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2-1 ダン、16歳

 緑豊かな木々が生い茂る森の中、木漏れ日が当たる場所に微かに動く1つの影があった。


 それは周囲を警戒しつつ、自らの目的のために自身の脚よりもさらに低く頭を下げていた。


 ここら辺はそいつにとってお気に入りの場所だった。

 自分にとっての脅威が少なく、川も程よく近い。

 また栄養価の高い食糧を比較的簡単に見つけることができるし、休める場所も多くある。

 仲間でこの場所を知っているやつは少ない。所謂、穴場ってやつだ。

 最近ではこの周辺を行動範囲にして生活している。


 もちろん、脅威が少ないからといって警戒を怠るわけにはいかない。


 自慢の耳を動かしながら周囲を聴く。――風が草木を擦る音や川が流れる音しか聞こえない。

 視野の広い眼で辺りを見る。――いつもと変わらない鬱蒼とした森林の中だ。


 そうやって自分を狙うモノがいないことを確認しつつ、口を地面に近づけ作業を続ける。


――パキッ――


 ふいに木の枝が折れる音がした。

 一時中断し、顔を上げて周りの様子を伺う。

 音のした方向には気配を感じない。

 だが、不自然な音の仕方だった。何かがいるのは間違いない。

 ここは一時退散し、後日、機会を改める方が賢明だ。


 そいつは住処に戻ろうと、住処に繋がる獣道を通ってここから離れようとした。


 しかしそいつは気付いていなかった。


 離れようと足を動かした瞬間。

 そいつの真上から背中目掛けて静かに降りてくる2体の影があることを――――。


★★★


「――よし!」


 掴んでいたナイフから手を離すと額の汗を拭う。


「仕留めた!」


 数年前と比べて少し低くなった声で陽気に叫んだ。

 数年前と変わらない焦げ茶色の髪の毛を揺らしながら、「よっ!」と意気揚々に仕留めた牝鹿の背中から降りる。

 身長も伸び程よく筋肉もついたが、瞳は相変わらず少年のようで、奥に好奇心が秘めている。


 ダン・ストークは16歳になっていた。


「大物だぞ! ウィー!」


「ウィ!」


 ダンが牝鹿から降りた近くには、白い体毛に包まれ背中に小さい翼のような突起がある中型犬くらいの大きさの竜――ウィーが舞い上がった様子で返事する。

 四足歩行の子竜ではあるが、爪や牙も大きく強固となり、ぶんぶんと揺れている尻尾も太くしっかりしている。


 ダンは鼻歌を歌いながら牝鹿の首に刺されたナイフを引き抜くと鹿の頭をできるだけ下にし、血抜き作業に入った。



 今日はこの広い森の中でも今まで向かったことがない場所に来てみた。

 小川が近くにあり草木も充分に豊富で、野生動物が数多くいそうな場所。

 何故今まで来たことがなかったのか疑問に思うほどだった。


 だが、その疑問にもすぐに答えが出た。

 野生動物が数多くいそうとは思ったが、実際にはこの辺りは静寂に包まれしばらく探索しても――そもそも動くモノというのがほとんどいなかった。

 おそらく本能的にダンたちはこの場所に狩れるモノが少ないと感じたのだろう。


 春夏秋冬ほぼ毎日この森を探索していても、ここら辺を初めて訪れたというのはそういう雰囲気を肌で感じ取り、得るものがないと無意識のうちに考えたからだと、ダンは自分を納得させた。


