2-3 森にある遺跡 前編
ステラと出会って2日後。
「ここでステラと出会ったんだよな!?」
「ウィー!」
「急にナイフ飛ばしてくるからびっくりしちゃった」
ダンとウィーは、歩けるくらいには体調が回復したステラと一緒に森に足を運んでいた。
この2日間ステラと会話した結果、森で目が覚めた後のことはだいたい覚えているらしく、もしかしたら森に行けば何か思い出すかもしれないと、キャロラインの許可を得て森に入ってみた。
「そういえばこの場所、皆知らなかったなぁ」
「ウィ?」
「そうなの?」
ステラを連れてきた夜に、宴会がありあの鹿肉をどこで狩ってきたのか聞かれ、答えたが皆、「そんな場所あったか?」と腕を組み首を傾げていた。
ダンとウィーも初めて訪れた場所ではあったが、村の狩人たちも知らなかったし、
「あぁ。なんせ村長のじいちゃんも知らなかったんだ」
というような場所だったから少々驚いた。
「それで、遺跡はこっちの方角であってるんだよな?」
「たぶん……」
もちろんステラが目が覚めたという『石造りの遺跡のような建物』というのも村の大人たちは知らなかった。
むしろこの森の中に建物があること自体驚いていた。
「洞窟や何かと勘違いしているんじゃないのか?」とか言うような人もいた。
しかしステラにその場所のおおよその位置を聞いていたダンには1つ気掛かりな点――というか興味深い点があった。
「やっぱりかぁ!」
「やっぱり?」
「ステラと会った前の夜に光が落ちていくのを見たんだ」
シエルの塔から流れてきた一筋の光。
その光が落ちた場所を見に行くために翌日森に向かってステラを見つけた。
光の先の正確な位置までは把握できていないが、おおよその方角は――、
「それが、ステラが目が覚めたっていう場所の方角と同じなんだ」
「そうなの?」
「もしかしたらその光が落ちた場所とステラが目が覚めた場所が同じだったりしてって思ってな! そうするとステラはもしかしたらあの塔から来たのかなとか思ったりしてな!!」
目をキラキラさせ興奮しながら捲し立てるダンに対して、あまりピンと来ていないステラ。
ステラにとったらダンのその光の話には現実味がなく、その光で自分がここに送られたと考えるのにも少し無理がある気がしていた。
「ま、ともかく行ってみよう!」
わかりやすくそわそわしているダンは目的地の方角を元気よく指差す。
そんなダンの様子にステラは笑みをこぼした。
「なんだか楽しそうね」
「だってこんな近くに遺跡があったんだ!」
謎の光と同じ方向にある遺跡。
その遺跡の中で目を覚ましたという記憶喪失の少女もいた。
そして自分の住む村の目と鼻の先にあったというのに誰も知らないという。
おもちゃが自ら寄ってきたようであり、そして夢想が現実になったようで。
冒険に憧れる少年にとったら楽しくないわけがない。
「ほら! 早く行こう! 遺跡が俺たちを待っている!」
「あ、ダン? 待っ……!」
急かすようにステラたちを呼び掛けるが、ダンはその言葉とは裏腹にステラとウィーを待つことはなく、むしろ置いていくかのように目的地へと足を早めた。
「もう。ウィー、一緒に行こ?」
「ウィー!」
ステラは元気よく駆け寄ったウィーと共にダンをゆっくりと追いかけることにした。
「あ、いた」
しばらく景色をウィーと楽しみながら歩いていると、立ち止まって何かを眺めているダンの後ろ姿を発見した。
「ステラが目が覚めた遺跡ってここか?」
ダンの元に近づくと眺めていたものを指差した。
石造りの大きな建物。
そこにいつからあったのか表面は苔で緑色になっている部分があったり、その遺跡に纏わり付くように木や植物の茎が伸びていた。
入り口は扉はなく開放されていて3段くらいの階段を登ればすぐに入ることができる。
しかしここからでは薄暗くて奥までは見ることができなかった。
遠くから見れば何の変哲もない建物に見えるが、近くに行くと近寄ってはいけないような、だけど好奇心を唆られるような、一瞬矛盾したような不思議な感覚を覚えた。
そういった奇妙な雰囲気をこの建物は醸し出していた。
「ここだわ」
そしてここがまさにステラが目覚め、さらに言うならば記憶喪失となったステラにとって1番初めに覚えている場所だった。
その建物を見ていたダンは徐ろに大きく息を吸ったかと思うと、
「すっげぇぇええ!」
ダンは感嘆の声で叫んだ。
「まさに遺跡だ!」
夢に描いていたような遺跡。
それが目の前にあることにダンは興奮していた。
「あの中どうなっているんだろうな!? 魔物が出たりお宝とかあったりするのかなぁ?」
目が輝き口から涎が出そうなほど笑みをこぼしながら妄想を膨らますダン。
憧れの場所が目の前にあるという状況から、ダンは建物の謎めいた雰囲気に誤魔化されず――いや、むしろその雰囲気に熱狂している様子で――自分の思うままに遺跡の正面を行ったり来たり、時には左右に揺れて側面を見ようとしたりと落ち着きがない。
