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3-5 西区の大領主

「ふーっ! 食った食った!」


 子供が持ってきた食事はパンとシチューのみの簡素なものだったが、ダンは満足げに腹をさする。


「はい。これ」


「ありがとう! 姉ちゃん」


 それを横目で見つつ、ステラは牢屋内の食器を回収し子供に受け渡す。

 隙を見てじっとその子を眺めてみるが、フードで隠れていてその顔や表情を見ることはできない。

 また大きめの外套で身を包んでいるのか、体型もわかりづらく、その全貌を把握することはできない。


 わかることといえば、フードから飛び出ている髪の毛の色が赤いことと声の感じが少女っぽいということだけ。


「そういえば兄ちゃんたち、シエド村から来たんだって?」


 皿が片付け終わりひと段落すると少女はそうダン達に話しかけてきた。

 当然、ダン達は驚く。


 ロトの街入り口近くでは今捕まっている衛兵以外、誰もシエド村について弁明しようとする者がいなかった。

 それなのに、今、少女はさもシエド村が当たり前に存在するかのような口調で話しかけているのだ。

 驚かないわけがない。


「お前、シエド村知っているのか?」


「そりゃあ知ってるよ。ウィールド最西端の小さい村のことでしょ? 知る人ぞ知るって村だから警団長が知らないのも無理はないけどね」


「じゃあなんであの時、何も言わなかったんだ?」


「無茶言うな」


 少女は馬鹿にしたような笑いをしながらそう言うと、


「あの警団長、思い込みが激しい上に基本大領主のことしか信用しないんだ。そんな人に口答えしたらどうなるか、あのおじちゃんを見ればわかるんじゃない?」


 少女が指差した方向には太ももを怪我したリアムの姿があった。

 落ち着いて見えるリアムの表情とは裏腹に痛ましい太もも。それを見てダンは思わず口を噤む。

 ブロードの聞き分けのなさはあの一瞬対峙しただけでもよくわかった。

 そして反抗すれば、リアムのようになる。

 少女の言い分はもっともだ。


「でもひどいよね」


「え?」


「だってあの大領主、すっごい古い地図を警団長に渡したんだよ。開拓や情勢の変化が激しい西区でそんな地図渡されちゃそりゃあこんなことも起こるよ。――シエド村も最近地図に載り出されたくらいだし」


「その大領主っていう奴はそんなに適当な奴なのか?」


「――まさかとは思うが、君達は西区の大領主様がどんな方なのか知らないのか?」


「ん?」


 そう尋ねる男の声が聞こえた。

 リアムがダンと少女の会話に口を挟んできたのだ。


 彼に大領主のことを聞かれ、ダンはステラと顔を見合わせる。

 大領主。確かにそういう人物がいるということは聞いたことはある。

 シエド村にも領主の使いなんて人が来ていたこともあるから、全く知らないというわけではない。

 だが、言われてみればその人物の詳細までは把握はしていない。


「知らないなぁ」


 ダンは素直にリアムに答える。

 するとリアムは「なるほどね」と何か納得したようにため息を吐く。


「君達の今後のためだ。教えてあげよう」

 

 そう言ってリアムは語り出した。


 西区大領主ウェザー・ドロンゴ。

 彼はウィールド王国貴族ドロンゴ家の当主にしてウィールド王族の血縁だ。

 より詳細には王位継承権第一位であるウィールド王の次男――その配偶者の兄である。

 その性質は横暴の一言に尽きる。

 自分が欲しいものがあれば、それが人のものであれ強引に奪い、それがどんなに困難な場所であれ無理矢理採ってこさせ、それがなければ我儘に造らせる。

 拒否したり少し口答えしただけで牢獄に入れ、気に喰わない奴がいれば不当な重労働を強いる。

 気晴らしと言って拷問し顔を潰したり、もっと酷い時はその一族を皆殺しする時もある。


「――――最近じゃ西区の領民にひどく高い税を課していてね」


「ひでぇな…………」


「それに合わせてウェザーと仲の良い警団がその威を借りてどんどん横柄になっててね。西区の街のほとんどが良くない影響を受けてしまっている始末だ。ここ数日だと、ブロードの横暴によってロトの住民はかなり苦しめられている」


「――あ、いや、でもちょっと待ってくれ」


 ダンは何か思い出したかのように腕を組み、「ん~」と考えると、


「あんま詳しくは覚えていないけど、昔村に来た領主の使いって奴の話だと、めちゃくちゃ良い奴だって聞いたんだけど……」


 あ、でも最近来てないか、と首を傾げる。


 確かに数年前まではシエド村にも領主の使いと名乗る者が立ち寄っていた。

 だが、その者から聞いた話と今のリアムの話がダンの中では噛み合わない。

 その使いの話では西区の大領主というのは民を慮り、民に好かれ、民と協力して西区の開拓に全力だったと聞いている。

 まぁここ最近ではその使いもシエド村に来ていないし――そもそもダンが領主について興味がなかったからすっかり忘れていたのだが。


「…………あ、もしかしてシエド村まで話が届いていない?」


 赤毛の少女は陽気な口調でダンにそう尋ねる。

 ダンは「話?」と更に首を傾げながらその少女に聞くと、


「最近、変わったんだよ。西区の大領主って!」


「そうなのか?」


「ウェザーはウィールド王家の血縁だからね。その力を使って前の大領主から西区を奪ったらしい」


 リアムはそう捕捉する。


「おそらくだが、シエド村まで話がいってなかったのはウェザーがシエド村を知らなかったからだろう」


 ウェザーから渡された地図も古いらしいしね、とリアムはフードの少女を横目で見る。


「ま、そういうこと。でも良いのか? 警団についているあたしの前でそんな風な話して?」


 確かにこの子供は警団の側にいたし、牢屋に飯を運んでくるくらいだから警団とそれなりの関係があるのだろう。

 ウェザーの命でここに来たという警団はウェザーとの繋がりがある。

 リアムの話は説明をしつつも明らかにウェザーを非難する内容。

 少女がこの話を警団に伝えれば、リアムは只じゃ済まされない。


 リアムは少女の質問に一瞬顔面が強張る。

 が、すぐに諦めたような表情で少女を見た。


「生憎私は天涯孤独の身。例え何かしらの罰が下されたとしても私のみであるならば問題ない」


「へぇ~…………良い度胸じゃん」


 薄ら笑いする少女の眼が不穏に光ったような気がした。


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