2-14 2人と1匹の冒険譚
一か月後。シエド村門前。
「大丈夫? 忘れ物ない?」
「大丈夫!」
「着替え持った?」
「持った」
「お金は?」
「持った」
「薬や包帯は?」
「持った」
「武器は?」
「持った」
「水筒は? お弁当は? 雨具は?」
「……持ったって」
「まあまあ、キャロさん、落ち着いて……」
大勢の人が微笑ましそうに、茶髪の女性と旅支度の男女2人、それに1匹の子竜を見ていた。
「けど……ダン、いつまで経っても忘れ物するし、危なっかしいことばかりするし!」
「大丈夫ですよ! 私が付いてますから!」
「言っておくけどね! ステラもそんな変わらないからね!」
「えぇ!?」
茶髪の女性――キャロラインは顔を顰めつつダンとステラが抱える大きな荷物を交互に確認している。
「よし! 大丈夫そうね!」
キャロラインはそういうと荷物の口をぎゅっと閉じた。
「ったく…………相変わらず姉ちゃんは心配しすぎだよ」
「悪かったわね~、心配しすぎで!」
「イテて…………イダダダダダダダ!!」
生意気な口を開くダンにキャロラインは怖い笑みを浮かべ、ダンの頭の側面を拳でグリグリと捻じ込みながら圧迫する。
その力に為す術もなく、その攻撃を甘んじて受けるしかないダン。その痛みで徐々に悲鳴が大きくなった。
その様子を見て、たまに怒るキャロラインの怖さを再度確認して、ステラとウィーは顔を青くしていた。――といってもステラもウィーも怒られたことなんてそんなにないのだが。
「まあまあ、そのくらいにしましょうよ? キャロ」
そう言ってキャロラインたちの前に現れたのはカルアだ。
カルアはいつもの和やかな雰囲気をかもしだしつつ、キャロランの拳にやんわりと触れるとダンから優しく引き剥がした。
「ダンも反省しているみたいだから、この辺でいいんじゃない? ねぇ?」
「ふぁい……ずみまぜんでじだ」
「ったく……仕方ない。カルアに免じて許してあげるわ」
カルアのほんわかした笑みに諦めたように大きなため息をつくキャロラインを見て、ダンはもちろん、ステラとウィーもほっと胸を撫で下ろした。
カルアもその様子を見て、安心したようにそっとキャロラインの手を離す。
「けれどね」
が、キャロラインはカルアの手が離れたと同時に再びダンの顔目掛けて、自分の腕を伸ばした。
ダンは安堵したのも束の間、また何かされるんじゃないかと思い、反射的に目を瞑ってしまった。
暗闇の中。何をやられるのかを見ておけばよかったと後悔したが、もう時すでに遅し。
キャロラインの手は既にダンの頬に触れていた。――だが、そこに痛みも怖さも怒りもなかった。
ただただ柔らかく優しい感触。
想定外の感覚にダンは目を恐る恐る開けると、目の前には涙目で、だけど優しい笑みをしたキャロラインの姿があった。
「――心配しないわけじゃないんだからね」
心配しすぎない。けれど心配しないわけじゃない。
それは今までずっと2人きりで生活していた家族の言葉。親同然にここまで育ててくれた家族の言葉。
「わかったよ、姉ちゃん。ありがとう」
だから謝罪ではなく、感謝の言葉を伝えた。
今までのこと。これからのこと。育ててくれたこと。自分の夢を応援してくれること。それら全て引っ括めた想いを込めて。
「じゃあそろそろ行くわ」
「そうね」
「ウィー!」
しばらくした後、ダンがそう言うと、ステラもウィーも笑顔で頷く。
旅の準備はもう出来た。キャロラインとの挨拶も済ませた。
やり残したことはもうないはず――――
「お兄ちゃん…………」
と思っていたら、下の方から声が聞こえた。
見ると、じっと下を向いている少女の姿。
「どうした? ミルキー」
カルアとアルキの娘、ミルキーはしばらく下を向いていたが、意を決してばっと上を向く。
笑顔でダンを見て、その方向へ手を伸ばす。
「これ!」
「ん? なんだ?」
手に持っていたもの。それは桃色をした巾着袋のようなもの。
ミルキーの掌に収まるくらい小さいサイズで、
「なんだか良い匂いがするね」
ステラの言う通り、受け取ってみると仄かに甘い香りがした。
「お守り! 中にリントウが入ってるの」
ミルキーはそう言うと、ステラとその隣にいるウィーを見てもう2つそのお守りを差し出した。
「お姉ちゃんとウィーちゃんにも!」
「え? 私たちにも?」
まさか自分たちにもくれるとは思っていなかったステラとウィーは目を丸くした。
「貰っておきなさい」
驚きと本当に貰ってしまってもいいのだろうかとステラが多少躊躇していると、キャロラインが諭すように声を発した。
「ミルキーの想いを無視しちゃいけないわ」
「……キャロさん」
「それに――きっとこのお守りがあなた達を守ってくれるから」
その言葉でステラは頷くと、ミルキーの目線の高さに合わせるように腰を落とした。
「じゃあ……ミルキー。これ受け取っちゃうね。ありがとう」
「ウィー!」
「ミルキー! ありがとうな!」
三者三様にミルキーに感謝を伝えると、ミルキーは笑顔で頷いて、お守りを渡し終えるとカルアの膝下まで駆けていった。
「じゃあ今度こそ行くわ!」
ミルキーのお守りをダンの荷物には1つ、ステラの荷物には――ウィーのも含めて――2つ紐で括り終えると、ダンはそう言った。
「えぇ、3人とも気をつけて! ジャックにもよろしくね」
「あぁ! 任せておけ!」
「キャロさん、お世話になりました」
「ウィー!」
キャロラインの言葉に返事をすると、ダンたちは
「「行ってきます!」」
とシエド村の門を出た。
しばらく歩いた後に、シエド村の方から少女の泣き声が聞こえた気がしたが、3人とも歩みを止めることはなかった。
ここで止まっては戻るのは駄目だと直感的に理解していたからだ。
そして、さらにしばらくして、シエド村からの喧騒が聞こえなくなると、ダンは
「いよいよだな」
と楽しげに口を開いた。
「そうだね。まずどこに向かうの?」
「まずはロトを目指す!」
「隣町だっけ?」
「あぁ! そこに冒険者ギルドの支部があるはずだから冒険者登録をするんだ」
「うん」
「そしたら俺たちは晴れて冒険者になれる! 俺の……いや、俺たちの冒険の幕開けだ!」
「その次は?」
「あそこだ!」
とバッとダンは前方を指差す。
そこには天にまで昇る半透明な塔。
遠近感がおかしくなりそうな大きさに、半透明なのにキラキラと輝き存在感をしっかりと持った塔。
その塔の麓に――、
「ウィールドの王都があるんだよね?」
「そう! そこにジャックがいるはずだからな。強くなった俺を見せてやる!」
とダンは腰に携えた刃折れのナイフに手をやった。
この1か月で散々ジャックの話をダンから聞かされたステラ。
ダンのそんな様子に微笑むと、
「ふふ。私も、そのジャック……さん? に会うの楽しみ!」
「ウィーウィー!」
ウィーもテンション高く同意する。
「だったらさっさと行こう! あの塔を目指して!!」
こうしてダンとステラ、ウィーの2人と1匹の冒険は始まった。
シエルの塔を目指し、そして何れは国外へ。
この冒険でダンが胸弾むものはあるか、ステラの記憶の手掛かりを見つけられるか。
彼らの冒険はまだ始まったばかりである。