「……こんなに気になるなら早く中に入ればいいのにね?」
「ウィウィ」
そんなダンの様子を眺めていたステラは小声でそう話しかけるとウィーは呆れたように首を縦に振った。
しばらくして踊り狂うように遺跡周辺を観察していたダンは「よし!」と満足したのか遺跡の入り口に向かい出した。
だが途中で気が付いたのか、ステラたちの方へ勢いよく振り返る。
「早く中に行こうぜ!」
ダンの急な呼びかけにステラとウィーは面食らう。
森に入ってからのダンも落ち着きはなかったが、遺跡を発見した後からが特に顕著だ。
行動に脈絡がなく、狂喜乱舞している。
まぁでも自分の憧れ――夢にまで見た情景がすぐ目の前にあったのだ。そうなっても仕方がない。
そういうわけでダンの気持ちを察したステラとウィーは「しょうがない」と言わんばかりの表情でダンの元へ向かうのであった。
★★★
遺跡の中はひんやりとしていた。
石造りのためか、もしくは陽の光があまり入らないためか、外と比べると涼しく感じる。
陽の光があまり入らないといっても全く入らないわけではない。
少なくとも、今歩いている入ってすぐの廊下のような所はお互いの表情が見えるくらいには明るかった。
また遺跡に入る前からこの周辺は静かだったが、中に入るとより静寂に包まれ、衣服の擦る音や足音をより鮮明に聞くことができた。
「ここで目が覚めたのか?」
「うん。正確にはもっと先だけど」
声を出すと反響して遺跡中に響き渡った。
「へぇ~……!」とダンは辺り一面をキョロキョロと見渡し、初めて見る遺跡を興味深そうに観察している。
人間2人が横並びに歩けば少々きついくらいの幅で、壁に何かの絵なのか文字なのかの模様が描かれている。
天井もそれほど高くなくダンが上に手を思いっきり伸ばせば届くくらいで、砂がパラパラと落ちてきた。
一応壁を摩ってみたり、床を慎重に踏みならしてみたりとダンは罠の類がないか確認しているが作動する気配はない。
「出る時、罠とかなかったよ?」
「な~にを言っているんだ?」
もちろんステラがこの遺跡から何事もなく出られたこと、そしてダンたちが遺跡に入る前に注意しなかったことを考えるとこの遺跡に罠がないのは調べなくても推測できる。
ダンはさも当たり前かのような平然とした顔でステラを見ていた。
「そんなのステラが何も言わなかった時点で気付いていたよ」
「じゃあどうして調べていたの?」
しかしそうすると先程のダンの行動がよく分からない。
素直にステラがそう聞くと、ダンは「やれやれ」と大袈裟に肩をすくめた。
「ステラは全くわかってないなぁ」
「…………?」
「誰も知らない未知の遺跡なんだぞ? 全く意味がないと知ってても一応やっておくのが大事なんだ」
なるほど。確かにその通りだ。
たまたまステラが引っかからなかっただけかもしれない。
もしかしたら遺跡から出る時は作動しなかったが、入る時に動く罠もあるかもしれない。
ダンが大事と言ってるのはそういう可能性があるからと言いたいのだろう。
ウィーはダンの気持ちをおそらくこうだろうと察して、
(案外しっかり考えているだろう?)
とでも言いたげにダンを自慢するかのように大きく首を縦に振る――――
「これも冒険の醍醐味の1つだからだろ?」
「ウィ!?」
――――がしかし、ダンは全く別の理由で行動していたらしく、ウィーは驚いたような表情でダンのことを見た。
「…………なるほど……」
「ウィ!?」
そのダンの理由に感心するかのように顎に手をやるステラの方をウィーは裏切られたような表情で振り向いた。
罠を調べるということも憧れで、その行動自体が冒険を愉しむスパイスと考えていたダン。
そのダンの理由に感化されて真剣な顔で罠を調べ始めるステラ。
そんな2人を唖然として見ていたウィーはため息をついた。
ダンはともかくとしてステラもダンに負けず天然な人間だった。
「よし、ここら辺はなさそうだな! 奥に進んでみよう!」
「そうね」
2人の人間が呑気に先に行くのを見て、
(仕方がない。自分がしっかりしないと)
そう決心を新たにダンたちの後を独りついていくウィーであった。
そんなウィーの様子に気付かずダンとステラはマイペースに罠を調べつつ奥の方へ進んでいく。
しかし変わらず罠が作動する気配もなく、さらにダンが妄想していた魔物の類もいない。
いや、むしろ生物の気配すらなかった。
とはいえ、そんなことを気にすることもなくダンは意気揚々と罠調べを楽しんでいる様子だった。
その後しばらくは狭い廊下を進んでいたが、罠がないことや襲ってくる敵がいなかったこと、そしてやや薄暗い遺跡にビビらなかった――むしろ楽しんでいた――ことで順調なペースで進み、とうとう開けた場所に出ることができた。