 そういう静寂に包まれたこの場で牝鹿を見つけたのは本当に幸運だった。

 しかもただの牝鹿ではない。一目見ただけでわかるほど、普段の鹿と比べて大きい。

 栄養価の高い食事をしていたのか肉に脂が乗っていそうなこともわかった。

 牝鹿はその栄養豊富な若草を食べようと頭を低くし、一心不乱に口に運んでいた。


 きっとこの牝鹿も強敵もいなく食事に恵まれたこの場所を偶然発見し、しばらくの間、縄張りにしていたのだろう。


 そいつを発見した瞬間、ダンとウィーはしばらく機会を伺おうと身を潜めたが、一般的な鹿よりも明らかに警戒心がないことを悟った。

 木の枝を誤って踏み折ってしまってもすぐに行動しなかった牝鹿の様子がそれを物語っていた。


 まぁそれでも野生動物だ。明らかに不自然な音――木の枝が折れる音が鳴ったためかこの場を離れようとしたのだ。

 ダンとウィーはこの機会を逃すわけにはいかないとすぐに行動に移した結果、こうして見事に牝鹿を狩ることができた。




「よっし! 終わった!」


 そうこうしているうちに血も抜け終わり、ついでに内臓も全て取り出すと牝鹿の後ろ脚を掴んで背負いこんだ。


「確かこの近くに川があったよな?」


「ウィ!」


 ダンはウィーに確認すると、ウィーは「ついてこい」と言わんばかりにダンの先を歩いた。


 先導するウィーの後についていくとさっそく流水の音が聞こえてきた。

 草木を掻き分け、音がする方に向かう。


 川を見つけたのはそのすぐ後だった。ある程度幅も深さもあり、鹿を丸ごと入れるのに最適だ。

 ダンは担いできた牝鹿の死骸を流れないように脚に紐を括りつけてから川に入れた。

 そして肉が完全に冷え切るまで待機だ。


 ダンは近くにあった大きめの岩に腰掛け、ウィーは川の水を恐る恐る触れその冷たさに身を震わせた。


「今日はご馳走だ……ッ!」


 ダンは今現在冷やしているジビエ肉を見ながら、今日の晩餐に涎を垂らした。

 とはいってもこの牝鹿が冷え切るまでまだまだ時間が掛かる。

 ダンは腰掛けていた岩をベッドに見立てて仰向けに寝転がると、川の音を子守歌に一眠りしようとした。


 ――が、


「…………あ……」


 何かを思い出し、目を開けた。


「そういえばウィー……」

と昔ながらの友の名を呼ぶと、川の水を飲んでいたウィーは首を傾げつつ「ウィ?」と鳴きダンが寝ている岩に近づく。


「あの光ってなんだったんだろうな……?」





 それは昨日の晩に遡る。

 家の屋根に寝そべり、夜風に当たっていると突如、閃光が天を駆けた。

 ウィールド王国王都にあるというシエルの塔からシエド村の方向へ1本の青白い線が描かれ、この森の奥へと静かに落ちていった。


 最初こそ流れ星かと思ったが、どこか毛色が違う。

 疑問に思ったダンは狩りがてらウィーを連れて翌日、光が落ちたと思われる方向にまっすぐ進んでいった。


 結果、草食動物にとったら穴場といえるこの場所を見つけ、思いがけず質の良い牝鹿を狩ることができた。


 しかし当初の目的である『光の正体』に関しては未だわかっていない。

 あの光は一体なんだったのか。光が指し示す方向に何があるのか。



「…………ウィ~~~?」


「さすがにウィーもわからないか」


 ダンが寝そべっている岩に登り、目の前で腕を組み考える素振りをするウィーだったが、結局わからず首を傾げた。

 そんなウィーが微笑ましく軽く頭を撫でると、ダンは陽気に


「まぁいいや」


と両手を枕にして、空を見上げた。


「落ちた場所に行けば何かあるよな」


 もし何もなかったとしてもそれはそれで面白い。

 光は確実にシエルの塔から放たれたのだ。

 そこに行けば謎が解明されることだろう。

 どうせ後ひと月もすればシエド村を発つのだ。

 『光の謎』を求めて旅するのもまた一興だ。


 まだ見ぬ旅に想いを馳せつつ、ダンは欠伸を噛み締める。

 川のせせらぎが良い具合に眠気を誘ってくる。

 天気も良いし、気温も最適。風も良い具合に吹いている。

 そんな心地良い環境にダンはうとうとと目を開けたり閉めたりを繰り返し…………やがて寝息を立て始めた。






「――――ん?」


 草木を掻き分ける音がして、目が覚めた。

