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1-2 飢えた男と謎の卵 後編

「あー食った! 食った!」


 彼が少年が住んでいる家に連れてこられて小一時間ほど経ったのち、ようやく男の胃袋は満足したようだった。

 結局、食料庫にあった少年と女性の2日分くらいの量が胃の中に収まってしまった。


「いやーごちそうさん!! ほんと助かった!!!」


 無精髭を生やして満足そうな笑みを浮かべ腹をさする男は側にいた少年と女性にお礼をいう。


「それはよかった」


 女性はテーブルにある空っぽになった皿を片付けながら男のその豪快で勢いのある食べ方に感服した。


「ほんとよく食べてたわね。むしろ清々しく思うよ。よっぽどお腹が空いてたのね」


「あぁ! なにせ半月はなにも食わなかったからな!」


「半月!?」


 女性は目を丸くし素直に驚く。


「山向こうの町で保存食とか買わなかったの? なかったとしても狩りとかしてさ」


「そりゃ当然買ったさ」


 さも当たり前かのように男は大きく頷き同意した。


「俺も冒険者の端くれだ。しかもここへ来るのが目的だったから何日で着けるか見当つけて少し多めに持って向かっていたんだ。最初はな」


 彼も一応の旅の心得は持ち合わせていたらしい。

 最初は、という言葉が意味するのは道中でなにかに巻き込まれたということだ。


「なにかあったの?」


「ここに来る途中、山賊に出くわしてしまってな!」


「えっ!?」


「俺も油断してたってのもあるんだが、持っていた荷物すべて盗られて、運が悪かったのがそのまま捕まっちまったんだ!」


 男は何故か陽気そうだ。

 それから山賊のアジトに連れていかれたが、見張りが交代した隙に隠し持ってたナイフで縄を切り、できるだけ装備と荷物を取り返し脱出。

 といっても武器類は既にどこかに持っていかれてしまい取り返すのも一苦労する。

 食糧は山賊の宴ですべて食い尽くされてしまっていた。


 結局、防具と小さなナイフ1本、それに少量の荷物という状態で逃げ出したはいいがアジトに行くまで目隠しされていたため、どこだかわからず結局、彷徨うはめになってしまった。

