2-11 ふたりの能力《ちから》 前編
眩く光るその白光は一瞬にして部屋一面を照らした。
ステラはその光に目を細め反射的に目を守るように片手で遮ろうとし、それとは逆にタウロスはその光に怯まず突進を続けているようだ。
おそらく光源になっているであろう位置にいるダン達の様子はステラの位置からでは眩しすぎてほとんど見えない。
一体何があったのか。もしかしたらタウロスのような魔物がもう1体出現したのか。だとしたらその場所にいるダン達は大丈夫なのか。
光源に向かって一直線に走っていたタウロスも既に白い光の中に消えている。光が消えた瞬間ふたりとも倒れているということはないか。
そんなことを考えながらステラは心配そうにその光源を見つめ続けた。
しばらく見ているとその光は徐々に弱くなっていることがわかった。
徐々に徐々に収束していく白い光。片手で押さえても、目を閉じても眩しかったその光は今はその光源にあるシルエットが見えるくらいには収束していた。
タウロスがまず映し出された。そのシルエットは洞角を前に突き出しているが何かに阻まれているかのようにその場から一歩も動かない。だがタウロスがいる位置ではまだ奥行きがあるはずで部屋の壁からは程遠い。
何に阻まれているかというと、やはり白い光源。その光が障壁となりタウロスの行く手を阻んでいた。
白い障壁はやがてバチンという音と共にタウロスを弾き飛ばしつつ消えると、その奥には右腕を大きく振り切ったダンの姿があった。
その姿は頭から足まで全身をすっぽりと半透明の白い靄のようなものに覆われ、そして――――ダンの近くに居たはずのウィーの姿が何処にもなかった。
「な、なんだこれは?」
ダンは今自分の身に起こってることを正確に把握できず、戸惑いがちにそう言った。
タウロスが自分の方に向かって突進してきたのは覚えている。
それから突然白い光に包まれて驚いたが、タウロスからの攻撃に備えて自分の身を守ろうと反射的に腕を上げた。
すると、何か白く発光する障壁が出現しタウロスの突進を受け止め――いや、受け止めるどころか自分が右腕を大きく振るとその障壁はタウロスを弾き飛ばすではないか。
さっきまでは弾き飛ばすほどの力などなく、むしろダンの方が吹っ飛ばされていたのに。
吹き飛ばされたタウロスでさえも態勢を整えると怪訝そうにこちらの様子を観察している。
なにより全身に纏わりついている白いもやもやとした煙のような、靄のようなもの。
身体にぴっちりと張り付いているわけではなくゆらゆらと漂い、熱くもなく冷たくもない。
そういう知見がある人が見れば『オーラ』と呼びそうだ。
そしてこのオーラから何故だかウィーの意思を感じる。
「もしかしてウィーの仕業なのか?」
『ウィイ?』
頭に直接響くウィーの鳴き声。その声からも戸惑いが感じられ、ダンと同じくこの現象を不思議に思っているようだった。
――いや、声だけで判断してるのか?
