2-12 ふたりの能力《ちから》 後編
「……すごい」
ダンがタウロスの猛攻を抑え圧倒しているのを見て、ステラはそう呟いた。
ダンの周りに纏わりついているオーラや消えたウィーのことが気になって、ダンのことを凝視していたにもかかわらず、ダンは突然消えた。
ダンを発見した頃には、既にタウロスは壁に打ち当たり砂埃を上げていた。
さらにタウロスが反撃の突進をするが、それさえも防ぎ、逆に投げ飛ばす。
目で追うことができない速さ。
タウロスの攻撃を完全に無効化する防御力。
そしてそのタウロスを投げ飛ばす程の膂力。
さっきまでの様子が嘘のように、ダンはタウロスを圧倒していた。
だけど――
(ウィーはどこに……?)
ダンの側にいたはずのウィーの姿は未だ見えず。
急に強くなった、白い衣に包まれたダンと、変わらない恐ろしい眼光でダンを睨みつけるタウロスしか見えなかった。
「ウォ――――」
「――いい加減うるせぇよ!」
その眼光も、さっきまで聴くたびに足が震えた咆哮もダンによってすぐに堰き止められるのだけれど。
あの可愛らしい白い子竜の姿は見えない。
だが、その気掛かりは杞憂であることがその後すぐにわかった。
『ウィィイ――――ッ!!』
「――――!?」
タウロスが壁に押しやられ、ダンがその正面に立ちその拳にオーラを集め始めた。
それをやばいと感じ逃れようと抵抗を始めるタウロスに向かって障壁が出現した時、そんな鳴き声が聞こえた気がした。
必死に抵抗するタウロスに対抗するかのようなその声はあの子竜を彷彿とさせる。
「もしかして……白いオーラがウィー?」
声の元はダンが纏っている白いオーラから。
その意思でタウロスの前に出現している白い障壁を強くしている気がした。
そして、
――バチン
「ウィー! もう充分だ!」
そう叫んだダンの言葉とその前に障壁が弾けるという現象で、ステラは確信した。
あのオーラがウィーそのものなのだと。
そしてウィーとダンは繋がっているのだと。
「あばよ!」
ギリギリまで押し込めたオーラの塊に包まれた拳でタウロスを殴ると同時にオーラの塊は破裂した。
その爆風はステラの方まで届き、ステラは思わず髪を抑える。
「――――!」
そして、その爆風に乗せて、ダンとウィーの気概や奮起、その他様々な感情がステラに伝わってくる。
「うぉぉぉおおオオオ!!」
とダンが叫ぶとそれに比例して風も強くなり、また伝わる思念も大きくなる。
そして、限界まで達したエネルギーの唸りはタウロスを包み込み、
「ぶっ飛べぇぇえええ!!」
「…………いけ」
ダンの雄叫びとそれに重なるように自然と出たステラの小声に合わせて、より大きな威力で爆破した。
轟音が鳴り響き、砂埃が舞った。
密閉された空間のはずなのに暴風が吹き荒れ、多少踏ん張らないと後ろに吹き飛ばされそうだった。
「ッ――――!」
反射的に目を瞑り髪を抑えるような仕草をするステラであったが、暴風が止むとすぐにその場所を確認した。
砂埃で姿が隠されたダン達とタウロス。
ダンの拳から放出されたオーラは凄まじい威力だった。
その威力でもってダンはタウロスを殴ったわけだが、そのタウロスも相当強い。
はっきりわかるまでは、とステラは固唾を呑んで砂埃が晴れるのを待った。
戦闘音が止んだ静かさが戻った空間。
聞こえるのは砂がぱらぱらと落ちる音やさらさらと舞う音のみ。
爆発の衝撃で吹き荒れた暴風も今は収まり、細やかに流れる風がステラの頬を撫でる。
「…………風?」
そのことに違和感を感じたステラ。
それもそのはず。
この部屋は入り口が1つしかないし、遺跡に入ってからここまではかなり遠い。
そして、タウロスが出た時天井の小窓は全て閉じられ、それは今尚変わってはいない。
所謂、密閉空間。この部屋はその状態にほぼ近い状態になっているはず。
なのにもかかわらず、空気の流れを感じる。
それも唯一の入り口からではなく、見ている先から――ダン達がいるはずの所から吹いているような。
「――――!」
そして突風が吹いた。
砂埃が晴れ、そこに立っていたのは、
「ダン!」
不安げな顔から一変。ステラは喜びの声を上げた。
壁には穴が開き、外からの光がスポットライトのようにその男を照らしていた。
纏っていたオーラは初め目にしていた時よりはかなり薄くなり、服装は砂や土でボロボロに汚れている。
それでも尚、ダンは、ダン達は、その場に立っていた。
だが、それも束の間。
「よっっっしゃああぁぁ…………!」
とダンは雄叫びを上げると同時に両手を天に突き上げると、そのまま後ろに倒れた。
「ダン!?」
驚きの声を上げ、ステラは思わずダンの元へ駆け出す。
向かっている間、ダンの体から抜けるように纏っているオーラがなくなると、すぐ隣にウィーが現れた。
倒れているダンと一緒でウィーもうつ伏せでへばっているように見えた。
「おぅ…………ステラ……」
「ウィ~……」
ステラがダン達の元へ着くと、ダンとウィーは力なくステラを見た。
「大丈夫!?」
とステラが聞くと、ダンは腕を上げ、壁の向こうを指差した。
その方向を向くと、どうやら遺跡の外に出るらしく、燦々と輝く太陽光とそれに輝く生茂る緑が目に映った。
だが、真正面の木々は斜め左右に折れ、土が見えるほど地面が抉れていた。
そしてその先。地面の色が土から緑に戻る終点には、タウロスが倒れていた。
その姿は先ほどまでの獰猛な様子とは裏腹に、力なく弱々しい。
そして、太陽の元にいるはずなのに影が差さない。
それから、その身体から細やかな粒子が出て、上へ昇りながら消えていった。
魔物が死ぬ瞬間。
魔物は死ぬ時、何も残らない。
水が蒸発するように、魔物を構成する物質は消失する。
腐ることも、土の養分になることもない。
魔物のことを知らなかったステラでさえすぐにその瞬間であることを理解した。
「へへっ……」
その様子を見ていたステラの横でこれまた弱々しい笑みがひとつ。
疲れ切った様子のダン。
だが、どこか清々しく誇ったような。
ダンはタウロスを指差していた拳をギュッと握り、ステラに向けると、
「勝った…………ぜ……!」
「ウィ~…………」
同調するようにウィーも片手を上げた。
そのふたりの様子につられてか、はたまた脅威がいなくなったことへの安堵か、ステラも笑みを溢した。
「ふふ……うん!」