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2-4 森にある遺跡 後編

「広い! 高い! 明るい!」


 先程進んでいた廊下とは打って変わって人が何十人と入っても余裕があるくらいの広さ。

 高さも二階以上突き破ったくらいあり、天井の中央部に向かうにつれて高くなり、その先端を尖らせている。


 森の木々で覆われて外観からは分からなかったが、どうやら円柱に円錐の底面を合わせたような構造になっているようだ。

 部屋の壁――円柱の側面には囲むように燭台が付けられていて、さらに円錐の側面には小窓が何十個も囲むように規則的に並び、陽の光がそこから優しく差していた。


 見る人が見ればどこかの旧い聖堂を思い浮かべるような造りだった。


「ここがこの遺跡のメインかな?」


 見渡してみるが出入り口はダンたちが入ってきたところしかなかった。

 おそらくここがこの遺跡の最終地点だろうとダンは結論づけた。


 とは言うものの部屋のあちこちを行ったり来たり、眺め、触れ、踏み鳴らしていて落ち着きがない。

 罠や隠し部屋を探しているようにも見えるし、ここがメインの場所と考えて鑑賞して感動を噛みしめているようにも見えた。


 ウィーも少しはテンションが上がっているのか、部屋に入ると天井を眺めたり、不規則に床に彫ってあった溝に爪を入れてみたりして遊んでいた。


「それで?」


「ん?」


「ステラはどこで目を覚ましたんだ?」


「…………忘れてたわけじゃなかったんだ?」


「そりゃ、ステラの記憶の手掛かりを探す…………(という名目の)ために来たからな!!」


(一瞬、間があったけど……)


 ダンがあまりにも遺跡自体に興味津々だったから、遺跡を眺め終わったらそのまま帰ってしまうのかと心配していたが、ちゃんと覚えていたらしい。



 まぁ今までのダンの様子から完全に『ついで』扱いであることは自明の理であったが。


 それでも一応、覚えていただけよしとしようと自分を納得させ、未だ入り口に立ち止まっていたステラはダンの問いに答えるため、漸く部屋の中に足を踏み入れた。



 そして部屋の中央で立ち止まると、

「ここ。目を覚ましたらここでうつ伏せになってたの」


「ほう?」


 ダンはステラに合わせて中央に来ると、床を眺めたりしゃがんでノックしたりしてみるが何の反応もない。

 天井に何かあるのかと考え上を向いてみるが、この場所がちょうど天井の真ん中と同じ位置にあるということがわかっただけだった。


「なるほどな…………」


「何かわかったの?」


 しかしダンが天井を眺めながら納得したように呟いた。

 期待するようにステラはダンの方を見る。


「ふっ…………」


 ダンは不敵な笑みを溢しつつ、ステラの方を向き、その自信ありげな顔にステラはさらに期待を込め目を輝かせた。


 自分が目を覚ました時も、今この場に再び立っていても、気付かなかった違和感を感じ、しかもその謎がダンにはわかってしまったようだ。

 まさにそういう笑みと口調だ、とステラには感じた。

 この短時間でそのことをわかってしまったダンに尊敬の念を込めて、さらにステラは目を輝かせる。


 ――が、

「なんもわからん」


「え……?」


 一瞬何を言っているのかがわからなかったので、思わず聞き返した。


「いや、だからなーんにもわからん」


「えー…………」


 先ほどの表情とは真逆で、今のダンの表情は真顔そのもの。


(あんな不敵な面構えしておいて?)

となんとなく騙されていたような気がして、ステラは少々引き顔になり、落ち込むように視線を落とした。



「見たところ隠し部屋もないし、叩いたり音を鳴らしたり眺めても何も起きないしな。上に何かあるかと思って見ても、ただ天井の造りが珍しいってだけで特に何も感じないし――――」


 夢中になって今わかることをぶつぶつと説明するダン。


 そんなダンの前にいるステラは下を向いたまま。

 落ち込んでいるようにも見えた。



「お…………おいおい……」


 さっきまでぶつぶつと呟いていたダンも目の前にいるその少女の様子をさすがに見過ごせず、戸惑い交じりに話しかけていた。


「確かにここに記憶の手掛かりがなくてショックだとは思うけど――――」


「別にショックじゃないよ」


「あぁ、ショックじゃない。ショックじゃないんだろうけど、遺跡には何もなかったんだ。ここにステラが来たのは偶然だったのかも。でも気に病む必要は――――なんだって?」


