に降り立った一向。
「…………なんか活気良くない?」
ステラが第一声に漏らした言葉の通り。
街の門を越えると大通りがあり、その通りでは店が多く連なり店前には威勢の良い色んな声が飛び交っていた。
旅人や街の住民が闊歩し、楽しそうに店員と話していた。
今までの街や村とは大違い。
西区の事情を鑑みればそれは異様な風景だった。
その街の違和感を気にすることなく、ダンは目を輝かせ一足先にどこかに飛んで行ってしまった。
そしてレンもため息をつきながら「何しでかすかわからないから」とダンに付いていった。
街の入り口に残ったのはリオト、ウィー、そしてジームの街に戸惑っているステラだった。
そんな様子のステラを見てリオトは「はは……」と笑みを溢した。
「ジームはウィールド西区の中心で商人の街。ちょっとやそっと税が上がっても賄えるだけの利益があるんだ」
流通が盛んであり、商人が自身の利益を上げるために切磋琢磨するこの街。
西区の大領主の政策により高い税を取られたとしてもその分稼ぐため、問題がないらしい。
「……それでも何か言われたりされたりとかしないの?」
「というと?」
「例えば……こんなにお金稼いでいるんだったら……もっとお金寄越せとか? そうじゃないと街を守らないぞとか?」
ロトの街での警団長ブロードの横柄な態度を知り、またジームに来る道中で立ち寄った村の様子を知ったステラ。
どの村も高い税収や警団達のせいでその雰囲気は陰湿なものとなっていた。そして警団にはその様子を楽しんでいる節があった。
ウェザーと警団がこんな賑やかな場所を放っておくだろうか、と懸念したのだ。
だが、リオトはそんなステラの懸念を一蹴するように首を振った。
「そう言ってくる警団もいるらしいけど、皆チップを渡せば立ち去るし、自分達の身も自分達で守ってるんだ」
ほら、とリオトはある店を指差す。
店の前には相変わらず作り笑いで商売している商人――とその隣には装備を身に着け真剣な顔をした屈強な男がいた。
「あれはあの商人に雇われた傭兵だ。あいつらをそれぞれの商人が雇っているおかげで街の治安を保っている」
傭兵はその専門の者もいるし、冒険者が代わりになる場合もある。
その傭兵を雇ったおかげで商売道具を盗まれることもなく、大きな犯罪も起こることもない。
それらの傭兵を雇うにも金が必要だが、ジームの商人はまだまだ蓄えがあるらしい。
「それに――」
とリオトは片手で口を隠すと
「税だけでなく、ウェザーに多額の寄付も行っているらしい。だからウェザーからもお咎めがない。これ以上文句を言っても金が回収できなくなるってウェザーもわかっているんだ」
「何か……結局全部、お金で解決しているんだね」
さすが商人、とステラは街の大通りを見て呆気にとられる。
確かに大通りを見ている限りでは治安も良好。
横柄な態度の警団もいなく、皆生き生きとしていた。
「…………俺はこのやり方、気に食わないけどな……」
「え? 何か言った?」
リオトが小声で何かを言ったようだが、聞き取れなかった。
だが、聞き返したステラに対してリオトは笑顔を向ける。
「いや、何でもない。それよりも――」
と大通りのある場所を示す。
そこには目をランランとさせながら何やら怪しい壺を持っているダンとそのダンの服を引っ張っているレンの姿があった。
涎を流して店員と話しているダン。店員もカモが来たというように手を揉み愛想の良い笑みを浮かべている。
もしかして持っている壺を買おうとしている?
そんなダンをレンが必死に抑えてくれているんじゃないか!?
「あれ、止めるの手伝った方が良いんじゃないかなぁ?」
「ダーン!!」
そう叫びステラもウィーと一緒にダン達がいる方へ慌てたように駆けていった。
★★★
「もう兄ちゃん、いい加減にしてよ……!」
「ほんとだよぉ……」
大通りを歩きながらプリプリと歩くレンと疲れたように頭を下げているステラ。
「でもこんなに……! いっぱい色んなモノがあるんだぞ!?」
そしてその2人に挟まれているダン。
ステラ達に反論しながらもその目はキョロキョロと大通りの店を見ている。
そしてちょっと油断するとすぐにどこかに行ってしまいそうなのをステラとレンで腕を掴んで抑えていた。
あの壺はステラによって間一髪のところで買わずに済んだ。――店員は舌打ちをしていたが、すぐに別の客の対応をし始めてくれた。
その後、リオトが彼の家に案内するということでリオトを先頭に大通りを歩こうとした。
のだが、少し目を離すとダンが各店の品物を物色し始め、変な品を買おうとしたものだから、ステラとレンで慌てて止めるというのを繰り返していた。
だが、それもキリがないということでステラとレンでダンを挟むという形になった。――それでもまだ抜け出そうとしているのだが…………。
「両手に花だね」
「ウィ~」
前方にいるリオトが揶揄うようにダン達を見ると、抗議するようにウィーがダンの頭の上からそう鳴いた。
ウィーもダンが逃げ出さないように頭を抑えている。
そしてリオトの揶揄いの言葉に対して、自分もいるぞとリオトに向かって鳴いたのだった。
