邪骨
「他の世界から来た?」
緊迫した空気の中、弓を構えた男が言った。弓は眩く発光しておりケイが見たことない物だった。元の世界にない技術なのか魔法なのかもしれない。銃の方はドラマ等で見た事のある両手で持つ大きな物だ。もっともケイは銃に詳しい方ではなかったのでこれがなんと言う銃なのかは分からなかった。
「そうです。元の世界で死にかけて気付いたらここにいたんです! 誰かにここに連れてこられたんです!」
「何しに来たのか分からないってことか」
「いえ、助けてくれた誰かに言われました。『あなたなら世界を救える。救って欲しい』って。僕の命を助けてくれた人からのお願いだから僕はこの世界を救いたいんです!」
一人の大学生が世界を救うなど、言ってる自分で滑稽だと思ったがケイは必死に伝えた。自分の意思をはっきり示すのが大事だと思ったからだ。
「なるほどな、これでハッキリした」
銃を下ろし一人の男がケイの後ろに回り込む。そして乱暴に地面に押し倒し両手首を縄のような物で縛り始めた。
「ジェイス! 何してるんだ!」
弓を構えたままの男が言った。ジェイスと呼ばれた男は無視してケイの腕を縛り上げ背中に馬乗りになった。
「こいつには仲間がいる。俺たちが助けなくても仲間が助けてくれるだろうし、こいつが俺たちの内情を探るためのスパイって可能性もある。わかるだろ? 一番いいのは関わらないことだ」
「仲間なんていないです!本当になんでこの場所にいるのかも分からないんです!助けてください!」
ケイは叫んだ。裸のままこんな所に縛られ放置されたら何が起きるか分かった物ではない。が、ジェイスがその口を手で封じ、耳元で囁いた。
「大声を出すな、奴らに気づかれるだろ。それともそれが狙いか?」
「おい、ジェイス……」
「黙ってろ、カルラ!」
光る弓を構えていた男はカルラと言うらしい。カルラの方が話を聞いてくれる予感がしたケイは訴えかけるように彼の目を見つめた。カルラはケイを測るように見つめ返した。
「おい、大きな声が聞こえたがどうした」
ケイの左側から木々の間から草をかき分けて新たに二人が現れた。若い男と女だ。男は金髪を編み込んでいた。ケイは衝撃を受けた顔で女の方の顔を見つめた。頭の上から犬のような耳が生えてる……。
「あぁ、なるほど……」
新たに来た2人がケイの姿を見て何かを察したらしい。新たに現れた男はカルラの隣に立ち、気軽そうに肩に手を置いた。
「なんで裸なんだ?」
「分からない。彼が言うには異界から来たらしい」
「異界から? そいつは難儀なこったな」
そう言いながら背負っていた薄汚れた袋から大きな布を取り出してケイの背中に座っていたジェイスに投げた。受け取った布をチラリと見てジェイスが睨みつけながら言った。
「なんだよ、これ」
「着せてやれ」
「はぁ!? なんだユア、こいつが敵か味方もワカンねぇのに優しくしようってのか」
ジェイスは立ち上がりユアと呼ばれた男に詰め寄った。ケイは咳き込みながら体を起こしその様子を眺めた。
「裸だから服を着せてやるだけだ。敵味方は関係ない」
「いいか、こいつはな……」
ユアはジェイスから服をもぎ取りケイの前にしゃがみ話しかけた。
「異界から来たって言ってたな。何しに来たんだ? 目的は?」
「目的はあるけどどこに行けばいいのか分からないんです。お願いです、助けてください」
ユアが最後のチャンスとばかりにケイは頼み込んだ。
「分かった。とりあえず服を着ろ」
そう言うとユアは腰につけた小刀で縄を切りケイに服を渡した。
「彼は連れて行こう。ここにいても死ぬだけだ」
「おい、勝手に決めんじゃねーよ!」
「今日のリーダーは俺だ。俺の判断に従ってもらう。ジェイス、お前が彼の後ろについて銃を構えておけばいい。妙な真似をしたらその時はお前の判断に任せる」
「俺はこいつを連れて行くのに反対だって言ってんだよ! 俺らの拠点の場所を探って仲間を連れてくる気かもしれねーだろうが!」
ジェイスは熱くなりユアの胸ぐらを掴んだ。ユアは全く物怖じもせずその手を払いのけた。
「そんな事はない、目を見れば分かる。それにもし誰かが周りにいたらイメルダが分かるだろ」
勿論と言うように犬耳の女が手を上げて周りを見渡す。どうやら周りを警戒しているらしい。
「子供だからって油断してたら……」
「勿論、油断する気はないさ。俺だって仲間を危険に晒す気はないからな。さぁ急ごう、もたもたしてると日が暮れるぞ」
そう言うとユアはケイの手を取りゆっくりと立たせ、カルラと離れた所で話し始めた。その隙に明らかに激怒した様子のジェイスが銃口をケイに押し当ててケイの耳元で囁いた。
「いいか、『歩く』以外の事をしてみろ。指一本でも不必要な動きをすればこの銃で撃ち抜く」
ケイは背中に銃を感じながら、先行するカルラの後に続き歩き始めた。カルラはあの光る弓を今は持っていなかった。
しばらくケイを含めた5人は無言で歩き続けた。右ではユアが気楽そうに邪魔な草木を叩きながら、左では時々背後に目と耳を向けながらイメルダが歩いている。カルラの背中を見ながらケイは考えを張り巡らせた。どうやら彼らは戦争状態にあり、明確な敵がいるらしい。転生直前の会話が本当ならば彼らの敵が世界を救う為に倒すべき敵という可能性もある。逆に彼ら自身が滅ぼすべき敵だという可能性も勿論ある。だが銃を持つ彼らと戦う為に自分が転生してきたとは思えない。もしかして実は転生した時に強力な魔法が使えるようになったということもあり得るのか? そう思い手に力を込めたり体から何かを感じないか試してみるが何も起きない。やはりここで戦う為に転生してきたわけではないようだ。いやそもそも世界を救って欲しいという話は本当なのだろうか?
