1-1 飢えた男と謎の卵 前編
とある手記にこう書かれていた。
『我々が発見したのは人が作りしモノでも自然にできたモノでもなかった。
それはどの宝よりも価値のある秘宝であり、
それは全ての力の根源であり、
それは世界の理を覆す種であった。
この世の全てを欲す者には最高の遺物となろう。
我々はその存在を発見はしたが手に入れることはできず。
その在り処はここで書くには足りず。
神が置きしそのモノの名は――――――』
――――カリヴァー・ジョーンズ
★★★
この世界で5つある大国のうちの1つ、ウィールド王国。
世界2番目をほこる広大な大地をもったこの国の王都から西へ最も離れた地に『シエド』と呼ばれる村がある。
人口百人未満の小さな村だが、森や山に囲まれた自然豊かでのどかな土地。
また隣町ロトから行くにしても険しい山道を越えてゆかねばならず、ロトに住む人でさえほとんど訪れることはないので国の情勢や喧騒からも離れている。
村人の生活は至ってシンプル。
普段は農作業や狩りをし採れた食材でその日の腹を満たしては、余った食材を隣人におすそ分けし、
半年に1度、思い出したかのように隣町から領主の使いがやってきては、村人は税の代わりと採れた作物を渡し、
1年に1度、来るか来ないかの行商人に村特産の薬草を売っては、村では採れなかったり作れなかったりする品物を買い、
数年に1度、未知なる大地への冒険を夢見る冒険者が来ては、彼らを混じえてここまでの過酷な冒険譚をつまみに宴をする。
そんな呑気で平和な村。
その入り口は東西に2つしかなく、周りは木製の柵で大きく囲まれている。
西側の出入り口は主にその奥の森に行って、狩りをしたり薬草の採取をしたりするために利用している。
東側には門――といっても大人の胸くらいの小さな木製の門扉があるだけだが――があり、その先は隣町へと続く山道がある。
そしてその東の門の近く。
しかも村の中ではなく外には――――、
――――死体が1個転がっていた。
いや、死体という表現は全くの誤解である。
死体と勘違いしたのは村に住む、焦げ茶色の髪をした6歳ほどの少年だ。
散歩の途中、東門を何気なく見たら、人がうつ伏せで倒れているのを発見した。
全身を包むように着ていた外套は雨や土で黒ずみ、獣道を通ったのかところどころ草や枝がついている。
履いているブーツも何日も歩き続けた影響か、使い古され変色しボロボロだ。
籠手も山道の草木で磨り減り傷跡がみえ、艶のありそうな黒い髪もボサボサで数日は洗っていないであろうことがすぐにわかった。
そして若干臭う。虫が集るほどに。
最初、少年は声をかけたが反応はなく、なんとなく近くにあった木の枝で頭や手、それに肩とかをつついてみても起きる気配がなかった。
「これは……死んでいる……」
そのため少年は死体だと考えた。
少年は急いで辺りを見渡しどこかに潜む魔王を探した。
気分は世界の命運を背負った勇者。
去年冒険者と共にきた吟遊詩人が話した作り話の影響だった。
この人物が死んでいるのは魔王のせいだ!
この陸の孤島が、魔王が召喚した黒龍によって侵略されてしまう予兆なんだ!
魔王を見つけないと、黒龍を倒さないとシエド村が危ない!
少年勇者は持っていた枝を掲げ魔王打倒のため勇気を奮って立ち上がった。
王や親友を殺し姫を攫った憎き魔王。
すべてを破壊し尽くす黒龍を召喚し、すべてを奪った魔王はぼくが相手になる!