 いつの間にかダンの腹を枕にして寝ていたウィーも音がする方へ顔を上げた。


 掻き分ける音は次第に大きくなり、こちらに向かっていることがわかった。

 狩った牝鹿の血の匂いに誘われて、肉食獣が来たのかもしれない。


 うとうとと呑気に寝ている場合ではないと、ダンは上半身を起こしナイフに手を触れ、警戒する。


 目の前の草木が揺れ始めた。

 揺れの大きさから大きな生物――おそらくダンと同じくらいの大きさ――だとわかり、さらに警戒を強めた。


 隣にいるウィーは空気に混じる匂いに鼻をピクピクと動かし草木を揺らしている者の正体を探ろうとしていた。


 ふたりは静かにそいつが顔を出すのを待っていた。

 狩った獲物を横取りしようと獣が現れるのは珍しいことではない。

 ダン達も何度か遭遇したことがある。


 その場合、小さい頃は狩った獲物を諦めて逃げていた。

 だが、この年齢になった今。

 ダン達には逃げるという選択肢を選ぶことは少なくなった。


 獲物を盗もうと出てきた瞬間に致命傷を与える技を覚えた。

 それが失敗した場合でも、難無く追い返せる術を知っている。

 時にはダン達の姿を見るや否や踵を返す獣もいた。


 ダン達が獲物を諦めるのはこの森の長であるシルバーウルフやそれに準じたモノが現れる時。

 それ程までに強くなった自覚はあった。


 だが油断することはない。

 どんなモノが現れようと真剣勝負である。

 10年前に教わったことだ。


 顔を出した瞬間に脳天めがけて放つ。

 そんなヴィジョンを思い浮かべながらダンはナイフを握り直した。


 そうこう考えているうちに草木の揺れが一瞬止まるのが見えた。

 もうすぐ姿を現わすだろう。


 その瞬間をじっと待ち、


「ここだ!」


 草木から影が見えた途端、ダンは予備動作なしに腕を動かし、ナイフを揺れていた草木に向かって放とうとした。


「――ん!?」


 しかしその草木から現れた正体は肉食獣ではなかった。

 獰猛な肉食獣とは掛け離れた存在。

 ダンと同い年くらいの少女の姿がそこにはあった。


 その正体に驚きつつも、ダンは投げる動作を止めようとした――、


「やべっ!」


が、時すでに遅し。ナイフは既にダンの指先からも離れようとしていた。

 ダンが出来ることはその軌道を出来るだけ逸らすことのみ。



 勢いよく飛び出したナイフはそのまま少女の方向へ向かう。

 少女は急に来たナイフに怖気付き、目を大きく見開いてその場に立ち尽くしてしまった。


 しかし動かなかったことが幸いした。

 静止したことにより彼女の横顔を風が撫で、その後すぐに彼女の後ろの木に刃がぶつかる音が聞こえた。


 ナイフは上手く逸れてくれたようだ。


 冷や汗で頬を濡らしたダンはふぅーとため息し安堵する。

 ダンがナイフを投げた瞬間あんぐりと口を開けていたウィーも胸を撫で下ろした。


「すまん! 大丈夫か!?」


 ダンは未だ立ち尽くしている少女に声を掛けた。


「………………」


 飛んできたナイフに驚いたのかダンの呼びかけに反応する気配がない。


 肩に少し当たるくらいまで伸ばした髪は黄色がかった金色で、見開いた瞳は碧い。


 村の外から来た冒険者だろうか。

 いや、違う。


 確かにシエド村に初めて来る冒険者は――山や森で彷徨っていることが多いため――髪もボサボサで爪の中まで泥が入っているくらいには汚れていることが多い。

 しかし冒険者達は冒険者らしく長旅に耐えられるような装備で身を包んでいた。


 彼女は違った。

 汚れが目立つはず白地の半袖は綺麗なまま。

 動きやすそうな八分丈のズボンは草が少々ついているくらい。

 防具や武具といったものは身につけてはおらず、近くの村から来たような格好。

 だがこの近くの村といえばシエド村しかなくて、こんな少女をダンは見たことがなかった。




 しばらくしてダンに声を掛けられたことを認識したのか少女はダンの方を向いた。


「あ……おい!?」


 それから目が合った瞬間、ふいに前のめりに倒れ始めた。


 ダンは急いで岩から降りると、少女が地面にぶつかる前に片手で彼女の身体を支えた。


(軽い……)