「一つ聞いてもいいか?」
膝ほどの草が生える野原を横切っていたその時、唐突にユアがケイに話しかけた。
「な、なんですか?」
「世界を救う方法ってのはなんか聞いたか?」
「え?」
思いもよらない質問にケイは戸惑った。
「さっきカルラから聞いたんだが世界を救えって誰かに言われてこの世界に来たんだろ? どうすれば良いのかってのは聞いたのかなと思って」
「いえ、それは聞いてません……。この世界を滅ぼそうとしてる人がいたりするんでしょうか」
探るようにケイは言った。
「まあ大元は魔王とその手下の魔人たちだろうな」
「魔王と手下が人間を苦しめてるんですか?」
「多分だけどな。実際の所は俺もよく分かってないんだこれが」
困ったように笑いながらユアが言った。
「でもお前……名前ケイって言うんだっけか、ケイが本気で世界を救いに来たって言うなら協力するぜ」
「本当ですか? 信じてくれるんですか?」
「まあな。俺もこのままじゃやばいってのは分かってるし」
「やばいっていうのはどういう……?」
「しっ!」
イメルダが喋る二人を手で制して静かにするように合図する。何事かと思いケイが辺りを見回すと前方遥か遠くに何やら黒い影が動いてるのが見えた。ユアが身を低くするようにケイのことを引っ張った。
「あれは『邪骨』だ」
「邪骨?」
言われてよく見てみると動いてるのは漆黒の人骨だった。辺りは明るいというのに邪骨の周りだけ黒い湯気が上っているかのように黒く染まって見えた。ゆっくりと左から右に移動しているようだ。
「打つか?」
カルラが弓を構える格好をしてユアの方を見た。
「いや、すぐに森に入っていくだろう。このままやり過ごそう」
「アレは危険なんですか?」
「アレがこの世界がヤバイ理由だ。一体でも厄介だが奴らは仲間を呼ぶ。見つかったらとにかく逃げるしかない」
ケイは遠くを横切っていく邪骨をまじまじと見つめた。骨が動くという元の世界ではありえない光景だ。しかし一人でゆっくりと動くその骨に不思議と嫌悪感は感じなかった。
「よし、行くぞ」
ユアが促し、見えなくなった邪骨を警戒しながら立ち上がった。
「あの、邪骨っていうのは……」
「詳しい話は後だ。とにかくここを早く離れた方がいい」
ユアはそう言うとカルラに合図し歩き始めようとした。
その時、ユアの右側から草の揺れる音が聞こえ真っ黒な腕がユアの右足をガッチリ掴んだ。邪骨だ。
「しまっ……!」
ユアの驚いた声で全員が草の影で見えなかった邪骨に気づく。ジェイスが真っ先に動き銃をバットのように使い邪骨の頭を吹き飛ばした。頭はカチカチと歯を鳴らしながら吹き飛び見えなくなった。
「まずい……!」
ジェイスはそう言うと飛んでいった頭の方に向かった。その光景から目を離しケイは大丈夫かユアに尋ねようとした。
しかしユアの方を見て大丈夫ではないことが一目で分かった。頭を失った邪骨の腕はまだしっかりとユアの足を掴みもう一方の腕も何かを探すかのように空を掴んでいた。頭と体が離れても生きていられるらしい。
痛みで顔を歪ませたユアはベルトに刺していたトンカチの様な物で自分の足を掴む黒い骨を何度も思いっきり叩いた。
「くそっ! 離せ! 離せ!」
さっきまでの余裕のあるユアが血相を変えて自分を掴む邪骨の手を一心不乱に叩く様は異様だった。人で言う所の手首部分をカルラの光の弓が貫き腕から下の胴体部分をイメルダが思いっきり蹴り飛ばし見えなくなった。ユアのトンカチによって粉々に砕けた手は動かなくなっていた。
「おい! ダメだ! 鳴かれた!」
草の影からジェイスの声が聞こえてきた。それに反応しケイ以外の三人はすぐに動き出す。
「走れるか?」
「ダメだ、足首の骨が逝ってる」
まだ息が荒いままのユアがカルラの肩を借りて立ち上がった。邪骨に掴まれたであろう足は血で真っ赤に染まっていた。貧相な見た目とは反してとてつもない握力で肉ごと裂けたようだ。ケイはゾッとしてその足から目が離せなかった。
「肩を貸してくれ」
「は、はい!」
カルラが目の前の光景に狼狽るケイに言った。ケイは我に帰りユアを右肩から支えた。進行方向に目を向けると迷い込んできたようにゆっくりと邪骨がこちらに向かってきていた。進行方向だけではない。周りの森から、草の陰から、ゆらゆらと邪骨が集まり始めていた。
「まずい……」
合流したジェイスが呟いた。五人は完全に囲まれていた。