3-4 牢屋の中で
重たい風が窓から吹いてくる。
薄暗くジメジメとした廊下。
規則的に壁に取り付けられた燭台で燃えている赤色の火達がこの場所を少しだけ明るくしている。
ちなみに燭台が取り付けられているのは片面のみ。
その逆は鉄格子が嵌められた部屋が何個も並んでいた。
部屋の中は簡素そのもの。
窓もあるがそこにも鉄格子が取り付けられ、簡単に外に出ることは許さない。
雨戸のようなものはなく、窓からは外から風が流れていた。
つまりは牢屋。ロトの街で捕まった犯罪者を収容する施設がここである。
その場所は街外れに位置し、人気はほとんどなかった。
その中の1つ。
やや広い部屋に3人と1匹の影があった。
ダン達だった。
彼らはロトの街の門前で捕まりここに連れてこられた。
不幸中の幸いなのか、ダン、ステラ、ウィーは同部屋で勾留されていた。
気絶したダンも目を覚ましているようで、自分の状況を把握してじっと寝転がって目を閉じていた。
「なんか……意外だね」
そんなダンの様子を不思議そうな顔してステラはそう話しかけた。
ダンは目を開けると、ステラの方を見る。
「何がだ?」
「いや、ダン、なんか暴れると思ったから」
ステラの予想では、てっきりダンは鉄格子を掴み「出せぇ!」と叫んでいるのかと思っていた。
だがその予想に反し、黙ってじっとしているダン。
その落ち着きっぷりが何とも奇妙だった。
「そうか?」
尤もダンにとってはこれが通常運行のはずで怪訝に眉を顰める。
「――まぁ暴れたところでいつ出られるかわからないし……冒険に関係ないしなぁ……」
そう説明すると無気力なまま欠伸をしつつ、「腹減ったなぁ」とぼやいていた。
冒険に関係ない。
確かにこの牢屋に何か秘密があるのかと言われるとそんなには関係なさそうだ。
シエド村の遺跡に入る前後やロトの街に行くまでの道中で、ダンが面白おかしく暴れていたのは、冒険に関係あることだから。
つまりダンのモチベーションの根底には冒険というのがあるらしい。
ダンの行動原理が漸くわかり、納得するステラ。
「それに――――」
だが、ダンのこの態度はそれだけではない。
「牢屋で一夜を過ごすっていうのも、なんていうか……浪漫だ……」
「――――」
そうやってニヤリと口角を怪しく吊り上げるダン。
牢屋になんか滅多に入れるわけでもない。特に悪いことをしなければ一生入ることはないだろう。
そんな牢屋で一夜を過ごせる。
これはダンにとっては興味がそそられるらしいことであった。
そんなダンにステラは引き気味に顔を青くした。
「牢屋が浪漫って……き、君はなかなかに変な人だね……」
そしてもう1人。シエド村から来た3人と同じく捕まった衛兵――リアムもまたそんなダンの様子に苦笑いを浮かべていた。
壁にもたれ、両足を伸ばしているが、その太ももには痛々しく血が滲み出た包帯が巻かれていた。
「リアムのおっさん……その怪我、大丈夫なのか?」
そんなリアムの太ももを確認し、ダンはリアムにそう聞きつつ身体を起こした。
その質問に答えるようにリアムは「あぁ」と頷くと、
「ここに入る前に雑に処置をされてしまったが、今は特に問題ないね」
と自分の太ももを撫でた。
「雑にって?」
「そのままの意味だよ。私も見ていたけどただ服の上から包帯を巻かれただけ。幸い弾は貫通していたみたいだけど……」
割り込むようにダンの疑問に答えるステラ。
その様子はちょっと心配そうにリアムの太ももを見ている。
特に消毒もされず、直接包帯を巻いたわけでもない。
弾は貫通しているとはいえ、放っておくと治るどころか悪化してしまう処置の仕方だった。
「ってことは俺達はともかく、おっさんはなるべく早くここを出た方が良いってことか……」
姉が医者だということもあり、当然ながらそのことをわかっているダンは考えごとをするように顎に手を当てると、
「よし、そういうことなら! ――ウィー!」
やがて膝を叩きぐるんと振り向いて、白い子竜を見た。
「な、何をする気なの?」
こういう場面でダンがウィーを呼ぶ時、大体良からぬことを企んでいる。
今度は何をする気なのか、とステラが警戒しつつ問い詰めると、
「ウィーと合体してここを壊して脱出してみよう」
(やっぱり企んでいた!)
更に何故かダンの台詞にウィーも乗り気で、
「ウィー!」
と返事をすると、ダンに向かって走り出したから、ステラが止める暇なく。
ダンとウィーは拳を突き合わせた――――のだが。
「「~~~~~~」」
シエド村の遺跡にいた時のような奇跡はここでは起きず。
ダンとウィーは拳をただただぶつけただけで、しかも思いっきりだったようで、両者共々――特にウィーが涙目で拳を癒すようにペロペロと舐めることとなった。
……………………。
「すまん。おっさん」
結局、ダンはリアムに頭を下げることとなった。
「あぁ……何だかよくわからないが、いいさ」
ダンが何をしようとしたのかわからず戸惑いがちにそう答えるリアム。
そしてそんな2人の様子を少し安心したようにふっと息を吐き、ステラは下を向く。
牢屋を壊されて実態がもっと悪化しなくて良かった。
(それよりも――)
リアムの容態を考えるとダンの行動は確かに尤もなのだが、ここを出るよりも考えたいことがステラにはあった。
ダンは気を失っていて気付いていないことだが、ここロトの街は何かがおかしいとステラは直感した。
連行されている時に見た街の雰囲気。
それは遠目から見た時の印象とは全く違っていたものだった。
割と活気づいた街かと思えば、外には人がほとんどいない。
いたとしてもすぐに頭を垂れて警団が立ち過ぎるまで不動。
家の中に人がいるのかと、窓を確認するとこちらを伺っている人間はいたのだが、目が合った瞬間にすぐにカーテンを閉じてしまった。
そのどれもが怯えた様子だった。
それに――。
思い浮かべるのは、
「あの子…………」
フードを被った子供。
ダンを気絶させ、自分たちを捕らえる決め手を作ったあの子供。
警団と一緒に行動をしているようだが、妙に引っ掛かる。
(あの子だけ他の警団とは違う気がする……)
――キィィ……
そんなことを考えていると、廊下から扉が開く音が聞こえた。
鉄格子の音ではない。それよりももっと重い扉が動く音だ。
カツカツカツと重量をそんな感じない足音とカチャカチャと金属が鳴り響く音。
次第に大きくなり、自分達がいる牢屋の前で止まる。
「あ! お前!」
その正体を確認するや否や、ダンはその人間に指差して目を丸くした。
「お腹空いてるだろうから食事持ってきたんだけど、いらない?」
例の子供が食事が積まれたトレイを持ってそこに立っていた。
屋内にもかかわらずフードを被ったままで。
ダンとステラは驚きの顔でお互いの目を見ると、大きく頷き、
「いる!!」
とまんまと食事に吊られることにした。