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2-5 飛んで子竜

「――――~~~ィィィィィイイイイ!!」


 甲高い叫び声が部屋中に木霊する。

 飛翔した白い弾は未だスピードが緩まることなく、ひたすらに上を目指していた。


「――――」


「おぉー。結構飛んだなぁー」


 唖然としているステラに対して、投げた張本人(ダン・ストーク)は呑気にデコに手をかざし飛んだウィーを観測している。


「さ、ウィーの邪魔になる。部屋の隅に行こう!」


 ダンは未だ茫然自失でウィーを眺めているステラの背中を押して部屋の隅に行く。


「な……」


「な?」


「なにをしているの~~!?」


 隅に行ったところで漸くダンが何をしでかしたのかの理解が追いついたステラは唇をわなわなと震わせて、悲鳴にも似た叫びでダンに問い詰めた。

 普段から叫びなれていない人なのか怒ったことがあまりない人なのか、怒っているというか困り果てたような突っ込みだった。


「ん? ウィーを上に飛ばしただけだけど?」


「そんなの見たらわかるけど……! ウィーが怪我したら――」


「あぁ……それは大丈夫だ! そのためにロープを括りつけたんだから」


 ダンは手に持っていたウィーと繋がれたロープをステラに見せつける。


「失敗したら、このロープを引っ張って誘導して、責任をもって俺がキャッチする!」


「――――」


 だからウィーが怪我するわけがない、と根拠のない説明を自慢げにするダンにあまり納得がいっていないステラ。


「まぁ見とけって! 絶対大丈夫! ――それよりももうちょっとで頂点に達しそうだな!」


 そんなステラにニカッと歯を見せて、ダンはウィーを指差す。


 空中に飛ばされた子竜は落ちる前になんとかしようとがむしゃらに体を動かしているが、もちろん効果は無く自然の摂理に従うしかなかった。

 そうして上方向へのスピードが徐々に失われもうそろそろで重力に従って落ちてくる頃には、諦めにも似たような表情で呆然と今の状況を受け止めていた。


「ウィー!! 手足を広げろ!!!!」


 そんな現状にしでかしやがった犯人から大声で指示があった。

 地上にいる彼を見ると、手を横にめいいっぱい広げ股も大きく開いていた。

 体全身を使ってウィーが次にどうすればいいのかを教えるように。


 なぜそんなことをしなければならないのかわからないが、背に腹は代えられぬとウィーはダンの指示に従い体を思いっきり広げた。


「――ウィ?」


 すると手首・足首が上へ引っ張られる感覚と同時に浮遊感を得られ、落ちるスピードが失速した。

 どうやら手首・足首に繋がれた大きな布に空気が当たりウィーの体は、ムササビのように宙に浮遊しているようだった。

 実際には本当に浮いているわけではなくゆっくり落ちているだけだが、それでも危険極まりない速さから恐らく怪我することはないだろう速さになったことでウィーは安堵のため息をついた。



「よし! 成功!」


 ダンは宙を滑空するウィーを眺めて満足そうに頷き、ステラを見た。


「な? 危なくなかっただろ?」


「――――」


 ステラもウィーと同様胸を撫で下ろした。

 結果的に今回は大丈夫ではあったが、ダンがした行動自体は破天荒かつ危険極まりない。

 後でウィー……はもちろんのことキャロラインにも怒られるが良い、とステラはキャロラインに報告することを心に決めた。


「それで……ウィーを浮かしてどうする気だったの?」


「そんなの決まっている。ウィーにこの部屋の床全体がどうなっているか見てもらうんだ。――おーい、ウィー!」


 ダンは宙に浮いているウィーを呼び「床がどうなっているか見てくれ!」と再び指示を送った。

 ウィーは下で叫んでいるダンを恨めし気に睨みつけるが、やがて諦めのようにため息をついた。


 ここで拒否すれば再び上空へ飛ばされるかもしれない。それにこの恨みは後で晴させてもらう、とダンの後ろにいるステラを見つつ床を眺めた。





 床を確認し終えある程度床に近づいてきた頃、ウィーの腹辺りに巻き付かれたロープが優しく引っ張られた。

 ロープの先にはダンがいて、ロープを操って自分たちの所へ来るように誘導していた。


「ウィー、お疲れ! こっちへおいで」


 その誘導に従い、ウィーの体は部屋の中央から端へ行き、最終的には労いの言葉をかけるダンの胸元へ着地しようとしていた――


「ウィ!」


「ングッ……」


 しかしウィーはそれに抵抗するかのように――むしろ先ほど投げた恨みを込めるかのように、右手を高く上げると、ウィーを見るために上を向いていたダンの顔面に振り下ろした。


