昔から妖精の声が聞こえる僕は世界の裏側に迷いこんだ
万人受けしそうにはない話なのですが、勢い余って書いてみました。お楽しみいただければ幸いです。
始まりは幼い記憶、ある日、両親が事故で他界した。
子供だった僕にはそのことがまだ理解できなかった。
その頃だろうか、頭の中で声が聞こえたのは。
頭の中で、女性?、あるいは女の子?そんな声が聞こえた。
おそらく彼女は、自分は妖精で心の綺麗な人間にしか聞こえないのだと教えてくれた。
当時、両親のいなくなった僕は親戚をたらい回しにされていてより一層孤立していた。
その声は、幼く心細かった僕にとって、傍にいつも寄り添ってくれる友達のようであるいは母親のような存在だった。
ただ、高校生となった今ならわかる、唯でさえ大変な他人の子供の育児、さらに端から見れば一人ことをつぶやく不気味な子となれば引き取り手なんかいない。
見かねた遠い親戚の叔母さんが引き取ってくれなければ、今頃、もっと拗らせて捻くれた人間になっていただろう。
成長する過程でそれはイマジナリフレンドと呼ばれるということを理解した。
いや、結果的にはイマジナリーフレンドでもなかったわけだが……。
◇
一人称が僕からやがて俺へと変わり、小・中学校を経て高校に通うようになった時、俺は一人暮らしを始めた。
独り身だった叔母は家にいても良いと言ってくれたが、俺は申し訳なく思い、また、できるだけ早く自立しようと思い、家を出ることにしたのだった。
朝、家を出て、高校へと続く道を進む。
「ふわぁー。」
大きな口を開けた。
思わず欠伸が出てしまった。
まあ、昨日もバイトで遅かったからなぁ。
叔母は生活費として通帳に十分な額を入れてはくれるが、できるだけ負担をかけたくない俺は週に3日のバイトを入れていた。
本来なら毎日入れたいところだったが、叔母との約束で勉学にしっかり励むために週3日が落としところになった。
道路を進んでいくと、制服を着た人影がちらほら見え始める。
周りから、ふと話声が聞こえる。
少し耳に入った単語からして、最近この辺りで流れている噂話というやつだろう。
「ねぇ、またらしいよ。」
「何が?」
「例の神隠しよ。次はC組のサヤだって。もう三日も帰ってないんだって。」
「マジで? それヤバいっしょ。」
「マジよマジ。あの子、家出するような子じゃないもん。」
「ていうか、それ警察沙汰でしょ。」
「もう届けてはいるらしいよ。でも犯人も何も見つかってないんだって。」
まぁそう言った話だ。
ここ最近この辺りでは神隠しと言われる行方不明が続いている。
当初は家出かと思われたが、短期間にあまりにも数が増えたため事件と疑われたが犯人の痕跡も見つかっていないそうだ。
行方不明者には女性が多いらしく、まあ男の俺には関係ないだろう。
せいぜいバイトの行き帰りを注意するくらいだ。
◇
学校に着き、教室に入ると自分の席に座す。
隣の席に座る女の子、紫苑路 亜弥那が話しかけてきた。
「安寿くん、おはよう。」
彼女は眼鏡をかけたかわいらしい女の子で、陰キャな俺によく話しかけてくれる。
彼女は大人しいので、少なくとも自分には波長が合っていた。
「ねぇ、あの噂聞いた?」
「あの噂?」
「そう。まただって、行方不明。隣のクラスの子らしいよ。」
「あぁ。」
今朝、たまたま耳に入ってきた情報を思い出す。
「安寿くんも危ないところに行ったらダメだよ。とくに路地裏とか。」
「行けと言われても行かないよ、そんなところ。」
というか何故に路地裏? ピンポイント過ぎるだろう。
「そうかなぁ? 安寿くん、けっこうおっちょこちょいだから。」
紫苑路はどこを見てそう思っているんだ?