 てっきり遺跡に記憶の手掛かりが何もなく下を向いて意気消沈しているのか、と勘違いしたダン。

 必死に慰める言葉を探していたが、ステラの淡々と述べたその否定語に肩透かしを食らってしまった。


「落ち込んでたりとかじゃないのか?」


「うん。それより床を見て」


「床ぁ?」


 ステラに言われた通りに床を見てみる。


 遺跡の内外装の印象と違わない石床。

 何百年も放置されていて埃や砂が溜まったのかややジャリジャリしている。

 その砂や埃を払うと床に不規則に掘られている溝に落ちた。

 太古昔に造られ放置された遺跡そのままの何の変哲もない床にダンには見えた。



「床がどうかしたのか?」


「……………………」


「おーい。ステラ?」


「…………やっぱりわからないなぁ」


 ガクッと肩を落とすダン。


 何か考えごとをしていたのか、ダンの呼びかけに対して無言を貫いていたステラ。

 そんな彼女がとうとう口を開けたかと思ったら、そう独り言のように囁いたもんだから、


「…………さっきの仕返しか?」


「あ、ごめんなさい。そういうわけじゃないんだけど…………」


 ため息交じりにダンは先程の悪戯のお返しをされたのかと問うが、どうやらステラの言動はそれとは関係のないことだった。

 しかし、ステラは未だ考え込むように床を凝視している。


「ここの床が気になるのは嘘じゃないんだ」


「そうなのか?」


「うん…………どこがって言われるとよくわからないんだけど、さっきウィーがこの床の溝に爪を入れてるのを見てて、何か違和感を感じて……」


「ふむ……」


 ダンはしゃがんで、溝に人差し指を入れてみる。

 だいたい第一関節まで入るか入らないかくらいの深さで、石の硬い感触を指から感じた。


「それだけじゃなくて…………なんというかこの床の感じを私は知っている気がするというか……」


「それってほんとか!?」


「う、うん。そんないきなり叫ばれてもびっくりするけど」


「つまりそれって、ステラの記憶の手掛かりがこの床にってことか!?」



 ダンの急な叫びにステラは一瞬気圧されるが、ダンにとってはそれどころじゃない。


 あまり期待をしていなかった――いや、正確には何も変わったものがなさそうだからと期待がなくなってしまった――ステラの記憶の手がかりが遺跡の床にあるかもしれないのだ。

 もしかしたら見落としていただけで、この床のどこかにその記憶を刺激するような装置や不思議な現象があるのかと思いを馳せてしまう。

 そんな浪漫ある事象をダンが見逃せるわけがない。


 だが、そんなダンの期待をよそにステラは首と両手を横に振る。


「ううん。私の記憶には関係ない……と思う。ただ知っている気がするだけ」


 記憶には関係がなく、知っているだけ。

 つまり、ステラのパーソナルな情報とは関係がない、物の名前や使い方などの一般常識的な知識と同類。

 ここの床の違和感からはそういう情報しかなさそうだとステラは言っている。


「いや、それだけでも充分だ」


 しかしステラの発言を聞き、ダンは鼻歌交じりで床をもう一度眺めることにした。


 ダンにはこの床からは何かの知識を刺激するような感覚は今のところない。

 しかしステラにはあった。


 つまりここはステラのみが知る情報があって、もしかしたらステラの故郷に繋がる情報があるかもしれなかった。


 ダンは床を観察しつつ、つい今しがたの一連の会話を思い出してみた。


 ステラの発言で何か変なことは言っていなかったか。

 そういえば確か、ウィーを見て感じたと言っていた。

 いや、正確にはウィーが溝に爪を入れているのを見て――――


「あ…………」


 じっと床を眺めていたダンは不意にうわ言のように声を漏らした。


「なるほどなるほど」


「もう騙されないよ?」


「いや、今度はほんと」


 そしてダンは再び床に掘られた溝に人差し指を突っ込むと、すぐに取り出しその指の腹をステラに見せた。


「ステラが言っていた違和感の正体はたぶんこれ」


 ダンが見せてくれた指を凝視するステラ。

 だが、すぐにステラの顔は曇る。


「…………何も付いてないけど?」


 それはそのはずで、ダンの指の腹は綺麗なまま。

 『これ』といったものは何一つ――砂や埃さえも――付着していなかった。

 ステラはまたからかわれたのかとダンに抗議するような口調になる。

 だが、ステラのそんな声とは裏腹にダンは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「そ! 何も付いていないんだ!」