 支えた体重は思ったよりも軽く、よく見ると身体も痩せ細っている。

 そして近くにきてわかったが彼女は履物を履いておらず、素足だった。


「おーい? 大丈夫か?」


 ダンがそう声を掛けても一向に反応はない。

 一応、息をしているか確認してみるが問題なく、ただ気を失っているだけだった。


「ウィ?」


 ウィーも倒れた少女の側に寄り、何かを諭すかのようにダンの方を見る。


「あぁ……わかってるよ」


 ウィーの言わんとすることが理解しているかのようにダンは頷くと、気を失った少女を背負う。

 今は彼女の素性とかはどうでもいい。

 それよりも看病できる場所に彼女を運ぶことが先決だ。


「ウィーはここに居てくれ。危なくなったら逃げてもいいからな」


「ウィ!」


 鹿肉の見張り番をウィーに頼むと、任せろと言わんばかりに吠えるウィー。

 その様子にダンは大きく頷くと、


「すぐ戻る――!」


と言い切るか切らないかくらいに走り出し、シエド村へ戻っていった。



★★★


「あ! お兄ちゃん、おかえり!」


 シエド村へ戻り診療所に向かっていると、9歳くらいの茶髪の女の子がダンに手を振ってきた。


「ただいま、ミルキー」


 ミルキー・コール。ウィーが生まれた前日に生まれたコール家の一人娘だ。


「今日は早かったね」


 ショートボブでサイドに短くまとめている髪を揺らしながら、ミルキーは駆け寄る。


「今日は何を狩って…………ハッ!?」


 ダンの元へ近づくと漸くダンが背負っているものに気がついたのか、立ち止まり雷を受けたかのように息を呑み込んだ。


 顔を青くし大口を開けて目を丸くしている。

 ダンは未だ気を失っている少女を背負い直しつつ、

「どうした?」

と尋ねると、ミルキーはダンの後ろを指差した。


「お兄ちゃんが女の人を狩ってきた……!」


「狩らんわ!」


「じゃあ…………ハッ!?」


 ダンに否定され考えるように手を顎に当てるが、すぐに思いついたようにダンの周りをキョロキョロと見渡した。


 そして恐る恐るもう一度、ダンが背負っている彼女を指差すと、


「…………ウィーちゃん?」


「それもちげぇよ!」


 どういう発想をしたらウィーが人になるというのか。

 尚且つ本気で考えていたらしく、ダンに否定されると「違うの!?」とさらに衝撃を受けたような顔をミルキーはした。


「森で倒れちゃったから連れてきたんだ」


 このままだと際限無く突っ込みをし続けることになると思ったダンはこの少女を見つけた経緯を話した。


 ついでに大きな牝鹿を捕まえたことやウィーを待機させていることも説明しておいた。


「じゃあ今夜はご馳走だね!」

とミルキーは朗らかな表情でダンに笑顔を振りまく。


「あぁ!」


 ダンも今夜の晩餐を思い浮かべながらミルキーに同意する。


「だけどその前にこの子を診てもらわないと」


「あ! そうだよ!」


 ミルキーは思い出したかのように目を丸くすると、すぐにダンの後ろに回り込みダンの足を押す。


「こんな所で話している場合じゃないじゃん。早くキャロちゃんの所に行かなきゃ!」


「今まさに向かっていたんだけどな!」


 そう冗談交じりに声を張った後、ミルキーに押されるままに診療所へ歩き出した。





「あら。おかえりなさい、ダン」


「カルアさん、どうも」


 キャロラインがいる診療所に着くと、ミルキーの母、カルア・コールが出迎えてくれた。


「あ! ママ!」


 ミルキーはダンの後ろからカルアを発見すると、カルアに向かって一目散に駆けてった。


 走ってきたミルキーを自然な動きで抱きとめると、


「今日は早かったのね」


と森から帰ってきたダンに向けて柔和な笑みを浮かべる。


「あら…………」


 ミルキーからダンの方をもう一度向けた時、ダンの背中の存在に気がついた。