そんなことはないだろう……たぶん。
◇
今日も何事もなく学校が終わる。
いや、あったら困るのだが……。
今日は少し買い物をするために学校の帰りに繁華街に寄ることにした。
目的地まで近道をしようと大通りから少し外れた道を歩いていると、頭の中で妖精さんの声がする。
(おや? あれは……。)
あれはと言われても、指している方向が分からずどこを向いて言っているのかわからない……。
(いやいや何でもないよ、気にしなくても良い。)
彼女は時々こう変わったことをいう。
そう思いつつ周りを見ると視界の影に見知った姿が見えた。
といってもこちらが一方的に知っているだけで向こうは知らないだろうが。
それは、最近有名になってきたアイドルグループに所属する隣のクラスの同級生だった。
彼女が路地裏に消えていくのを目で追う。。
あんな路地裏に何の用だろう?
そう思いつつその場を通り過ぎた。
物騒ではあるが、追いかけて行って話しかけるのもおかしな話だ。
なにせ相手は曲がりなりにも有名人。
ストーカーと勘違いされた大問題だ。叔母にも迷惑がかかる。
さて、目的地に向かうとしよう。
俺は少し足を速めた。
◇
あれから数日後、学校でふと耳に入る路地裏という言葉。
「繁華街の路地裏で若い男女が二人、死んでたんだって。」
「自殺とか言われてるやつ?」
「女性の方は行方不明の一人なんだって。」
「へぇそんなんだ。じゃあ神隠しってやっぱりただの家出とかで事件じゃなんだ」
「うーん、どうなんだろう。見つかったのは一人だけだしね。」
何とはなしに気になり、スマホでニュースを調べてみる。
その記事は地方のトップニュースに出ていたのですぐに見つかった。
「え?」
思わず声が出てしまった。
「どうしたの? 安寿くん。」
「いや何でもないよ、紫苑路。」
その死亡したと思われる日付は街中を歩いていたあの日、しかも彼女が消えて行った場所の近くだった。
いやいや、落ち着け。
普通考えると偶然だよな。
「そうなの? えっと、スマホで何見てるの?」
「え? ああ、ちょっと噂が気になって……。」
すると、彼女の覗き込むように俺のスマホを見てきた。
「あぁ、あの自殺の。」
「紫苑路も知っていたのか。あの日、ちょうどあの近くを通っていたものだから。」
「えぇ!? あの近くにいたの?」
思ったより大きな紫苑路の声が教室の中に響く。
え? そんなに驚くことか?
すると、その声に興味を惹かれてか、近くにいたクラスメイト達が何々と集まりだした。
うーん、どうも格好の餌食にされてしまったようだ。
ふと、紫苑路を見ると、ごめんと顔の前で小さく手を合わせていた。
◇
昼休み、トイレの帰りに廊下を歩いていると人だかりができていた。
あの日に見かけた隣のクラスのアイドル、霧生シルビアを中心とするカーストトップの集団だ。
俺は邪魔にならないように、そっと端に避けて教室に戻る。
通り過ぎて少し距離が開いたころに後ろから声が聞こえた。
「あっ、そういえば彼、あの事件の日に近くを通ってたんだって。隣のクラスの子が言っていたわ。」
「ふーん。」
俺は、彼女がじっと見ていたことを気付くことはなかった。
◇
その日の夕方、とくに用事はなかったはずだが、なぜか俺はあの日通った道近くを歩いていた。
道行く人の中にふといつかの人影、霧生シルビアが立っているのが見えた。
え?
一瞬、彼女と目があう。
ゾクッ。
彼女の目は学校では見たことのない、昆虫のようなひどく冷徹な目をしていた。
気のせいかと思い一瞬目をそらし再度見たとき、彼女はこちらを見てはいなかった。
気のせいか?
彼女はこちらに背を向け歩いていく。
俺はなぜか彼女の背を追いかけようとしていた。
頭の中に声が響く。
(うーん、僕はやめた方がいいと思うな。戻れなくなるかもよ。)
戻れない?どこに?
(いや、何でもないよ。ここで回避してもいつか交わるだけかもね。)
そう言って口を閉ざす。
妖精さんは相変わらずだ。言いたいことだけ言って、あとはだんまりになる。
時々、話に付き合ってはくれるけど、基本はこんな感じだ。
俺は彼女を見失わないように追いかけると、いつのまにか路地裏に入っていた。
あれ? どこに行った?
気のせいだった? いやいやそんなことはないだろう。
きょろきょろとあたりを見渡す。
え?
