3-6 少女の拷問
「へぇ~…………良い度胸じゃん」
「――覚悟は出来ている」
少女とリアムの間で流れる不穏な空気。
緊張が漂うリアムに対して少女も決して穏やかではない口調だった。
まさに一触即発の状態。
少女の一言一言によりリアムの未来が下される状況に、ステラとウィーは固唾を飲んで見守った。――まぁダンは状況をよくわかっていないのか少女とリアムを間の抜けた顔で交互に見ているが……。
「――ま、しないけどな」
「……へ?」
だが、そんな空気はすぐに掻き消されてしまう。
少女は両手を頭の後ろで組み陽気にそう宣言したのだ。
どこか悪戯めいた雰囲気でケラケラと笑いそうな口元。
先ほどの不穏な様相とは全く違う態度にステラとウィーは戸惑いを隠せず目を点にする。
「そんなこと報告しても別に意味ないからね。こっちの仕事が無駄に増えるだけだし、逆にあたしが怒られそうだ。積極的にすることはないね」
おじさん既に捕まっているしね、と少女は意地悪にニヤリとする。
少女に虚を突かれたリアムも目を丸くしていたが、直に
「…………助かるよ」
と体の力を抜いた。
少女とリアムのその様子にほっと一息つくステラとウィー。
「なんだかよくわからねぇが、とりあえずおっさんにはもう何もしねぇってことだな」
相も変わらず間抜け面のダンは、しかし雰囲気が変わったのは理解したのか自分なりの解釈を口にする。
その緊張感の欠片もない様子にダンの付き添いふたりは呆れた顔でため息を吐いたのはここだけの話だ。
「あ……」
だがそのおかげで、良い感じに脱力できたおかげでステラは1つ尋ねたいことを思いついた。
「そういえば、警団はどうしてこの街に来たの?」
「ん? ……あぁ、そういえばあんた達は説明する前に捕まったから知らないのか」
「――――」
「『光』の調査に来たのさ」
「光って一ヶ月前にシエルの塔から落ちてきたあの光のことか?」
「そうさ。兄ちゃんも見たんだな」
一月前。ちょうどステラと初めて会った前日に落ちてきた光。
夜も更けていたしシエド村で見たと言っている人はいなかったから、ダンは自分とウィー以外誰も見ていないのだろうと思っていた。
まさか他にも見た奴がこの世界にいたとは――。
ダンは目を丸くして少女のことを指差した。
「お前らも見たのか?」
「あぁ。といってもあたし達の街で実際に見たのはあたしとウェザー様の2人。あたし達はウェザー様の命令で何が落ちたのか調査しにきたのさ。まぁその場所までまだ完全に把握できてないんだけど」
それを聞いたステラは顔を強張らせた。
確かに自分達は光が落ちたであろう場所に行った。――ステラが倒れていたというあの遺跡のことだ。
だが、それをこの少女に教えて良いものだろうか、とステラは考える。
この少女に正直に伝えた場合、警団にはほぼ確実に伝わってしまうだろう。
あの遺跡のことが伝わるということは同時にシエド村にあの警団達が来るということだ。
横柄な態度の警団と、事情も知らない大らかな気質のシエド村の人々。
何もないわけがない。
最悪、警団達によってシエド村が蹂躙させられてしまうかもしれない。
(ここは黙っておいた方が安全だよね…………)
ステラはそう決意して、口を真一文字に結んだ。
「――兄ちゃん達、何か知らないか?」
「ん~、確か遺跡――」
だが、そんなステラの心境も知らず、ダンは少女の質問に一切の疑問も持たずに平然と口を開こうとする。
もちろんステラは大慌てで両手でダンの口を塞いだ。
「何でもないよ。私達は知らないかな……」
(あ~……――ダンのバカッ!)
