3-2 西区の警団 前編
「止まりなさ~い」
入り口付近に辿り着くと、集団の1番偉そうな口髭を蓄えた男がダン達の前に立ちはだかった。
前にツバのついた帽子に、きっちりとした全身紺の服装。腰にはサーベルと銃が取り付けられたベルトが巻かれている。
開襟のジャケットのボタンは全て閉じられ、隙間からはネクタイを綺麗に締めた白シャツが覗いていた。
ここまではその集団全員に特徴する服装だったが、唯一その男の左胸には金に施されたバッチが付いていた。
ダンの頭1つ分高い身長。そこから見下すようにダン達を見ると、
「貴方た~ち、誰で~すか~?」
「ん? 俺らか?」
高圧的な態度にもかかわらず間延びするような口調で問い質す男に、ダンは呑気な顔で応対する。
そのダンの態度に一瞬男の眉間には皺が出来、頬骨の外まで長く跳ねた髭も合わせてぴくっと上下した。
「俺はダン。ダン・ストークだ。こっちの女の子がステラ。でこっちのちっこいのがウィーだ」
自分の名前を言いつつ、付き添いのふたりを説明するとステラとウィーもそれに合わせるように
「ステラです」
「ウィー……――ィ!」
とそれぞれ挨拶を交わした。
顎髭を撫でながらその内容を聞く男。だが、その目は明らかに不審者を見る目。
ウィーは挨拶をした時にその目にビクッと身体を震わせ、すぐにステラの後ろに隠れてしまった。
「ほぉ……それで貴方た~ちはどこから来たんで~すか?」
「シエド村だ」
「……シエド村?」
男はその村を初めて聞いたかのようにダンの言った言葉を復唱した。
さらに不信感を募らせる男の目つき。
おそらくこの男はシエド村を知らないのだろう。
説明するとなったら少々面倒くさそうだ。
だが、集団の方でも妙に納得したように「…………シエド村か……」と誰かが小声で復唱しているのもうっすら聞こえた。
きっと誰かが捕捉を入れてくれるだろうから大丈夫だろう。
男は何かを考えるように顎を撫でると、空いている手を掌を上にして横に伸ばした。
「地~図~」
「――ハッ!」
男が言うのと同時に集団の中の1人が地図を男に差し出す。
男は受け取るとすぐに地図を開き、中身を確認する。
「むむむ~」
上下に動かし、左右に動かし、時折地図を回し、それと連動するように顔も動かし――――。
「おかし~で~すね~」
「何がだ?」
「いえね。シエド村な~んていう村がこの地図にはど~こにも書いてな~いんで~すよね~」
そう言うと地図をひっくり返し、ダン達に見せる。
その地図ではウィールドの西側が確認できた。各種街の名や森、川などの情報がここには記載されている。
――――だが、その地図の中にはシエド村の名は書かれていなかった。
「この地図は~ウィールド王国西区の~詳細が記載されているは~ずなんで~すがね~。困ったことに~シエド村な~んて村どこにもな~いんで~すよね~」
「まぁありえない話じゃないと思うぞ」
「というと?」
「あぁ。シエド村って結構小さい村だし、山の中だからな。たまに来るウィールドの冒険者だってうちの村に来た時に驚くくらいだからな。地図に載ってないのも全然、不思議じゃないな」
安い地図だと載っていないらしいとも聞いたことがあるしな、と更に捕捉する。
ダンのその平然とした態度に男は持っている地図を指差すと
「ほ~ほ~。つまり貴方は~この地図が間違ってい~ると言ってい~るのですね~?」
「ま、そういうことだな」
そう言ってニカッと笑うダン。その様子を見て、男はまた考えるように顎髭を撫で始める。
「それよりお前達こそ誰なんだよ?」
「――――」
そのダンの質問に男はハッとダンを見ると、「なるほどな~るほど~」と呟き、次第に口角を吊り上げた。
その雰囲気は不気味の一言。
何か失言をしてしまった容疑者を見つけたかのように目を見開き狂気的に嬉しそうな表情。
男の異様な変わりようにここまでマイペースに話していたダンもさすがに戸惑った。
「な、なんだよ……?」
「いえ。今漸く理解したんで~すよ~」
「なにをだ?」
「貴方た~ち、ウィ~ルド王国の民ではな~いで~すね~」
「………………は?」
その男がいきなり突拍子もないことを言い出し、ダンは目を点にした。
だが、そんな様子のダンを無視して、その男は得意げな顔をして話を続ける。
「実はこの地図。ウェザー様からいただ~いたもので~そんじょそこらの~安物とはわ~けが違いま~す。そこに貴方た~ちのい~うシエド村とかいう村が載っていな~いということは~貴方た~ちがう~そ~を言っているということで~す」