少し先の地面に横たわっている人の足が見える。
俺は急いで近づいた。
「ひっ!」
腰が抜けて思わず地面に座り込む。
黒く見えたのは影ではなく地面に広がる血。
そこには二人の男女が横たわっていた。
え? 自殺の二人?
いや、もう片付けられているはずだ。
そもそもそんなにすぐに現場に入れるものなのか?
それより警察を呼ばないと……。
戸惑い思考がまとまらない。
俺は腰を地面につけたまま後ずさる。
どんっと何か柔らかいものにぶつかった。
えっ?
見上げるとそこには霧生の顔。
彼女はひどく冷たい目をしてこちらを見下ろしていた。
彼女の口から音が漏れる。
「なんだ、勘の良いだけの一般人か。私の気配に気づいたみたいだからてっきりあいつらの仲間かと思ったけれど……。とんだ無駄骨だったわ。」
何を言っているんだ?
「え?どういうこと?」
思わず出た問いに彼女は何も答えずに俺に天使のような笑みを向けた。
直後。
ゴンッ
頭に衝撃、俺の意識は闇に閉ざされていく。
「それじゃおやすみなさい。」
最後にそう聞こえた。
◇
気が付くと、あたりは少し暗くなっていた。
頭が痛い。
あれ? 俺はなんでこんなところで寝ているんだ?
なんでここに来たんだっけ?
だれかに会ったような気もするが思い出せない。
辺りを見ても何もない。
(ほら、早く帰らないと真っ暗になるよ。最近は物騒だからね。)
確かに最近何かと物騒だ。
急いで帰ることにしよう。
俺は妖精さんに言われるがまま急いで帰ることにした。
◇
次の日、廊下で隣のクラスのアイドルを見かけた。
ズキリ。
頭が少し痛む。
「っ痛。」
「大丈夫? 安寿くん。どこか痛いの? 保健室行く?」
突然後ろから声をかけられ驚く。
「うわ? ……あぁ、紫苑路か。いや、大丈夫だよ。なんでもない。」
心配ないと紫苑路に返すと、彼女と一緒に教室に戻った。
◇
数日後の夜、バイト先からの帰り。
今日はだいぶ遅くなってしまった。仕方ない近道をしようと普段は通らない人通りの少ない道を早歩きで進む。
遠目に、廃墟のビルが見える。
あそこは以前、病院だった建物で経営が立ち行かず数年前に潰れた後に放置されたままになっている。
もう何年も経っているため近所では危ないから近づくなと言われているが、夏になると、時々、カップルや暇な大学生、高校生が肝試しに行くのだとか。
ダメと言われると行きたくなる年頃なのだろう。
ふと、遠目で見ると建物の前に人影が見える。
あれ? あれは……霧生?
いやまさか。
人影はすぐに建物の敷地へ入っていったが、それは最近何度か目にした霧生の姿に見えた。
彼女は両手に剣のような棒情のものを持っているように見え、戸惑った。
いやいや、それこそまさか、だよな。
どうしようか。普通は確かめになんか行かない。
でも、もし本人だったら……。
行かずに何かあったら後悔するだろう。
(いや、止めた方がいいんじゃない?物騒だよ。)
また妖精さんが止めるように話しかけてくる。
俺は気にせず、足は建物の方を向いていた。
(はぁ、僕は止めたからね。どうなっても知らないから。)
この時、止めておくという選択肢もあったのかもしれない。
◇
建物の中、若干の月明りしかない闇野中をスマホのライトを頼りに進む。
長く人が入っていない……という訳でもなさそうだ。
時々、お菓子の袋や空の弁当箱が落ちていたりする。
恐る恐る進むと、遠くから金属のぶつかる音がかすかに聞こえてきた。
なに?
俺は音のなる方に徐々に近づいて行った。
◇
音が間近で聞こえる。もうすぐだ。
(ここが分水嶺だ。止めるなら今のうちだよ。……といっても君は行くのだろうけどね。はぁ仕方ない。僕も腹をくくるかな。)
そんな声を聴きながら、俺はそろりそろりと近づいていく。
元はドアがあったであろう部屋へと続く四角い枠を、通路から覗き込む。
中を覗き込むと、あの時に見た霧生の後姿が見えた。
あの時? ってどの時だ?