「…………ちょっと、よくわからないかな」


 ダンの指をもう一度よく見て考えたが、ダンが何を言おうとしているのか理解できなかったので、ステラはさらに説明を求める。


「えっとだな――」


 するとダンは今度は床の溝ではなく、今度は平らな表面の方を逆の手で撫でた。


「この遺跡がいつぐらいに建てられたのかわからないけど、少なくともここは床に砂や埃が降り積もるくらいには放置されていたんだろう?」


 ダンが撫でた床から降り積もった砂が若干舞い散る。

 さらに適当に一掴みしその拳を立てた後、小指側からゆっくりと掴んだ塵を床に落としていく。


「それもこんだけの量積もるくらいには」


 適当に一掴みしたとは言え、全て落としきりまで優に2、3秒の時間は流れた。

 別に速さを調整したわけでもない。落ちる量もほぼ一定だった。


「あ、そっか」


 その落ちる砂を見ながら、ダンの綺麗な指を思い出してステラも漸く気がついた。

 納得したようなステラの顔を確認すると、ダンは大きく頷いた。


「つまり、こんなに降り積もるほどの砂があるのにこの床に掘られた溝の中は綺麗なまま、ってこと?」


「そういうこと!」


 この遺跡が建てられたのと同じくらいの時期に掘られた溝であるならば、本来なら床に溜まったくらいの量が溝の中に落ちて埋まるはずだ。

 だが、ここの溝は奥の石造の表面さえも綺麗に見えるほど清潔に保たれていた。

 最近掘られたとしても砂が落ちていないのは不思議で、何かが通っていたとしても掘られた経路は不規則かつ行き止まりが多く、全ての溝が繋がっているわけでもない。

 明らかに不自然な状況だった。


 だが、


「でも――」


 ステラは困ったような、気まずいような笑みをこぼして、ダンを見る。


「これが私の違和感ってなるとちょっと微妙かなぁ」


 あはは、と苦笑いをして申し訳なさそうに頭の後ろに片手を当てるステラ。


 しかしダンは「そんなのわかってるさ」と腰に引っ掛けてあったロープを取り出し、


「ウィー!」


と自分の相棒を呼んだ。


 この部屋の入り口からちょっと歩いた所でいつの間にか伏せの状態でうとうととしていたウィーは眠そうにダンのほうを向いた。


 どうやら自分を呼んでいるようだ。ダンが手を振って自分を見ているのを確認すると、ウィーは大きく伸びをしてからダンの元へ駆け寄った。


「ウィ?」


 何の用? とでも言いたげに首を傾けるウィーにダンはその頭を撫でると、持っていたロープをウィーの腹の周りに巻きつけ始めた。


「ウィーにロープを巻きつけてどうしたの?」


「――溝って本来なら水を流すための路であったり仕切りをはめ込んだりとかのために使うだろう?」


 ステラの質問に被せるようにダンはさらに語り始める。


「でもここに掘られている溝は不規則に掘られているし、何かの通り路ってわけでもなさそうだ」


 他にもタイルなどを張り合わせた結果であったりとか長い年月で風化し亀裂が入った結果であったりなど自然と不規則になった可能性もある。

 だがここの溝はダンの人差し指くらいが入る幅で、第一関節が入るか入らないかの深さ、さらには溝の側面と底面が直角になっている。

 自然にできたわけでもなさそうだ。


「だったら――別の用途があるはずなんだ」


「別の用途? でもそんなことわかるの?」


「いや、まだわからん。――だけど手掛かりを掴む方法ならある!」


 ダンはウィーにロープを巻きつけ簡単には外れないことを確認し終えると、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。


 「こんなこともあろうかと」と呟き、取り出したのは大きな一枚布。

 その布の4隅をウィーの両手首足首にくくりつけた。


 一体何をしようとしているのか、ステラにはわからない。

 ウィーもダンになされるまま。先程巻きつかれたロープに違和感を感じているのか気持ち悪そうに体を捩っている。


 その間もダンは着々と作業を進め、ついにには「よし、できた!」とウィーの飾り付けを完了させた。


 腹にはロープが巻かれ、縛り目がちょうどへその辺り。

 ロープ全部を巻かれたわけではなく、むしろ全体から見ればほんの一部しかウィーの体には巻きついてはいない。

 また手足にくくりつけられた布は背中側にあり、今ウィーが両手を下ろしているためかだらんと地面に寝ていた。


 そのような装飾が施されたウィーを抱えダンは立ち上がる。


「そのウィーが手掛かりを掴む方法なの?」


「いや、これはまだ準備だ!」


 ステラの問い掛けに対してダンはウィーに取り付けたものが簡単に外れないことを確認しつつ応答する。


「本番はこれから」


「じゃあどういう――?」


「――思うんだが、ここの部屋の溝って不規則なのはもちろんのこと、やけに多くないか?」


「まぁ……確かに」


 言われてみれば床に掘られている溝はここの部屋の至る所にあった。

 見渡してみれば溝がない空間などないことも確認できる。


「これらひとつひとつを調べていってもキリがないし、多分よくわからないよな?」


「うん、それもそうだけど、じゃあ――」


「なら遠くから見たら良いんだ!」


「え!?」


「ウィ?」


 ダンはこれから何が起こるのか未だわかっていないウィーに「さぁ行くぞ」と号令をかけるとウィーを両手で持ち――、


「ウィ~~~~~~――――!!」


 樽投げの要領で上空へ投げ飛ばした。


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