「森で狩りしていると思ったら…………」


「そうなんだ。森で出会ったんだけど――」


「女の子を狩ってきたのね!?」


「ちげぇよ!!」


 両手を合わせつつ和やかな雰囲気でそう言い放つカルアにダンは間髪入れずに突っ込む。


「………………」

「………………」


 その突っ込みに対して笑顔のまま固まったカルアはそのまま人差し指を顎に持っていき考える素振りをする。


「…………ウィーでもないからな……」


 カルアが口を開ける前に一応の予防線を張っておく。

 するとカルアはきょとんとした顔をしてダンを眺めた。


「……どうしてわかったの……?」


 どうやらカルアは言おうとしていることをダンに当てられて驚いているようだった。

 その一言にダンは呆れたように首を下げる。

 

「まったく……親子揃って」


「ふふふ――冗談よ」


 カルアは満足そうに微笑んだ。

 

「キャロは奥にいるわ。急患もいないようだし暇していると思うわ」


「……あぁ~……助かるよ、カルアさん」


 満足そうにしているカルアに少し疑問を感じたダンではあったが、未だ起きない少女優先と奥へ進もうとした。


「あ、そうだわ」


「今度は何?」


 ダンが横を通り過ぎようとした時に、カルアはパンッと音を立てて再び両手を合わせた。


「今夜の夕ご飯、楽しみにしているわね!」


(あぁ……そういうことか)


 ダンはカルアの言葉で漸く気づいた。

 ダンは「はぁ……」とため息をつき、肩を竦めた。


「わかったよ」


 先程のミルキーとのやり取りをどこかで見られていて、それを元にカルアに軽くおちょくられていたらしい。


「マジでデカいから! 楽しみにしとけよ!」


「えぇ。楽しみにしているわ~」


 ダンは悔しそうに捨て台詞を吐くと、カルアの声を背中越しに聞きながら診療所の奥へ進んだ。




「ダン。おかえり」


 診療所の奥には診察室があり、そこにキャロライン・ウィーラは居た。

 カルアの言った通り、急病患者もいなく診察室の椅子に座りながらリラックスして何かの書類を書いていた。


「どうしたの? その女の子」


 キリが良いところで作業の手を休めダンの方を向くと、眠っている少女を担いだ姿が目に入ってきた。


「森で狩ってきた?」


「…………いや、もういいよ」


 三回も続くとさすがに辟易する。

 キャロラインも診療所入り口のやり取りを聞いていたのだろう。

 それにカルアとは違っていたずらをしたがるようにニヤニヤとした表情が全面に押し出されていたし。


「あら残念……」とつまらなさそうな呟くと、キャロラインは椅子から立ち上がる。


 長い茶髪を邪魔にならないように緩く結び、診療所用に黒いサンダルを履き膝丈まである白衣を着用していた。

 10年の月日を経て、キャロラインはこの診療所のドクターになっていた。


「その女の子をあそこのベッドに寝かしなさい」


 ダンはその指示通りに森で出会った少女を診察室のベッドに寝かす。


「すぐに検査しちゃうからその間にダンはウィーを迎えに行ってあげなさい」


「わかった」


「良いお肉も手に入ったんでしょ?」


「ッ!!――わかった!!」


(つまり肉を持ち帰らなければただじゃすまないってこと……か――!?)


 期待させといて肉がないとわかった時のキャロラインは怖いってもんじゃない。

 狩った鹿をウィーが今、見張ってくれてはいるが、いつ獰猛な肉食獣が出てきて横取りされるか。

 横取りされるのはまだしもこっちの過失だった場合――例えば、肉を腐らせるとか――だったら…………。


 長年の経験、そして今さっきのキャロラインのわざとらしい質問の仕方や張り付いた笑顔から全てを察したダンは慌てて診察室から飛び出した。


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