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4-1 騎士を目指す少年 前編

「ほんと信じられない!!」


 少女の叫ぶ声が辺りに響き渡った。


 朝方。朝食も食べ終え人が活動を開始し始め、小動物が活発に動き出す頃。

 その怒声に小鳥が飛び出した。


 雲もほとんどない晴天の空。

 葉っぱがささやかに揺れる優しい風が吹き、気温も最適。

 穏やかな森の空気も相まって、実に最高のお天気日和の中だ。

 辺り一面、そんな平穏な雰囲気の中、怒声を上げた当事者含め3人と1匹がいる街道沿いだけがやや剣呑である。


 1番先頭を歩くふくれっ面のレン・クレイン。

 その後ろでばつが悪そうに顔を顰めるダン・ストーク。

 そして、1番後ろでそんな2人の様子を優しく伺っているステラとウィー。


 彼らは次の街へ向かう旅路。

 ロトの街からいくつかの集落、村を転々としながら東を目指していた。


「だぁからごめんって」


 気まずそうに口を尖らせそう言うダンをレンはギロリと睨んだ。


「許せない」


「は、反省はしているぞ」


 その睨みにダンは一瞬怯み、冷や汗を垂らしながらレンの機嫌を取り持とうとするが、そんな気休めは到底効かずレンは大きなため息を吐いた。


「――もうどうして地図を燃やすかなぁ〜!」




 それは今朝になって気付いた出来事。


 レンは起き抜けに次の街までの道順を確認しようと、地図を探すがどこにも見当たらない。

 キョロキョロと辺りを見回すが、まだ寝ているステラ。

 最後の火の番でうつらうつらしているダン。

 レンの行動で目を覚まして大きな欠伸をしているウィー。

 そして真ん中に昨夜から燃やし続けていた焚火の燃えカス。

 あとは自分たち各々の荷物くらい。

 特に動物が通った後もなく、特別怪しいものは見当たらなかった。


 昨夜は近くにめぼしい村や集落がなかったため、野宿だった。

 森の中、木々以外遮るものがない場所だったから、風でどこかに飛ばされたのかと焦ってダンとステラを叩き起こして状況を伝えた。

 ステラは大層驚き、すぐに周辺を探してみると立ち上がったのだが、ダンはまだぼんやりしているというかきょとんとしているというか、平静な表情で、とにかく全く焦った様子がなかった。

 何故そんなに落ち着いていられるのか、とレンは訝しげにダンを見ていると、ダンは淡々とした口調でこう言ったのだ。


 ――あの紙なら燃やしたぞ、と。


 焚火の燃えカスの中には炭となった紙の破片が確かにあった……。




「兄ちゃんは地図がどれだけ大事かわかってないの!?」


「そ、そりゃあ……わかってるさ?」


「じゃあ何で燃やしたのさ!? ――あと目逸らさない!」


「いや、一昨日、大雨だったろ? それで枝が湿気ていて昨日の晩は火をつけるのも苦労したじゃんか? 最後の番の時にはもう火が消えかかってたし、それで何か燃えやすいものないかなぁってあったのが――」


「――地図だったってこと?」


「そう! それで地図って紙だろ? なんかよく燃えるのかなぁって気になっちゃってな」


「兄ちゃんの大馬鹿野郎!!」


「いたっ!!」


 レンはスリングショットを構えると流れるような作業でダンの眉間に玉をぶち当てた。


 野宿をする上で焚火の火を絶やさないことは確かに重要だ。

 身体を冷やさないことや夜行性の危険生物との遭遇を避けるという意味でも、夜間はずっと火を灯したままにする。

 そのため、ダン、ステラ、レンは交代交代で絶えず燃料を投下し――他にもどこかに燃え移らないように注視し――火の番をしていた。


 そして昨夜。ダンが最後の番となった時に事件は発生した。

 誰が悪いというわけでもなく火は消えかかり、とろ火。燃料を投下しようにも――出来るだけ乾いた枝を中心に今まで使っていたが――尽きてしまった。

 何か良い方法がないかと悩んだ結果。浮かんだのは荷物の中に入っていた地図(あの紙)


