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2-9 魔物の脅威

 衝撃が部屋中に木霊する。

 苛立ちを顕にした咆哮が空気を揺らしている。


「俺はまだいるぞ!!」


 煽るような叫び声とその声の主が振り回す布に苛立ちが募る。

 そして再び轟音と振動が空間に伝わった。


 標的を捉えられず壁に突き刺さった洞角。

 角の先には硬い感触しかない。

 それがわかると勢いよく壁から角を抜いて、

(また外した!!)

と言わんばかりに雄叫びを上げる。


 自分よりも小さく弱そうな虫けらのような存在。

 その存在が妙に自分を逆撫でる。

 あの少年を無視してさっさと外に出ることも出来たが、何故か無視出来ない。


 何がそうさせているのかはわからなかった。

 だが、声、振る舞い、態度、佇まい、振り回す布――――少年がする全ての行いが癪に障る。


 そして怒り続けるタウロスは少年の姿を見つけると、洞角を向け猪突猛進するのだった。








――この光景を何度繰り返しただろうか。



 タウロスの猛攻。

 ダン・ストークは集中を切らすことなく紙一重で避けていく。

 早すぎても、駄目。

 遅すぎてはもちろん駄目。

 絶妙なタイミングで身体を動かさなければ、そいつの餌食になってしまう。

 回避した後も力は抜けない。また次の突進に備えて、避けやすくかつ逃げやすい位置どりをしっかりしなければならない。


 そうして行動した結果は、映る光景は、ほとんど同じ。

 違うことと言えば、どんどんと怒りのボルテージが上がり続けるタウロスの表情、態度。

 そして壁に2つずつ増えていく穴。――だが、出入り口付近に新しく出来た穴は1つもなかった。


 時には大声を上げ、

 時には布を大袈裟に動かし、

 時には攻撃を試みる――あまり効果はなかったが。


 そうやって奴を誘き寄せダンのみに意識を集中させるように立ち回っていた。

 結果的に出入り口から遠ざけることに成功し、タウロスの視野を狭めることはできた。

 このままステラ達が村の猛者達を連れてくるまで動き続けることができればダンの勝利だ。



「これは…………むずいな……」



 だが、その勝利条件は予想を上回ってかなり無謀な条件だった。


 避ける度に嫌でも理解してしまう。

 奴の体力が尽きることはほぼあり得ないと。


 壁にぶち当たってもすぐに振り返り、変わらず自分目掛けて突っ込んでくる。

 足がふらついたりする様な疲れた様子もない。

 ただただ怒り続ける魔物の劣化しない攻撃。


 しかし、それとは対照的にダンの身体はじわじわと疲労を感じ始めている。


 突進が来たら横に飛び避けるが、だんだんとタウロスの攻撃が身体に擦り始めている。

 着地での踏ん張りもかなり気張らないと転びそうになる。

 ワンアクションする度に身体や状況、気持ち全てに意識を張り巡らせなければあの魔物の餌食にされてしまうという緊張感。


 ただ避け続ける。ただ時間稼ぎをする。

 今の身体で、今の精神状態で、圧倒的に差がある敵に対してそれを行う。

 『むずい』と強がりを言ってはいるが、あまりにも厳しい状況だ。


 無謀無茶な賭けをしているような博打勝負。

 ダンは今のところその賭けに勝ち続けているような(避け続けられている)状況だ。


 ――――だが、そんな奇跡はいつまでも続くわけがない。


「しまっ――!」


 壁にできた穴。それが物語るのは突進の数だけではない。

 床に散りばめられた瓦礫も穴の数に比例して増え続けていく。

 結果、足場はどんどん不安定になっていく。

 その事実を意識しないわけではなかったが、その他諸々の所作にも気を配る必要があったから集中が散っていた。


 奴の突進を横飛びで避け着地した位置にちょうど瓦礫の一部。

 踏んだ瞬間に傾き始め、強引に別の場所に移動する間もなかった。

 踏ん張りも効かず、よろめいた方向にそのまま倒れ込んだ。


 転んだことで少し擦り剥いたがそんなことは大事ではない。


 問題は――、


(力が入んねえ…………)


 既に体力の限界を極めていたダン。

 一度動きが止まれば、気付かないようにしていたその疲労は一気に全身に降りかかってくる。

 再び起き上がろうと腕や足に力を込めようとしたが、自分のものではないかのように勝手に震えて思うように動かせない。



――ドンッッッ――!!


