プロローグ
「俺はまだいるぞ!!」
ダン・ストークは前方にいる敵に向かって煽るように叫んだ。
焦げ茶色の髪は埃だらけで、身体はボロボロ。口先にも血が見られ、疲れもピーク。
心身ともに限界を迎えそうな身体を必死に動かし、助けを呼びに外に向かって走っているであろう金髪碧眼の少女ステラと白い毛が生えた子竜ウィーのために『奴』を引き付ける。
「ウオオォォォオオオ!!!!」
苛立ちを顕にした奴の咆哮が部屋中の空気を重く揺らす。
漆黒の体毛を身に纏い、眼光は紅に輝き鋭い。
雄叫びを上げた口は大きく、開けた口から草食動物特有の発達した門歯が見える。
頭に大きな洞角を携え、発達した大きな耳はダンを捉え続け、首にある首輪が獣らしい不気味さを更に滲ませていた。
だが、獣らしい頭とは裏腹に身体は獣そのものとは言い難い。
筋骨隆々の腕。何かを掴み取れるようにできた手のひら。二足のみで立つことができる発達した健脚。
人間より一回りでかいことと全身を包む体毛、それに足が蹄だということを除いては、その体躯はヒトのそれであった。
その姿はまさに牛人間。
名をタウロスと呼ばれるこの魔物は、ダンを亡き者にしようとこれまで何回も何回もその洞角を前に出し、突進を繰り返していた。
だが、ダンは巧みに避ける。
持っている大きな布を揺らし誘き寄せ、絶妙なタイミングに身体全身で横に飛ぶ。
結果、タウロスの突進は空を切り、急に止まることができないため、壁に洞角を大きく突き刺す。
その際の大きな衝撃は今いる遺跡の一室を大きく揺らした。
それで止まってくれればいいのだが、タウロスは何もダメージがなかったかのように壁から勢いよく角を抜いて
(また外した!!)
と言わんばかりに雄叫びを上げ、無尽蔵に突進を続けるのであった。
ダンが住んでいる村シエド村の近くにあった誰も知らない遺跡。
その遺跡を探索している時に突如として現れたこの牛の魔物。敵意を剥き出しにして攻撃を繰り返すタウロスにダンは仲間を逃がすだけで精一杯だった。
自分の力では到底、及ばず、絶望の淵の中でダンはただただタウロスの攻撃を避け続けるだけしか出来なかった。
早すぎても、駄目。
遅すぎてはもちろん駄目。
絶妙なタイミングで身体を動かさなければ、そいつの餌食になってしまう。
回避した後も力は抜けない。また次の突進に備えて、避けやすくかつ逃げやすい位置どりをしっかりしなければならない。
そうして行動した結果。映る光景は、ほとんど同じだ。
違うことと言えば、どんどんと怒りのボルテージが上がり続けるタウロスの表情、態度。
そして壁に2つずつ増えていく穴。――だが、出入り口付近に新しく出来た穴は1つもなかった。
時には大声を上げ、
時には布を大袈裟に動かし、
時には攻撃を試みる――あまり効果はなかったが。
そうやって奴を誘き寄せダンのみに意識を集中させるように立ち回っていた。
結果的に出入り口から遠ざけることに成功し、タウロスの視野を狭めることはできた。
このままステラ達が村の猛者達を連れてくることをダンは願い続けた。
――――だが、
「しまっ――!」
壁にできた穴。それが物語るのは突進の数だけではない。
床に散りばめられた瓦礫も穴の数に比例して増え続けていく。
結果、足場はどんどん不安定になっていき、タウロスの突進を横飛びで避け着地した位置にちょうど瓦礫の一部があった。
踏んだ瞬間に傾き始め、強引に別の場所に移動する間もなかった。
踏ん張りも効かず、よろめいた方向にそのまま倒れ込んだ。
転んだことで少し擦り剥いたがそんなことは大事ではない。
問題は――、
(力が入んねえ…………)
既に体力の限界を極めていたダン。
一度動きが止まれば、気付かないようにしていたその疲労は一気に全身に降りかかってくる。
再び起き上がろうと腕や足に力を込めようとしたが、自分のものではないかのように勝手に震えて思うように動かせない。
――ドンッッッ――!!
そうこうしている間に地面から大きな振動が。
その方向にはダンを見ている牛の頭。
ニタニタと「漸く隙を見せたか」と言わんばかりに醜悪な笑みを見せていた。
「はは…………」
自然と渇いた笑いが溢れた。
あの魔物とダンとの距離はもはや無いと言っても過言ではない。
例えダンが力を振り絞って立ち上がったとしても、その間に一気に差を縮められてしまうからだ。
「……ここまで……か?」
タウロスは何度もやっているように洞角を前に突き出し走り始めた。
徐々に加速し向かってくる牛頭をダンはただただ見つめるのみ。
(あぁ……これが走馬灯ってやつか?)
タウロスは加速しどんどんと速くなってきている。
頭の中でくっきりと浮かぶのは記憶の欠片。
これまでに出会った皆が次々と頭の中に出てくる。
2日前に出会った少女ステラ。生まれてからずっと一緒の白い子竜ウィー。
ここまで育ててくれた叔母キャロライン。
そして――――
『どうせなら俺を超えていけ!』
黒い狼のような髪型をしたがさつで大雑把な笑顔が思い浮かんだ。
ウィーを連れてきてくれて、冒険者の心得を教えてくれた恩人。
「すまん、ジャック――――」
ジャックと出会ったのはいつだったか。確か子供の時だ。
ダンは思い出すように無意識にゆっくりと目を閉じた。
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