 その反動でウィーの体が跳ね上がる。

 さらに左手を高く上げダンの顔面目掛けて思いっきり叩きつけようとした所で、ダンの両手がウィーの胸元を掴む。

 掴んで両腕を伸ばしたことで、ウィーの左手は空振りに終わる。

 しかしウィーは執念深く――空振りになるとわかっていながら――右手左手と交互にダンへ攻撃を繰り返した。


「ハハハ! 悪かった! 悪かったってウィー!」


 そんなウィーにダンは戯れながら謝罪を繰り返す。

 その様子は下の子に悪戯の仕返しをされている兄の様。

 ステラは、ダンに一矢報いるために両腕を回転させているウィーを見て、呆れたようにため息を吐く。


「そりゃウィーも怒るよ……」


「でもちゃんと怪我しなかっただろ?」


「そういうわけじゃないんだけど…………」


「ウィ!」


「――ングッ!」


 ステラと会話している間の隙をついてウィーはダンの拘束を逃れると、ダンの顔面へ今度は左手をぶつけた。

 そしてそのままダンの顔面を支点に回転すると、ダンの後ろにいたステラの胸元に綺麗に収まった。


「おかえりなさい、ウィー。怖かったでしょ? 頑張ったね」


 ステラは胸元に抱いたウィーの頭を優しく撫でると、「こんな邪魔な装備、早く外そうねー」とウィーの体を下ろし、手首・足首についた布や腹に巻き付いたロープを外し始めた。


ほれで(それで)……ほうはっはんは(どうだったんだ)……?」


 ウィーに2度同じところを打たれ、顔に重なり合った2つの赤い手形がついたダン。

 そのことを気にすることなく、自分の興味に従って上空での景色の様子を聞いた。

 しかし、ウィーの機嫌は直ることはなく、プイッとダンから顔を背けた。

 理不尽に投げられた恨みは2回ビンタしただけでは晴れることはない。


ほーい、ふぃー(おーい、ウィー)?」


 ダンの呼びかけに一切の反応はない。

 人間だったら口をへの字に曲げダンの顔も見たくないと目を閉じていることだろう。


「それよりも、ウィーに言うことあるんじゃない?」


「……はっきいっはへと(さっき言ったけど)…………」


「もっとはっきりぃっ!」


「ウィ!」


「――――」


 ダンはきょとんとして2人を見る。

 眉間に皺を寄せ頬を膨らましているステラと、ステラの言葉に「そうだそうだ」と片手を上げ抗議するウィー。


 自分が思っている以上にウィーと、それにステラも怒っているようだった。

 どうやら自分は少しやり過ぎてしまったらしい。


「………………ふいまへんでひた(すみませんでした)……」


「ウィー? ダンもこう言っているし許してあげて? 今日のダンの晩御飯もあげるから」


「えーほりゃ……――」


「――なぁに?」


「はんでもありまへん」


 ステラがウィーを撫でながら諭すようにウィーに提案した内容に抗議しようとするダン。

 だがその異議申し立てはステラの優しくも冷たい微笑みにより速攻で諦めた。


(怒らせたら姉ちゃんよりも怖いかも……!)


 キャロラインのように拳骨が飛んでくるわけではない。

 だがステラの先ほどの微笑みには気温が1、2度下がってしまったと錯覚するほどの身の毛もよだつ冷たさ。

 そして――おそらく本人は気付いてはいないが――まだその段階が残っているのだろうと暗示させられるくらいの余力も同時に感じられた。


 とにかく、ステラには逆らってはいけない。


 そうダンの直感は言っていた。

 故に、ダンは直立不動で被害者(ウィー)裁判長(ステラ)の情状酌量判決に納得するのを待つしかなかった。


 そしてその被害者の反応はというと――、


「ウィ?」


 ステラが提案した『ダンの晩飯譲渡の刑』に些か興味を持ったのか、尾をピクッと動かしステラに「ほんと?」と言わんばかりに鳴き声をあげた。

 

「ほんとほんと。あ、キャロさんに聞いたけど今日のご飯、ステーキだって」


 だから2枚食べられるね、とさらにステラが補足で説明すると、ウィーは首を縦にゆっくり振り――、


「――! えー! ふるいほ、ふぃー(ずるいぞ、ウィー)!――」


「なぁに?」


「いえ、はんでもありまへん」


 ――漸くダンは許しを得られることができた。

 今日の晩御飯は好物の肉だが、それを奪われてもステラがいる前では物申すことはできない。

 ダンに仕返しができて、さらに棚ぼた的に自分も得して、いい気味だと考えていそうな顔をウィーはしているが、そのことをステラに伝えても益々冷たい笑みが返ってきそうだ。


 つまりダンにはもはや何一つ抗う手段はなく、ステラの提案とウィーの勝ち誇った嘲笑を受け入れるしかなかった。


「ありがとう、ウィー! えらいね」


「ウィ~」


「…………クッ!」


 優しい笑顔で頭を撫でてくるステラを受け入れるウィーはステラに見えないようにダンにニンマリ顔を見せた。

 あたかも自分の計画通りにダンを陥れられたと言わんばかりの表情に、為す術ないダンはただただ悔しそうに喉を鳴らすだけだ。

 まぁ因果応報である。


「――それで上から見た様子はどうだったの?」


あ、ほうはった(あ、そうだった)……ほうはったん(どうだったん)……――」


「ダンは黙ってて」


「ふぁい」


 今のダンの序列は最下位だ。

 序列1位のステラに逆らえるはずもないばかりか、発言権もない。

 そんなダンを見て、ウィーはステラに見えないようにニンマリとした後、ステラの方を「ウィ!」とスッキリしたように振り向いた。


「何か見えた?」


「ウィ!」


「そっか。――じゃあ何が見えたか教えてくれる?」


 優しく問いかけると、さっそくウィーはその場で走り出した。

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