 そうこうしている間に地面から大きな振動が1つ。

 その方向にはダンを見ている牛の頭。


 ニタニタと「漸く隙を見せたか」と言わんばかりに醜悪な笑みを見せていた。



「はは…………」


 自然と渇いた笑いが溢れた。

 

 あの魔物とダンとの距離はもはや無いと言っても過言ではない。

 例えダンが力を振り絞って立ち上がったとしても、その間に一気に差を縮められてしまうからだ。


「……ここまで……か?」


 タウロスは何度もやっているように洞角を前に突き出し走り始めた。


 徐々に加速し向かってくる牛頭をダンはただただ見つめるのみ。


(あぁ……これが走馬灯ってやつか?)


 タウロスは加速しどんどんと速くなってきている。


(俺、ここで死ぬんだろうか……)


 しかし見ているダン視点ではそれとは矛盾するように全ての動きがスローモーションに見えていた。


(冒険もまだしていないのにな…………)


 全てがゆっくりになったとはいえ、自身の動きが早くなったわけではない。

 ただ思考が一気に脳内を駆け巡っているだけ。

 一説によると、命を危機を回避しようという生存本能による反応。

 自身の記憶と経験から助かる方法を探しているのだ。


(そういえばどれくらい時間を稼げたんだ?)



 だがそんな見かけの引き延ばしで、ダンが考えたのは助かる方法ではなかった。



(あいつらはちゃんとここから出られただろうか?)


 2日前に出会った少女はたぶん覚悟を決めているだろう。

 生まれてからずっと一緒の子竜は心配そうな顔をしていたからちゃんと逃げてくれたかどうか。


(姉ちゃんには怒られるだろうな)


 ここまで育ててくれた姉はこの状況をまだ知らない。

 だけどしばらくしたら知ることになる。

 その時はまたいつもみたいに叱ってくるだろうか。


 そして――――


「すまん、ジャック――――」



 その瞬間にダンの身体に衝撃がきた。



★★★


 身体に衝撃を感じた瞬間、すぐに目の前が暗転。

 しかし思ったよりも痛みがないことに驚いた。


 きっと突進を受けた瞬間に即時に死亡したからだろうとダンは考えた。


 何かがのしかかってるかのような身体の重みも感じ、身動きすることもままならないのだ。

 おそらく魂だけになると身体の感覚が鈍くなるのだ。


 だが、それにしては背後からのタウロスが壁にぶち当たっただろう音が鮮明に聞こえる。

 頬に感じる床の冷たさはやけにリアルだ。

 そして何より、思い出してみると身体に走った衝撃は横腹からだった。


「ウォォオオオオオオ!!!!」


 「また外した!」という何度も聞いたタウロスの苛立ちの咆哮で、ダンは反射的に目を見開いた。

 すぐに景色が明るくなった。


(……あぁそうか……)