何故かウィーの感情が、その心の微妙な機微が細かく手に取るようにわかる。
こんなに細かなのはウィーが鳴くくらいでは感じ取れるわけがない。まるで自分で思っていると錯覚するほど明瞭に読めるのだから。
そして――だからというべきかもしれないが――ダン自身のそういう思いや感情もウィーに伝わっているということがはっきりわかった。
「…………つまり、俺はウィーと合体しちまったわけか?」
ダンはそう結論づけた。
実際に、オーラを通してウィーとリンクしている感じ。だが、気持ち悪いわけではない。むしろ心地良く清々しい。
さっきまでの疲れや痛みが嘘のように消え、奥底で溢れんばかりに力が漲っている。
そればかりかこのオーラをどのように扱うべきかというのも、遺伝子に刻まれているかのように、魂で知っているかのように瞬時に理解できた。
そしてこの力があれば――――、
「なぁ、ウィー」
『ウィ?』
ダンは未だこちらを警戒しているタウロスを見て手に力を込めると、込める力に比例して、白いオーラはバチバチと激しく大きくなった。
「前言撤回だ。あいつを倒すぞ」
『ウィ!』
――――タウロスを凌駕できる。
瞬間ダンはその場から姿を消した。
「!?」
ダンの挙動を注意していたはずのタウロスはその事実に驚愕し、辺りをキョロキョロと見渡しダンを探し始めた。
「こっちだ」
だが、ダン達は既にタウロスの懐に潜り込んでいた。
タウロスがダンに気付いた時にはダンは体勢を低くし握りしめた拳を引いた構えをとっていた。
タウロスが防御をする暇もなく、ダンは地面を蹴り、腰を回し、引いた拳を思いっきり前に突き出すと、打撃音と同時にタウロスの身体は勢いよくタウロスの後ろの壁まで吹っ飛んだ。
壁が崩れ去る音。舞い散る砂埃。
最初に対峙した時とは、逃げ回っていた時とは、正反対だ。
砂埃が止むと、そこには壁に背中が埋まり地べたに尻餅をついた状態のタウロスの姿。
頭をブルブルと横に振ると、
「ウォォオオオ!!」
怒りの、もしくは威嚇の為の咆哮を放つ。
だが、その威嚇はもはやダンには響かない。
タウロスの吠えで逃げ回る準備をしていたさっきまでとは違う。
力が湧いてくる。
一緒に戦ってくれる仲間がいる。
そしてなにより守るべき者がいる。
避けること、逃げること、時間を稼ぐことはもう必要ない。
タウロスは吠えた後壁から抜け出しゆっくりと立ち上がった。それと同じぐらいのタイミングでダンは片足を軽く前に出し戦闘態勢を整える。
「来い!」
「ウォォオオオオオ!!!!」
ダンの短めに発した挑発に乗るようにタウロスは再び咆哮を上げると、先程よりも速くなったスピードでダンに突進していった。
さっきまで逃げ回っていた鬱陶しかった小物。それに攻撃を防がれ、そして殴られた。
そのショックを上乗せして、ボルテージが上がり続けていた怒りを利用したその突進は攻撃力、殺傷力も先程までとは比べ物にならない。
だが、ダン達は避けない。避ける必要がない。
両手を肩幅に広げ前に出し、タウロスが目の前に来るとその洞角をがしっと掴んだ。
両足で踏ん張るとタウロスの勢いが地面に伝わり抉れるが、ダン自身はその勢いに負けることはなく、掴んだタウロスの角を離さない。
タウロスの力に吹っ飛ばされることなく、そしてタウロスの勢いは順調に削がれ、地面を少し抉りながら後ろに下がるだけでその推進力を完全に殺した。
さらにダンはその角をそのまま上に持ち上げると、それに連動して、当然ながらタウロスの身体が浮かび上がった。
「!!??」
そのことにタウロスは困惑を隠せなかった。自分よりも軽いはずの、先程まで吹っ飛ばそうとしていた人間とこうもわかりやすく立場が逆転するのがまだ信じられなかったからだ。
人間のような両手を握りしめダンに向かって交互に攻撃を繰り返す。
『ウィイ!!』
だが、その抵抗は虚しくも振るう拳はウィーの意思によって出現する白い障壁に幾度も邪魔される。
「全ッ! 然ッ!」
そうやって殴られ続けているダンはある瞬間に全身を使ってタウロスの角を左に振ると、
「――――効かねぇ!!」
勢いをつけながら、逆方向にタウロスを放った。
宙に浮いているタウロスはその勢いを殺すこともできず、慣性に従い一直線に飛んでいき、激しい音と共に再度壁にぶち当たった。
短い間に2度想定外の衝撃を食らったタウロス。だが、今までも突進を避けられ自ら頭を撃ちつけていたタフネスはここでも発揮していた。
少し痛そうにしながらもすぐに壁から抜け出しダンに向かって
「ウォ――――」
「――いい加減うるせぇよ!」
咆哮を上げようとしたが、いつの間にか目の前に来ていたダンに上から鼻を殴られた。
結果、開けていた口は強制的に閉じられ、そればかりかその勢いのまま頭が思いっきり下がる。
「ウォア!!」
それにもめげず、短めに発した吠えと共に邪魔だと言わんばかりに片腕を相手に向かって鞭のように振るタウロス。
「――――ッ!?」
だが、その攻撃でさえダン達が食らうことはもうなかった。
「だから――もう効かねぇって」
振った右腕は、ダンが自身の左腕を挙げた時に現れた障壁によって止められた。
目の前にいるダンは不敵な笑みをしている。
それからダンはタウロスの腕を振り払うと、拳に力を込め始める。
込めた力に比例して大きくなる白いオーラ。
そのオーラは次第に拳辺りにどんどんと収束していく。
全身に纏っているオーラがそこに集まっているかのように、纏うそれは薄く。
逆に拳の方は濃く。さらに小さく。
どんどん密度が高くなっているのが明らかだった。
――バチンッ!!