 一応、逃げ出してからしばらくは狩りもしていたが、ナイフ一本だとどうしてもその日の飯しかありつけない。


 移動もままならないと判断した男は移動優先に道中に生えていた木の実やきのこを食べていたが、運悪く毒きのこにあたってしまいのたうちまわることに――


「もうめんどくせぇって思って半月前からなにも食わずにここに向かったのさ!」


「それは……よく生きてられたわね」


 女は気の毒そうに、だがそんなことがあっても生きてられたのが信じられないというように苦笑いを浮かべる。


「まったくだ! おかげで何度死にそうになったか!? ここにたどり着いて、飯にありつけたのはまさに奇跡だ!」


と豪快に笑い、頭を下げた。


「ほんとありがとう!」


「ま! 困った時はお互い様だからね。とりあえず元気になってよかったわ」


 女性もまたその礼を朗らかに笑って受け流す。


「この恩は必ず返すよ……えっと……」


 ここで、男は困ったように二人を見た。


「すまないが、名前を教えてくれないか? あ、俺の名前はジャック・ブルーランドだ」


「あぁ……そういえば名前、まだ言っていなかったわね」


 ジャックから名前を聞かれ、女性は思い出したようにそう言うと


「私はキャロライン・ウィーラ。この村の診療所で助手をしているわ」


と自己紹介をした。

 それを聞いて、ジャックは納得した。

 ジャックが倒れているのを発見し、この家に運びこんでからの手際が妙に良かったのは何故か、という疑問に対する適切すぎる解を得られたからだ。


「そして……ジャックを見つけたこの子は……」


とキャロラインが続いて少年の名前を教えようとすると、少年は元気よく手を上げた。


「ぼくはダン! ダン・ストークって言うんだ!」


 その名前を聞いた瞬間、目を丸くした。


「ストーク!?」


 ジャックは立ち上がりダンに近づくと、片膝をついてダンの両肩を掴んだ。


「もしかして、お前の父親の名前、バルトって言うんじゃないのか!?」


「ん? ……うん……そうだけど……」


 ダンはジャックのその変わりように驚き、ぎこちなく頷いた。


「ますます奇跡だ……村に着いてこうも早く見つかるとは……」


 その様子を見ていたキャロラインも目を丸くし、手を口にやった。


「ジャックさんってバルト義兄さんの知り合いなの?」


「あ……あぁ……」


 未だ放心状態が抜けないジャックではあったが、キャロラインの返答にはかろうじてだが答えた。

 だがそれも束の間。

 ジャックの頭にはまた別の答えも芋づる式に出て、キャロラインを見た。


「ってことはあんたが噂のスーザンの妹のお転婆キャロか」


 …………………………。

 机に衝撃。キャロラインの右拳による一撃だ。


「お転婆かどうかは知らないけど、スーザン(お姉ちゃん)の妹で、ダンの叔母だわ」


 少々、恨みの入った低い口調でキャロラインは自分の素性を認めた。


 ジャックはキャロラインの行動と言動に苦笑いしつつ立ち上がり、自分の着ている外套の中に手を突っ込んだ。


「実はダンの両親、バルトとスーザンから依頼があってな。2人にこれを渡すように頼まれてここに来たんだ」


 そう言って外套の中から取り出したのは、手のひらほどの大きさの卵だった。

 全体的な色は白く、下の方は赤黒く染まっていて、そこから上へ波のような模様が描かれていた。


 その珍しい卵をダンとキャロラインは興味深く眺めた。

 もっと正確にいうとダンの方がより目を見開き瞳を輝かせ、好奇心いっぱいに見ていた。


「これ、何の卵!?」


 しかしその好奇心いっぱいの質問にジャックは答えることはできない。

 手のひらを上に、わからねえと言わんばかりのポーズをとる。


「俺もその卵の中身については聞かされてない。

 とにかくこの卵をシエド村に住む息子のもとに届けてほしいと言われてな」


 シエド村がそもそもどこか、から始めたからかなり苦労したぜ。とジャック談。


「俺は王都からここに来たんだが……。まず王都で買った地図には――まぁ安かったってのもあると思うんだが、載っていなかった。知り合いに聞いても誰も知らないってきたからな。偶然シエドに行ったことのある冒険者が王都のギルドにいなかったらもっと時間がかかってただろうな……」


 今までの道のりが険しく、ましてや最後の最後で山賊に絡まれたことからか、誰かに聞いてほしかったのか苦労話をするジャックだったが、キャロラインは怪訝な顔で机に置かれた卵を見つめ、ダンはその卵をつんつんと突いたり手のひらで撫でてみたりしながら遊んでいた。


 目下、2人が興味あるのは目の前にある珍しい卵。

 ジャックの苦労話も微塵も聞いていなかった。


 そんな自分の苦労話に興味なさげな彼らに軽く落胆しつつも、

 しょうがないと言う風な顔をしながらダンの頭を撫でた。


「それで?」


とキャロラインは口を開く。


「それで義兄さんたちはどうしてこの卵をここに持ってこさせたの?」


 その質問に対してもジャックはうーんと腕を組み、首を傾げる。


「それもよくわからねえ」


「……つまり何も把握してないけど、とりあえず依頼を受けたということ……?」


「そういうことだな。依頼された時にある程度話を聞いたんだが、どうも要領を得なくてな!……ハハハ!」


と楽しそうに笑みをこぼす。


「まぁ、あいつらとは腐れ縁だ。どんな理由があろうと依頼されたからには仕事はするさ」


 それからジャックは右手2本の指を立てる。


「……俺が依頼されたことは2つだ。1つはこの卵をお前ら2人に持っていくこと。そしてもう1つは――――」


「もう1つは?」


「この卵が孵化するまで見届けろということだ」


「え?」


「つまり、この卵が孵化するまで俺はしばらくこのシエド村に滞在しなければならない、ということだ」


「そういうこと。まぁ……それは別に良いと思うけど……」


 キャロラインはその依頼内容に理解を示し、ジャックのシエド村への滞在に対して、

(たまに長期で住み着くような冒険者もいるくらいだし……)

という軽い気持ちであったが。


「どこに泊まるつもりなの?」


 冒険者がたまに来ると言ってもこの村には宿屋はなく、大抵の冒険者は村の外れでキャンプをするか仲良くなった村人の家に滞在する。

 見たところジャックの装備は――山賊にほとんどの荷物を奪われたという事情もあって――キャンプできるような格好ではない。

 そんな事情を知ってか知らずか、ジャックは暢気な顔で「そうなんだよなぁ」と笑っていた。


 暢気顔のジャックを見て、キャロラインは腰に手を当て軽くため息をつく。


「しょうがない。うちで良いなら1部屋貸すわよ」


 その言葉にさすがのジャックも戸惑った。

 助けてもらって飯も食わせてもらった上に恩人の家を図々しく宿にするなんて。


 仮に住まわせてもらうとすると食事にしろ洗濯にしろ寝床にしろいろんなものに1人増えるという労力がかかる。

 その労力を勝手知ったる家族や親戚や友人にではなく、なにをするかわからん見知らぬ男に費やす?


 しかしここ数週間の野宿生活に少しばかり限界がきているのも事実である。


「……いいのか?」


「別に1人増えたくらいだったら変わらないわ。食事の量が不安だけどその分、働いてもらえばいいし!」


 葛藤の末、遠慮がちにジャックが尋ねるとキャロラインは顔をくしゃっとしニッと笑って両の手を腰にあてる。

 明るく笑顔なキャロラインにジャックは彼女の懐の広大さを感じる。


 ジャック視点では彼女の後ろに後光が見えた。


 ここに女神がいた。

 後にジャックがそう語ったのは別の話だ。


 ジャックは再び、しかし今度は立ち上がって


「ありがとう! この恩は一生忘れない!」


 深々とお辞儀した。


「ここに住まわせてもらう以上、俺にできることならなんでもする。だから遠慮なく言ってくれ!」


 少しでも自分が負担にならないように精一杯、働く。

 それが今できる最大の恩返しだと思ったからだ。


「そう?」


 キャロラインは笑顔で頷くと「じゃあ」と最初の命令をジャックに下した。


「とりあえず3回くらいお風呂入ってきて!」


 断食するのと同時くらいから水浴びすることを放棄し、ここ数日は体を拭くことさえも忘れていたジャックであった。

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