 目の前が暗転したのは目を瞑ったからだった。

 どうやらまだ死んでいないらしい。


 そして、

 痛みが思ったより軽かったのは。

 やけに身体が重く感じるのは。


「ウィーのせいかよ…………!」


「ウィィ」


 絞り出した声は驚きと苛立ちと疲れが入り混じった。


 通りで痛みが軽いわけだ。

 動けなくなったダンを横から突進し、タウロスの進路からダンをずらしたのはウィーだった。

 しかし――――、


「逃げろって分かれよな…………!」


 確かにウィーには逃げろとは伝えていなかった。

 ステラのことをよろしくと頼んだに過ぎない。

 だけどいつもならそれだけでダンの意図を汲み取ってくれるはずだ。

 人間の言葉がわからない子竜ではない。

 ウィーは他の動物と違い賢いのだ。


 だからここに今ウィーがいるということは、敢えてその頼みも聞かなかったということだ。

 そのことをダンもわかっていた。

 わかってはいたけど、脅威が目と鼻の先にあるこの場所に作戦も援軍もない状態で来てほしくはなかったから、ついつい苛立ちを隠さず吐き捨てるように言った。


「どうして来たんだよ!?」


「――――」


 ダンの文句のような問いにウィーはプイッと顔を背ける。

 言葉が分かるとはいえウィーは人間の言葉は使えないが、その態度は「せっかく助けたのだから文句を言うな」と言いたげだ。

 何より、ここに戻ってきたのはウィー『だけ』ではなかった。


「ダン!!」


「な!? ステラも……!!」


 出入り口の所に大声でダンを呼ぶステラが立っていた。

 ウィーがここにいることよりも更に驚き、ダンは目を見開く。


「ウィーと一緒に外まで出れたんだけど、急にウィーが引き返しちゃって!」


 そう。ステラたちはダンが時間稼ぎしている間に、一度遺跡の外まで行くことができたのだ。

 だが、外まで出たタイミングで絶えず後ろを気にしていたウィーが何かを感じ取った様子で踵を返してしまった。


 慌てたステラ。

 このままステラだけで――最速ではないがシエド村に向かうこともできたが、ダンだけではなくウィーにも危険が及んでしまう。

 ダンに関しては覚悟ができていたとはいえ、ウィーにはなかった。

 2日前に会ったばかりとはいえ自分を助けてくれたふたりが軒並み死の淵に立ってしまうのをステラは許せなかった。


 なのでウィーを連れ戻そうとステラも遺跡の中へ引き返してしまった。

 結果、ウィーに追いつくこともできず遺跡の最奥。何かの紋章が書いてある危険直下のこの部屋まで逆戻りしてしまった。


 だけどその選択は正しかったかもしれないと着いた瞬間にステラは思った。


 なぜならウィーが行かなければダンはタウロスによって死んでいたかもしれなかったから。

 そしてその後だ。今まさにダンとウィーは牛の魔物の標的になっていることがわかった。

 だから敢えて大声で叫んだ。

 ダンに事情を説明するためでもあったが、本命は――――。


「バカヤロウ! 今すぐ戻れ!」


「戻らない!」


 ダンの必死の訴えをステラは無視する。

 まだダンたちの方を向いているタウロス。ステラの存在を認識しているのかわからない。

 ステラは周りを見渡し何か使えるものがないか探す。


「……あ」


 それはすぐに見つかった。

 ステラはしゃがんで、タウロスによって砕かれた出入り口付近の破片を一欠片拾うと、タウロスの方を睨むと、――――決死の思いで部屋の中に入った。


「!! バカ! 戻れ! ――――!」


 そう言ってダンは慌てた様子で立ち上がろうとする。

 ステラの目的がわかったからだ――――ダンとウィーを助けるために奴の気を引こうとしてるという。


 だがまだ体力が回復していないのか起き上がることができない。


 その間にステラはタウロスの方へ走りある程度近づいたところで破片を投げた。

 投擲された破片は綺麗な放物線を描く。

 そして幸か不幸か、


「ギィャアアァァアア!!」


 ステラの目的は大成功してしまう。


 悲痛な叫びを上げタウロスは左眼を押さえている。

 ステラの放った破片の着地点はダンが貫いた傷口。


 タウロスはギロリとステラを睨みつけた。


「ウォォオオオオオオ!!!!」


「――――!!」


 怒りの咆哮を上げタウロスはステラを見定め助走を始めた。


 ステラの目的は目論見通りに達成されている。

 誤算があるとすれば、タウロスの怒りを予想以上に引き出してしまったこと。

 ここから遺跡の外まで行って引き返した後の体力を鑑みてなかったこと。

 そして恐怖でステラの想像以上に足が震えていたこと。


「――あ……れ……?」


 振り返り入り口まで戻ろうとした瞬間、足が言うことを聞かずそのまま転んでしまった。


「ダメだ! ウィー! 待て!!」


 そしてステラが転んだ瞬間一番早く動き始めたのはウィーだった。

 タウロス目掛けて走り出す子竜。

 その小さな体躯で何をしようというのか。

 このままウィーもなす術なくステラの次に倒されてしまうのではないかと考え、ダンは止めようとウィーに叫び身体を動かそうとするがまだ動けない。


「――――!?」


 そして――誤算はもう一つあった。

 タウロスはある程度走るとウィーの方を見てニヤリと醜悪な笑みを浮かべていることがダンは気付いた。


 タウロスは意外にも狡猾な魔物だった。


「ウィー!! 避け――――」


 だが、それに気付くのは遅かった。

 タウロスは急ブレーキを掛けるとグルリと旋回し黒の体毛を被った腕を振り回した。


「ウィイイイイイ!!」


 ダンの叫びが部屋中に木霊した。

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