幕間 ウェザーの仕置き
バートン。ウィールド王国西区大領主の館。謁見の間。
日が沈みきった時間。
その場所は明かりが灯されず、辺りは闇に包まれていた。
外は嵐が吹き荒れ、時折光る雷光によって4人の人物が浮き上がる。
1人は片膝を立てて座り奥に向かって頭を垂れていた。
ブロード・ハウゼンだ。
彼は緊張した面持ちで最奥にいる者の一挙手一投足を伺っている。
そして最奥にいるのは3人の人物。
2人は椅子の左右にそれぞれ立つ。ブロードから見て左に立っているのは薄気味悪い笑みをしている桃色の髪をした女。そして右には無表情の黒髪の少年がいた。
そして残る1人は椅子に座りブロードを見下ろすがたいが良い大男。
「――それで?」
重く心の底が震える威圧するような声。
ブロードの身体がビクッと跳ねた。
「あの『光』はどこに落ちた?」
ブロードは恐る恐る椅子に腰掛けているその低い声の主を見る。
その男――ウェザー・ドロンゴ――は椅子の肘掛けに頬杖をつきブロードに冷たい視線を送っていた。
冷や汗と震えが止まらない。
その男はおそらくなんてことはない、ただの報告を待っているだけなのだろう。
だが、ブロードはその眼に恐怖する。
一言、いや、一音でも言い方を間違えようものなら、あの方からの裁きが待っている。
いつもなら緊張しない報告、だが、今回は違う。何故ならブロード自身が納得する結果を出せていないからだ。
しかし答えないというのもまた悪手。むしろそれが最もやってはいけないことだ。
唇の渇きを感じ舌で潤わせると、ブロードは震える口や喉をなんとか自制しながら口を開いた。
「た……ただの遺跡だった~と……」
「…………」
「西の山の奥に~遺跡があった~と。そ、そこに光が落ちたそうで~すが…………中には特に変わったことは~なかったそうで~す……」
「……それはレンの結果か? お前は行ったのか?」
「い、いいえ~直接確認は~しておりませ~ん……」
「ふん……珍しいな」
「……途中で邪魔が入りま~して……」
「邪魔だと?」
「西の山に行~く途中にギフトを持った密入国の賊に出くわしま~して。その賊が相当強く……その……大変言いにく~いので~すが、ウェザー様から頂いたシ~玉も粉々になってしまいま~した……」
申し訳ありません、とブロードはすぐに両膝をつき頭を床につけた。
賊に破れ任務を途中で放棄し、さらにウェザーから貰った貴重な品を粉砕してしまう。
ブロードにとってはこの上ない失敗であり、ウェザーの雷が落ちても何ら不思議ではない。
判決を待っている間、身体全身が震え、緊張で汗もポタポタと床に落ちていく。
だが、ウェザーはそんなブロードをふんと鼻で笑った。
「シー玉はまた徴収すればいい。それより賊は名を言っていたか?」
「ダン・ストークとステラ、それとウィーと言っていま~した」
「なるほどな。手配しておこう」
ウェザーは少年に目配せすると、少年はすーっと奥に消えていった。
ブロードはほっと息を吐く。
どうやら自分へのお咎めはないようだ。
余計なことを言う前にもう退散した方がよさそうだ。
「で……で〜は報告は以上となりま~す。私はこ~れにて~」
「――待て」
ブロードは立ち上がり後ろを振り返ると、すぐにウェザーの威圧するような声が聞こえた。
「な……何か?」
「いや、大したことはない。――レンはどうした?」
「レ……レンですか?」
ウェザーのその淡々とした質問にブロードは首を傾げる。
ウェザーがこれまでレンのことを気にした様子はなかった。
だからブロードはきょとんとした顔でウェザーを見ると、
「レンは置いていきま~した。私の命令に付いていけなかったようで~すから……」
と悪気のない顔で答える。
ブロードの言葉を聞き、ウェザーは何か考えるように下を向いた。
そしてそんな2人の様子を見て、ウェザーの隣に立っていた女はクスクスと笑っている。
何か変なことを言っただろうか?
あの小娘は自分よりも、いや、警団より下。最底辺の存在。
自分の命令には即時従うべき存在。
従わなければ、捨ておいても構わないはずだ。
むしろウェザーは何故今あの魔人のことを気にしたのだろうか?
ブロードはそう悩みながらウェザーの様子を観察していると、
「そうか……」
と冷たく一言。その後、ゆっくりと立ち上がった。
「最初に言っておくが俺はお前を信用していた」
立ち上がったウェザーはブロードを見据えながら、こちらにゆっくりと歩いていく。
その雰囲気はいくら鈍感な者でもわかるくらいの怒り。
「だからお前の夢である、騎士団への昇格の確率を上げるためシー玉を渡した」
ウェザーはブロードに向かって威圧するように言葉を投げかける。
そんなウェザーの様子にブロードは動けない。
「だが、お前は今、俺の信用を失いつつある」
冷や汗が止まらない。目が離せない。――何故? どうして?
「なぜだかわかるな?」
ウェザーの逆鱗に触れてしまった内容。ブロードは信じられない。
まさか――まさか――本当に――?
レンという存在がそれほどウェザーにとって重要なものだとは考えられない。
今までのウェザーの振舞においてもレンが重要な人物だとは思えなかった。
1人の子供を、いや、1匹の魔人を失っただけだ。
「で、ですが、あの魔人1人置いてきたところで――」
「――レンは俺が最も重宝する道具の1つだ」
「――――!!」
だが、ウェザーにとってはそうではなかったようだ。
ウェザーはブロードに一気に近づくと穴開きのグローブをはめた右手で彼の顔を掴んだ。
ブロードの顔はウェザーの手にすっぽりと収まってしまい、その握力からは容易に抜け出すことができない。
「今回は色んな事情が重なりお前に貸し与えたが……」
「お、お辞め……くださ……」
「それをわからないお前ではないと思っていたがな」
そして――――。
「お前には失望した」
謁見の間で爆発音が轟いた。
――ばーっか…………
★★★
顔が焦げ煙が出る。
衝撃で脳が揺れ、皮膚が熱い。
気が付いたらウェザーと女は謁見の間を出て、この場にはブロード1人しかいなかった
いつの間にかどうやら自分は気を失い、倒れてしまったらしい。
倒れる直前、最後に記憶しているのは最奥で自分を嘲笑う女の姿。
そして、
「あの忌まわしい街の件はどうなっている?」
と自分のことはもう用済みだと言わんばかりに次の話題に転じている主の後ろ姿。
何をやられたのかは充分に把握している。
何をしでかしてしまったのかも。
それによって敬愛する主の信用を失ってしまった。そして、あの女にも馬鹿にされた。
――何故こうなった?
そうして思い浮かぶのは不敵な笑みをするあの茶髪の少年。
ブロードは辛うじて残っている体力を使い、身体を起こすと、頭に浮かび上がるその男を睨みつけるように前を見た。
「ダン・ストーク……!!」
暗く静寂なその場所に雷鳴と共にその名が響き渡った。
ということで、3章終了です!
大変申し訳ないのですが、次章から更新ペースを落とします
詳細は活動報告にてお知らせします