それをやばいと感じたか、タウロスはダンに向かって手を伸ばす。
が、ダンが拳に集中している間に、今度はウィーがタウロスを相手する。
弾かれてもタウロスは怯まず次の手を出すが、
『ウィイッ!!!』
それも障壁が現れバチンと弾かれる。
ダンの拳から逃れようとしても、後ろには壁。ダンはすぐ目の前。
一動作する度に目の前に障壁が現れ後ろに弾かれ、定位置に戻される。
「ウォオ!!」
それでもめげずにタウロスは両腕を伸ばした。
それに反応してやはり白い障壁が現れる。
バチバチと鳴り響くが、今度は弾かれまいと障壁を押し続ける。
タウロスは障壁ごとダンを退けるつもりのようだ。
『ウィィイ――――ッ!!』
ウィーの出す障壁とタウロスの力は拮抗し――いや、若干障壁の方が強い。
押し続けるタウラスの手は火傷を負っているかのように、だんだんと皮膚が爛れていくが、感覚が麻痺しているのか気にせず、タウロスは抵抗を続ける。
それでもダンたちをその場から一歩も動かすことはできなかった。
――バチン
「ウィー! もう充分だ!」『ウィ!!』
その掛け声がかかる直前に白い障壁は弾け飛び、障壁と接触していたタウロスの手は弾かれた。
その反動で、タウロスは蹌踉け後ろの壁にぶつかった。
障壁が消え、ダンの姿がはっきり見える。
表情は真剣そのもの。しっかりとタウロスを見据え、油断していない。
全身のオーラは初めて顕現した時よりも遥かに薄く。
そして、その拳は凝縮され密度の高いオーラの塊で包まれていた。
「これで終わりだ、タウロス」
そう言ってダンは跳躍すると、タウロスの顔辺りで拳を構えた。
壁にぶつかり怯んでいるタウロス。
目の前に見えたダンに反応できず、防御することも間に合わない。
「あばよ!」
腰から身体を回しその勢いを上乗せして、ダンは拳をタウロスの顔面に。
「――――ッ!!」
オーラの塊が顔に触れた瞬間、その塊は破裂。
限界まで圧縮されたエネルギーは押し込めていたものがなくなり、一気に膨張を始めた。
「うぉぉぉおおオオオ!!」
ダンの咆哮に合わせるように威力も増大していく。
先ほどの障壁を抑えていた掌のダメージとは比にならず。
タウロスの顔面は。身体は。そのエネルギーの暴発によって押しつぶされ、爛れ。
ダンの拳がタウロスの顔に到達する頃にはその爆発によって、押しつぶされているタウロスの身体によって、後ろにある壁さえもヒビ割れていった。
そして――――
「ぶっ飛べぇぇえええ!!」
激しい音と爆風と共にタウロスはオーラの爆発に包まれ壁を突き抜けた――――――。