ははは、と空笑いでその場をやり過ごそうとするステラ。
彼女の両手の中で「ん~!? ん~!!」と抵抗するダンであったが、抑える手が強すぎて剥がすことができない。
また何、口を滑らすのかわかったもんじゃない。
ステラは力いっぱいダンの口を塞ぐ。
だが、やはり少女は見逃さなかった。
「………………姉ちゃん、何か知ってるの?」
「な、何のことかな~?」
「ふ~ん……そう来るんだ……」
「――ぐああぁっ!」
少女は小声でそう呟くと、リアムに向けてスリングショットを撃った。
撃った玉は寸分の狂いもなく彼の太ももの傷口に命中し、リアムはその痛みで思わず叫び、ステラとダンはその様子に目を丸くした。
「前言撤回。姉ちゃん達が知っている情報を教えて。でなければ、今から10秒ごとにあのおじちゃんの太ももを撃ち抜く。それでも隠す場合、あのおじちゃんのウェザー様への誹謗を警団に伝える」
それは先ほどまでとは打って変わった冷酷な口調。
冗談交じりでも何でもなく、ただ冷徹に少女はスリングショットを構えていた。
「ほら。10……9……8……」
「ちょ……ちょっと待って! さっきリアムさんが言ったこと伝えたら逆に怒られるって……!」
「事情が変わったんだ。あたし達の今の最優先事項は『光の調査』。おじちゃんのことを報告したとしても姉ちゃん達が何かを知っているらしいとわかれば、あたしが怒られることはないね。――ほら、もう10秒経つよ! ……0」
「ぐああぁぁあ……!!」
「ん~~!! ん~~~~!!!!」
またしても撃ち放たれた玉はリアムの太ももに命中する。
それを見ていたダンは塞がれた手を退けようと抵抗を激しくする。
「それに! 今、姉ちゃん達が報告してくれなければ、これよりももっとひどいことが待ってると思うよ。あのおじちゃんはもちろん姉ちゃん達も拷問にかけられ、話したとしても、かけられ、警団達の余興に付き合わされるんだ。それでも良い……の!?」
「ぐぁあ!!」
「ん~~ッ! ップハ! おい!!」
鉄格子が大きく乱暴に鳴り響く。
動揺しているステラの手から漸く解放されたダンがレンを止めようと鉄格子に突っ込んだのだ。
「お! 話す気になった?」
「そうじゃねぇ! なんでまたおっさんを狙うんだ!? 関係ない人じゃねぇか!? それが警団のやり方なのか!?」
「………………まだ話す気ないんだ……ね!」
「――――…………ッ……!」
「ダン!?」
少女から放たれた玉は、今度はリアムの太ももにまで届くことはなかった。
だが、外したというわけではない。
少女が撃った瞬間、太ももまでの軌道上に邪魔が入ったのだ。――ダンの右手という。
勢いを失った玉はそのまま地面に落下し、ダンの右手にはその玉の痕が痛々しく残った。
だがダンはその次の射撃に備えるために右手を伸ばしたまま。
尋常にない痛みが右手に走ったはずだ。
だが、少女をじっと睨み続けた。
「……10……9……」
そんなダンを無視して、少女は黙ってスリングショットのゴム紐を引っ張りカウントダウンを開始する。
「――わかった!!」
ステラがそう叫んだ。
少女のカウントダウンは一時止まる。
「話すから……もうやめて……」
苦渋な決断。
だが、これ以上目の前で痛ましい出来事が起こるのも見ていられなかった。
「わかればいいよ……」
少女はそう言ってスリングショットを収めた。
「じゃあ話して」
少女の口調は陽気なものに戻っていた。
その変貌と冷徹なさっきまでの様子。そのギャップに戸惑いを隠せず、だが、ステラはシエド村の奥に潜む遺跡について話した。
★★★
「――ふ~ん、シエド村の奥にそんな遺跡があったんだ」
「あぁ。遺跡だ。中に変な紋章があって、隠し部屋もある遺跡だ」
不機嫌なまま胡坐をかき肘を太ももにつけ手に頬を置きつつ、ダンはそう答えた。
初めステラが説明しダンが捕捉していたが、徐々に堪えきれなくなったのかダンが全部話していた。
少女のことはあまりよろしく思っていないのだろうが、遺跡については話すのは楽しいらしく、とても複雑な表情で少女に説明していた。
「なるほど。なるほど。まぁでも聞いてる感じ何の変哲もないただの遺跡だね」
「そうなのか?」
少女の言葉にダンは目を丸くする。
「あぁ。こういった遺跡は西区には結構あるんだ。さすがに魔物が出たって所は驚いたけど、まぁただの自然現象だろうし、紋章も今まで発見された遺跡にあったものと大体同じだね。誰が造ったのかわからないけど、同じようなのはこれまでにもいっぱい発見されてるよ」
「じゃあ……ダンが言ってた光とその遺跡って……」
「うん。まぁ特に関係ないかな? 確認してみない限りわからないけどね」
「そう……」
少女の説明を聞いてステラは肩を落とす。
自分達の話から『光と遺跡が関係ない』と少女は判断した。だがそれが調査しなくてもいいという理由にはならない。
これから自分達の話からシエド村奥にまであの警団が調査しにいくのだろう。
その場合、シエド村は――。ミルキーは――。キャロラインは――。
「じゃあもう行くね。情報ありがとさん」
朗らかに少女は軽く手を振ると、食器を重ねたトレイを持ちその場を立ち去ろうとした。
「待て!」
――立ち去ろうとしたが、ダンの叫ぶ声が聞こえた。
鉄格子を引っ掴み、格子の間から出るんじゃないかと思うくらい顔を押し付け、少女を睨んでいた。
「まだ何か説明していないことがある?」
「いや、違う!」
茶化すような口調の少女にダンは真剣な表情で否定する。
「お前ら――――――シエド村に手を出すなよ」
「もちろん。――シエド村の人が反抗しなければね」
「!! おい!! 待て――!」
――ただし反抗した場合…………。
言葉の裏を察したダンが呼び止めようと叫ぶのを横目に少女は不敵な笑みを残し立ち去った。
――少女が前に進む度、廊下中に鳴り響くダンの叫びはだんだん小さくなる。
重い扉を開け、外に出て再び閉じると、ダンの叫びは一切聞こえなくなった。
「シエド村の奥にある遺跡……すぐに確認しなくちゃ……」
フードの裏で少女の眼が翡翠に光った。