1-10 ダンの決意、そして別れ
ジャックがシエド村に来て1年後。
シエド村の入り口には人だかりができていた。
この1年、ここを拠点として生活していた冒険者がシエド村を出る日だからだ。
村長はもちろん、アルキやカルアのコール一家、そしてキャロラインとダンの姿もそこにはあった。
色んな住人がこの冒険者にこの1年で世話になったことをお礼していた。
「世話になったな!」
大きな荷物を背負って1年前と同じ外套を着た男――ジャック・ブルーランドは爽やかで清々しい笑顔をしていた。
「まだここに居てもいいんじゃぞ?」
村長の提案にジャックは首を横に振った。
「いや、ここでの依頼は既に達成されたんだ。冒険者は冒険者らしく。ちょっと長居しすぎたが、潔く出ていくよ」
「そうか……では達者でな」
「あぁ!」
村長の笑顔にジャックは大きく頷く。
それからジャックはキャロラインの方を見る。
「1年間、ほんとありがとうな!」
「えぇ……」
キャロラインの目にもうっすらと涙が浮かんでいた。
1年間といえどジャックと過ごした日々は大切な思い出になった。
だから別れるのは寂しい。
だがジャックがいずれ旅立つこともその日が今日であることも知っていたから覚悟はできていた。
「義兄さんやお姉ちゃんに会ったらよろしく伝えといて!」
「あぁ! 約束する!」
キャロラインの言伝をしっかりと友人たちに伝える、と自分ができる精一杯の笑顔で約束をした。
そしてキャロラインが抱えていた子竜の鼻を指で軽く小突く。
「あとウィーも元気でな」
「ウィ!」
『ウィー』と名付けられたその子竜はバルトとスーザンから頼まれたあの卵の正体だ。
産まれてから半年以上経った。
爪や歯もまだ小さく、大きさも小型犬くらいでこれからまだまだ成長しそうだ。
名付け親はダンだ。
何故、『ウィー』なのか尋ねると、ウィールド王国で産まれ鳴き方が『ウィー』だから、だそうだ。
(そんなんでいいのか)
とジャックは唖然としたが当人が楽しそうにそう呼んでいるから気にしないことにした。
そんなことを思い出し、ほくそ笑むとその名付け親の方を向いた。
余裕のありそうで堂々とした笑顔で自分を迎えてくれている。
「じゃあダンも世話になったな」
「うん。ジャックもありがとう」
この1年、1番一緒にいた奴だ。
自分もダンに会えなくなるのは寂しいが、子供のダンの方がよっぽど寂しくやり切れないと思っていたが、ダンは相変わらず元気な姿で、ちょっと拍子抜けする。
まぁでも。ダンはこの1年で冒険者の基礎を叩き込んだ。もしかしたら精神的に強くなったのだろう。
「あ、そうだ」
ジャックは腰からある物を取り外し、ダンに投げた。
それをダンは慌ててキャッチする。
「――――!! これって……!?」
見ると、それはこの村でずっと愛用していたジャックのナイフ。
「餞別だ。受け取れ」
「い、いいの!?」
ジャックは笑顔で大きく頷いた。
1年間世話になったお礼。
自分の教えに食らいついてきたご褒美。
そして、強い冒険者になってほしいという期待。
それら全ての思いを込めて、このナイフを渡そう。
「このナイフに似合う男になれよ」
ダンの頭に手を置いて、満面な笑みでそう言う。
そんなジャックの思いを受け取ったのかどうか、ダンはナイフを大事そうに抱えて頭を下に向けた。
何も言わずそのままのダンだが、ナイフを渡せたことにジャックは満足し、ダンの頭から手を離し、
「じゃあ俺はそろそろ行くよ」
とジャックはシエド村の皆を見渡した。
「また来る時になったらよろしくな!」
そう陽気な笑顔で振り返るとジャックはシエド村を出ようとした――――。
「ジャック!!!!」
その時、一際デカいジャックを呼ぶ叫び声が後ろから聞こえた。
振り向いて声の主を見る。
貰ったナイフを片手に持ち、大粒の涙を目に浮かべ、だけど零れ落ちないように鼻を大きく開け歯を食いしばって我慢しているダンの姿があった。
それからダンは口を大きく開け、めいいっぱい息を吸うと、
「今までありがとうな!!!!」
自分と遊んでくれたこと、助けてくれたこと、卵を孵すのを一緒に見届けたこと、そして――自分が強くなれるよう教えてくれたこと。
その伝えきれない全ての感謝を込めて力一杯の声で表現した。
そしてここを去る唯一の師にこれからの決意を表明するべきだ、ともう一度大きく息を吸い込んで叫んだ。
「ぼく!!――――」
――――いや、これからは『ぼく』というのもやめよう。
「俺、強くなるよ!!」
「――――」
「それから冒険者になって…………ジャックや皆が驚くようなモノを発見するよ!!」
何故なら――、
「ジャックのような強い冒険者に俺、なるから!!」
「――――」
ダンの涙ながらの決意表明を聞き、ジャックは呆気に取られたように固まってダンを見ていた。
「ふん。甘いな」
だが、やがてジャックはそんなダンの宣言を鼻で笑うと、不適な笑みなまま人差し指を上に向けた。
「どうせなら俺を超えていけ!」
「――――!!」
そしてジャックは振り返り、大きく見える天まで届くシエルの塔を指差した。
「いつかまた会おう!!!! 俺はあの塔の麓で待つ!!!!」
「――――うん!!」
ダンは大粒の涙を零しながらナイフを大事に抱えると大きく頷いた。
そのダンの返事を聞きながら振り返らずに手を振りジャックはシエド村を後にした。
★★★
そして10年後。
ダンが16歳になったある日。
ウィールド王国にあるシエルの塔からシエド村の森の奥に一筋の光が落ちてきたところから。
ダンの冒険は始まる。まだ見ぬ新たな発見を求めて。