「いや、でも確かに――」
「――そ~れ~に~」
ダンの言い分を聞かず、遮るように男は話を続ける。
「貴方、言いましたよね~? 『お前達だ~れなんだよ~』って~」
「そ、それがどうしたんだよ?」
「はっ! 私た~ちのことを知らな~いな~んて! この国の人間じゃな~い決定的な証拠も~同然で~す!」
「いや、そんな馬鹿な……」
「――いいでしょう~。私た~ちが誰か教えてあ~げま~す」
そう言うと男は「あ、敬~礼~!」と号令をかける。
すると、衛兵とフードを被った子供以外の同じ服装をした集団が一斉に足を揃え直立姿勢を取り、右手を上げ人差し指と中指を帽子の鍔の縁に当てた。
その一連の動作は全員完璧に揃っていて、ダン達は目を丸くした。
「私た~ちはウィ~~~~ルド王国西区大領主ウェザー・ドロンゴ様の命で来ました~警団西区支部。そして私はその中のト~ップ! 西区警団長のブロ~~~~~~~~~~ド・ハウゼン! 以後お見知りお~きを~」
どうです? これでわかるでしょ~? とブロードはダンを見るが、当のダンは
「ウェザー……? 警団……? 警団長…………?」
と眉を顰めて腕を組み首を傾げている。
ブロードは敬礼をゆっくりと力なく解除すると面倒くさそうにため息をつく。
「なるほど。国外の人間だとこれだけ言ってもわかりませ~んか~」
「いや、だから俺達ウィールドの人間だって――」
「はぁ……仕方ありませ~んね~」
そう言ってブロードはダンの前に手を差し出した。
何かを渡せと言われているようなその動作だが、何を渡せばいいかわからない。
「…………なんだよ」
しかめっ面でダンはブロードを見ると、ブロードはまたまた面倒くさそうに鼻で笑い、
「国外と認める~なら~入国許可書、冒険者な~ら~冒険者カードを出しなさ~い」
と差し出した手の指が催促するような動きをする。
ブロードの命令に更に眉を顰めるダン達。
それもそのはずでいくらシエド村がほとんど知らないようなマイナーな村であれ、ウィールド王国の村だ。
また小さい村故に冒険者ギルドもない。
その出身であるダンとウィー。それにシエド村に突然現れたステラ。
そんな3人が入国許可書や冒険者カードなど持っているはずがなかった。
それを差し出せと言われ、国外と決めつける横柄な態度。しかも好奇心ブーストが掛かっていたとはいえ、ダンもここまでの道中でやはり疲れが溜まっている。
「…………持ってねぇ……」
だからややぶっきらぼうにダンはそう返すのも仕方がなかった。
「は?」
「いや、だから持ってねぇよ。冒険者カードはこれからロトの街で作る予定だし……」
「私達、国境も跨いでないからそもそも入国許可証というものもないです」
ダンの言い分にステラも捕捉する。
ダンとステラのその様子にブロードは考えるかのように再び顎髭を撫でると、
「あぁ~……なるほど~!」
と何かダン達にとって良からぬことを思いついたようにニヒルな笑みを浮かべた。
「さては貴方た~ち、密入国者で~すね~」
「え? ――なんでそうなるんだ?」
更にダン達にとってはよくわからない理論でそう結論に達したブロード。
ダンは困ったように眉を顰めるが、
「誤魔化そうったてそうはいきませ~ん!」
ブロードは自分の主張を曲げることはない。
「いや、だから――――」
「シエド村な~んて存在しな~い村の名を出し~我々を徒に困らせ~! 警団はもちろ~んウェザー様のこ~とも知らなかった~! にもかかわらず~冒険者カ~ドも、入国許可証も~ないな~んて~密入国者以外ありえませ~ん!!」
「ちが――――」
「先ほどのぶっきらぼ~な態度も~嘘がバレ~るのが怖かったんでしょ~ね~。しかも私た~ちが警団と知ってもま~だこの態度!! 不法入国に加え~虚偽罪、不敬罪で~すか!?」
「――――」
「お前た~ち!! この者た~ちを捕らえなさ~い!!」
「「ハッ!!」」
ブロードが警団に向かって命令すると、警団達はダン達3人を囲み、銃やサーベルを構えた。
「いや…………シエド村、ちゃんとあるから」
「まだ言いますか~。もしかして貴方、妄想癖があ~るんじゃな~いですか~?」
「――し、失礼ながら警団長!」
そう叫ぶ声が聞こえた。
声の主を探してみると、衛兵の1人が敬礼をし緊張の面持ちで立っていた。
ブロードはその衛兵を横目で見ると、衛兵はその姿勢のままブロードに話しかける。
「その者達が言うシエド村というのは――――ッ!!」
――だが、その叫びは1発の発砲音と共に掻き消されることになる。