 シエド村に出る時にキャロラインに入れられた少し古く安い地図。

 現在(・・)のウィールド西区を旅するには情報が不足しているが、レンがいつも寝る前に確認し、その地図で記載されていない場所について補足する。

 「ここには村ができた」とか「あそこには道が整備された」とか。

 レンは地図のあちらこちらに補足情報を追記し、それによってダン達の今後の移動先が決められた。


 そんな大切な地図だ。

 だがしかし、と寝不足のダンは考える。

 その地図は紙で出来ている。紙はよく燃えると聞いているが、実際に本当に燃えるのだろうか。

 こう気になってしまっては我慢が難しいのがダンの性分。


 深夜テンションも相まってダンは好奇心に任せてあろうことかその地図を焚火の火種に使ってしまった。

 レンは、もちろんステラもウィーも寝ていた。共犯はおろか止める人もおらず、たった独りの犯行だった。

 ――――紙はよく燃えた。


「だ、だけどよ……」


 まぁ当然のことながら――それがちゃんとしたものであるかは保証しないが――ダンにも言い分はある。


「俺達は東を目指してるんだろ?」


とダンは正面を指差す。

 その方向は確かに東であり、その方向には天の先にまで昇るシエルの塔がすぐに目に付く。


「あっちにはあんな馬鹿でかい目印あるんだぜ?」


「――――」


「つまりシエルの塔を目指せばいいんだから、地図がなくても良いだろ?」


 ――再び撃つ。


「――いたっ!!」


 同じところを正確に撃ち抜かれ、後ずさりしたダンは、更にバランスも崩し尻餅をついた。

 ダメージを負った眉間に手を当てレンの方を見上げると、レンはさっきよりも大きなため息を漏らしていた。

 まるで、というよりまんま可哀想な生物を見る眼で呆れた様子でダンを見ている。


「シエルの塔だけ目指しても、街に着けないし、それどころか王都にも着く前に死んじゃうんだよ」


「――!? そうなのか?」


「いいか? あそこに立っているシエルの塔は確かに王都にあるよ。シエルの塔を目指せば原理的には王都に着くことができる。それは確かだ。でもあの塔目掛けて真っ直ぐ進むってことは西区と王都のある中央区の間に隔たっているあのでかい山脈! それも超えていかなきゃならない」


「いや、だからそのつもりで――いたっ!!」


「あの山脈を超えるのは何日も――いや、何十日も掛かるし、危険な生物の縄張りがたくさんあって、物資も戦力もちゃんと準備する必要があるんだよ。なのに、その補給をするための街っていうのが、シエルの塔に向かって真っ直ぐ歩いても無い!」


「……じゃあ西区の人間はどうやって王都に行ってるんだよ」


「南から迂回するんだ」


「南ぃ?」


「そう。正確には南東。山脈の終わりが西区と南区の境にある。そこから迂回するように中央区に入るのが、王都への王道ルート。そしてその西区の境にある街が大領主が住んでいる『バートン』!」


「レンが行くって言ってた所か!?」


「そう! それに兄ちゃん達も王都に進みたいなら、バートンは避けては通れない街のはずだよ。それから西区の開発はバートンを中心に進められたから真東に行っても街がある可能性は低い」


 だから地図が必要なんだよ、と地図の重要性を説くレン。


 山脈を超える危険性。そしてバートンを中心とした街づくり。

 この2つからシエルの塔を目指して進むのは現実的ではなく、バートンを目指して行くのが西区の歩き方のようだ。

 バートンを目指すにもそれまでの道中に物資の補給は必須だ。

 その補給場所となる集落、村、街は真東というよりかはむしろ南東にある。――とはいえ、馬鹿正直に南東に進んでもあるわけではない。

 その立地条件――周囲の危険性やライフラインの設置のしやすさなど――を鑑みて開発が進められているのだから、地図を見なくてはどこにその街があるのかがわからないし、バートンまでの最短経路も計算できないのだ。


 ということでダンが怒られているのは当然。

 むしろ予想以上にレンがしっかりしている。

 だから、ステラは終始和やかな目で2人を見ていた。


 曰く、

「なんかキャロさんみたい」


「何?」


 ご機嫌斜めのレンはそんなステラの独り言を聞き逃さず、ジロリとステラを睨みつけた。

 だが、そんなレンの機嫌を知ってか知らずか、ステラはマイペースで朗らかだ。


「ダンのお姉さんみたいだなぁって。レンみたいにダンを叱るんだよ」


「いや、姉ちゃんよりレンの方がおっかないぞ! ――いたっ! いたっ!!」


「兄ちゃんよりも! あたしの方が! 年下の! はずなんだけどね!」


 言葉の区切り区切りにスリングショットをダンに向けて放つレン。

 撃った玉は全弾ダンの身体に当たり、断続的に来る痛みにダンは悶えまくった。

 そしてその後も何発も、何発も、何発も、何発も――――。


 ――――――――。


「ふぅー……」


 存分に連射してレンは気が晴れたのか、額ににじんだ汗を拭きつつ、息を吐いた。

 その前方には弾痕から煙が出そうな程玉を撃たれまくり抵抗する間もなく倒れたダンの姿があった。


 それからレンはステラを見て、すっきりした様子で笑顔になる。

 だが、ダンに対しては依然厳しい表情で、


「じゃああたし達、先に行ってるから! そこでしっかり反省するんだな! ――あ、勿体ないから玉は拾っといて!」


とステラの手を掴み、ウィーに手招きする。


「え? ちょっと? レン?」


「ウィ~?」


 その様子に戸惑うステラとウィーをレンは「いいから!」と力一杯に引き、無理矢理前に進ませた。

 ステラとウィーが戸惑いつつも前に進む意思を感じると、レンは更に満足気な顔をする。


「じゃあ兄ちゃん、頑張ってね~」


 そして意地の悪い怖い笑顔でダンを置き去りにして、走っていってしまった。

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