それをリオトも理解し、
「あぁ、ウィーもいるから頭部両手に花かなぁ?」
と即修正する。
「どちらかというと拘束だよ。剣の兄ちゃん」
だが、そんなリオトをジト目で見るレンは不満そうにそう言う。
花と言ってくれて有難いがそれよりもダンがどっか行ってしまうのを抑えるのに必死。
それにこの馬鹿な兄ちゃんが――言葉の綾とはいえ――今そんな良い思いを感じてほしくはない。
まぁでも――、
「兄ちゃんは両手に花なんて一切無関心みたいだしね」
とレンは呆れたようにため息をつく。
両手に美少女がいるにもかかわらずダンは目の前の花よりもジームの街並みにご執心。
リオトの揶揄いも耳に入っていない様子だった。
「はは。確かにそのようだね」
リオトもそんなダンの様子を見て楽しそうに笑みを溢す。
「ダンは何というか好奇心が旺盛なんだな」
「旺盛っていうかもはや馬鹿だよ。兄ちゃんは好奇心馬鹿」
あちこち目新しいものに興味を持ち居ても立っても居られないダン。
呆れたように言ったレンのその言葉は言い得て妙だ。
「すぐ暴走するから誰か手綱を握ってくれる人か仕切ってくれるリーダーみたいな人がいないとまともに旅も出来ないよ」
ダンの好奇心が暴走することで今回のような――地図が燃やされる――という事件が今後、何回繰り返されるか。
想像するだけでも恐ろしい。
手綱を握ってくれる人がいれば、ダンの暴走を事前に止めることができる。
リーダーがいれば、ダンの好奇心に合わせて行動するだけでなく、ダンも含め皆をまとめ上げて引っ張って旅をしてくれる。
そのどちらか、出来たら両方がいないとダンの暴走に振り回されることになってしまう。
振り回された結果、大変な目に合うのは自分達なんだから。
シエド村の遺跡の頃からダンの好奇心の被害者であるステラもウィー。
彼女達もレンの言うことに激しく頷いた。
今までの旅での苦労が察せられる。
そんな3人の様子を見て、きょとんとした顔をするリオト。
「手綱を握るのはもういるんじゃないのか?」
レンの言った役割のうちの1つはこの3人を見ているともういる気がする。
「確かに……」
「ウィー……」
そしてリオトに言われ同意するふたり。その役割を担ってくれるであろう人をじっと見た。
3人の目線の先をきょろきょろと探し、自分以外の誰もいないことがわかると、
「あたしぃ!?」
信じられないのか、面倒臭いのか、その人物はすごく嫌そうな顔をしてそう叫んだ。
「なんであたし!? 全然嫌なんだけど!」
「とは言っても、会ってすぐの俺でもわかるぐらいレンはダンを抑えているじゃないか」
「それは……兄ちゃんがあたしの邪魔ばっかりするからじゃん! 全部あたしの都合だよ! それ以外では止める気もないね…………ってなんだよ、姉ちゃんの顔!?」
レンはステラを見ると、ステラはレンに頼み事をするように目を瞑り、――片方はダンを掴んでいるため――片手だけピンと立てていた。
「お願い! レン!」
「ウィー!」
そしてダンの頭の上にいるウィーも目をギュッと瞑り、両手を合わせてレンに向けていた。
「い、嫌だよ」
「そこをなんとか!」
たじろぎながらもそう断るレンにステラは更に手をピンと立てるが、レンは首を横に振る。
「い、嫌だ……!」
「えー……」
「それにあたしはバートンまでしか行く予定がないんだ。それ以降はどうするっていうのさ!?」
「その後はまた考えるよ」
だからそれまでの間、とステラは目を潤わせながら期待するようにレンを見つめる。
そのステラの様子にたじろぎ、口を噤んでしまったレン。
そして諦めたようにため息を吐いた。
「はぁ……考えとくよ……」
「やった! ありがとうね! レン」
ステラはぱぁと明るくなりその場で飛び跳ねた。
まぁだが、消去法で考えてもそうなってしまうのだ。
ステラではダンを止める程の胆力はないし、ウィーもダンを抑えようとしても言葉が通じないし力が足りない。
このメンバーの中で唯一、レンだけがダンに思い切り怒れる。
レンは諦めるしかなさそうだ。
レンはがっくしと頭を下げ、
(とりあえずどこかで頭を休ませたい)
と考えると、
「それより……剣の兄ちゃんの家はどこにあるんだ?」
今向かっている家があとどれくらいで着くのか、とリオトに聞いた。
「あぁ。もうすぐだ――ほら、見えてきた」
「おぉ!?」
指し示された方向に気付き、ダンは更に目を輝かせ驚きの声を上げる。
その声に反応し、頭を下げていたレンも、嬉しそうに微笑んでいたステラもその方向を眺めて目を丸くした。
「うちの親の職業も一応、商人でね」
大通りにある建物の中で一際大きい建物。
何かを思い出したかのようにレンは息を飲んでリオトを恐る恐る見た。
「まさかとは思ったけど……ヘリックスって」
「やはり知ってるか。まぁウィールド西区ではそれなりに名が通っているしな」
その建物は大通りの店の中でも更に人の出入りが激しく賑わっていた。
そして建物の扉の上には看板があり、そこには――、
「ようこそ、『ヘリックス商会』へ」
西区の中で最も有名な商会の名が書かれていた。