剣を構えた英雄は死体を前に、守るべき村を背にまだ見えぬ魔王に立ちはだかった。
「どこだ! まおう! どこからでもかかってこい!」
「……は……」
しかし――
「おのれ、まおう! 死体をあやつる気だな!」
そうやって意気込んでいた少年が魔王討伐を目指す勇者になることは叶わなかった。
なぜなら魔王という存在はただの作り話なのだから。
「……はら……」
なぜなら魔王が召喚したという黒龍なんているはずもないのだから。
「……は……らへ……た」
なぜなら彼はまだ息があったのだから。
「ねーちゃん! 死体がお腹すいたって!」
勇者は村の子供に戻り、すぐに助けを呼びにいった。
★★★
死体がお腹がすいたなどというよくわからない説明に頭を悩ましながらも、すぐに少年と15歳は年が離れているであろう若い女が村の入り口の方へ駆けつけ倒れている男を発見した。
(なるほど……)
遠目から見ると死んでいるように見える。
しかし生きていたというならばと男の鼻元に手をやり息をしているか生存確認。
一瞬数日は洗っていないであろうその臭いに顔をしかめたが、生きているとわかるとすぐに男をかかえ自分の家まで連れていった。
少年の話からすると彼は倒れて動けなくなるほど腹が減っているらしいので、男を椅子に座らせるとすぐに家のキッチンへ行った。
長い茶髪をゆるく1本にまとめ、エプロンをつけて白いシャツの袖をまくる。
今朝食べたスープの残りを温め直し、今日の夜のために下ごしらえをしていた肉の調理にすぐさま取り掛かった。
行き倒れた村外の人を助ける機会なんていうのは滅多にない。
しかし村の若い者が森へ狩りに行ったが迷ってしまい餓死寸前の状態で帰ってくることはよくあること。
なので、飢えて死にそうな者を助けることの心得は十二分に備えていた。
軽く診たけど外傷もないし、ただの空腹ならば出来ることは飯を作るだけである。
少年にはその間、男の様子を見てもらっているし、言葉を少しでも発せられるならまだ大丈夫。
(焦らず、だができるだけ早く男に飯を与えればいい)
と考えながら調理をしていると、スープの入った鍋がグツグツと沸騰してきた。
彼女はお玉で軽くかき混ぜてからスープを掬うと少年を呼んだ。
「スープできたから運んでちょうだい!」
少年はすぐにスープの入った皿を受け取る。
「いい? いきなり飲ませると胃がびっくりするからゆっくり飲ませなさい」
簡単に注意を促すと少年は頷きスープを男の前に持っていく。
「おじさん、スープだよ。飲める?」
男が力無く頷いたので、少年は隣の椅子に上がり一緒に持ってきたスプーンでスープを掬い男の口につけた。
言いつけ通りゆっくりと流し込ませると、男の喉元がごくと1回上下したのが見てとれた。
「……んっ!?」
スプーンに入った1杯を飲み干すと男の眼の色が変わった。
男は少年の手元の皿に目をつけ必死に奪うと、無我夢中に入っていた液体を口の中に流し込んだ。
「あ、ゆっくりじゃないと――!」
そんな注意を知る由もなくスープを一気に飲み干し
「お代わり!」
すぐに少年に皿を返した。
少年は言う通りに皿を受け取ると、厨房に立っているシェフからスープのお代わりをもらい、また男に渡した。
それも一気に飲み干す。
「お代わり!」
そんなやりとりが3、4回続いた頃に相当お腹を空かしていると感じた女がキッチンから大量の料理を持ってきた。
男の眼の色がまた変わる。
テーブルに置かれたそのご馳走を前に理性や知性や尊厳なんか必要ない。
飢えた獣のように我武者羅に肉を貪りパンを丸呑みしてはスープと一緒に飲み込みまた別の料理に手を出せば喉を詰まらせ水を飲み干しまた肉を鷲掴んで。
「ふん、うまい……! ん……ふぅまい! ング!?……ゴクッ! ハァーッ! あ!……これも!……あれも!」
言葉というよりもむしろ獣の鳴き声を発しながら喰らい続けた。
「……ねーちゃん……うちにある食べもの、食い尽くされない?」
「だ……大丈夫よ……きっと」
少年と女性が自分の家の備蓄残量を心配するほどに。
男は目の前にある馳走にのみ集中し、無我夢中に口にものを運び続けた。
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