学校以外で見たことあったっけ?
繁華で見た姿?
気のせいだろうと頭を振る。
改めて中を覗くと、霧生と向き合い壮年の男性が立っていた。
彼女は両手に2対の反りを持って曲がった剣を持っていた。
非現実的な光景。女子高生が剣を持って男と向き合っているなんて。
(あの剣は……、ショーテルだったかなぁ、たしか。)
いやいやそんなことは聞いてない。
って妖精さんよく知ってるね。
◇
中で動きがあった。
え?
一瞬にして霧生の姿が消える。
彼女は男の前に立っており、その剣を振り上げ切り裂いていた。
いや、男は少し後ろに下がり、その剣を躱していたようだ。
霧生は振り上げたまま男に背を向け、一回転すると振り返りざまに再度切り付けた。
流れるようなその剣閃は今度こそ男の胸を切り裂いた。
男の服が裂け……、え? 血が出てない。
実際に剣で切られたシーンなんて映画でしか見たことがないが、あれだけ切られれば血が出ていてもおかしくはないだろう。
男は反撃することもなくその場で立って霧生を見ていた。
霧生の方に目をやると、息を切らせて後ろに飛び距離をとる。
「ただの吸血鬼タイプの怪魔かと思ったけれどどうやら違うみたいね。かなりの大物、
「ふむ、たしかに祖と呼ばれることもあるね。」
「マジ? 吸血鬼の伝承、その原型とはね。だれか他のメンバーを連れてくればよかったわ。ほんと、ついてない。」
彼女はため息をつきながら顔を左右に振った。
怪魔? なんだそれ?
どうもあの男は怪魔というらしい。
まぁ、血が出てない時点で人間とは言い難いが。
(怪魔、人類の歴史が始まった時には既に存在していたといわれる人類の敵。伝説や伝承にある悪魔や吸血鬼といった化け物の原型と言われているそうだよ。ちなみに好物は人。)
妖精さんが丁寧に教えてくれる。
「いやいやこちらこそ光栄だよ。狩人の中でも有名な君に出会えるとはね。」
つまり、名前からして狩人はその怪魔を狩るやつらってことか。
(まぁそんな感じみたい。けっこう昔からあるみたいだよ。)
なるほど。
そう思っていると男がこちらを向く。
その血のように赤い瞳と目が合った。
「しかもギャラリーつきだ。」
「え?」
男の声が響く。霧生もこちらを見た。
「やば、もしかしてばれてる?」
思わず声が出る。
(みたいだねー。)
何を悠長なことを俺は今更ながら後ろに下がろうとして何かにぶつかる。
「何が……?」
背後からバット伸びてきた腕に首を絞められる。
「ぐっ。」
その格好のまま、彼女と男の前に連れ出された。
「あ、あなた、どうしてここに……。」
「おや、知り合いかね。てっきり好奇心旺盛な贄かと思ったが……。それはよい。大方、君の後でもつけたのでは?」
「くっ。」
彼女は俺をちらっと見ると、男の方を向いた。
「それで? 彼はそれほど知り合いというほどでもないわ。私たちに人質なんか意味はないわよ。」
「なに、観客は多い方がいいだろう。彼には君の行く末を見守ってもらおう。」
彼女はこちらを見ることなく剣を構えなおすと、男に切りかかる。
ただ、さっきより動きが悪いように見えた。
(どうも君のことが気になっているみたいだね。)
俺は心の中で申し訳ないと謝る。
どうやら俺の好奇心が彼女を危険な目に合わせてしまったみたいだ。
彼女は男の振り払った腕に飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「さっきより動きが鈍いようだが、彼を逃がすタイミングでもう伺っているのかな?」
そう言うと男はこちらを見る。
さっきより腕の締め付けがきつくなる。
「ぐっ。」
やばい。
彼女は無言で男を睨みつける。
「まぁいい、さて私を楽しませて……、ぐっ。」
その場で膝をつく男。と同時に、首を絞めつけていた腕の力が弱まり、背後からどさりと音がする。
振り返ると同じ高校の制服を着た女の子が倒れていた。
「ほら、逃げるわよ。」
霧生が近くに来て腕をひぱっていた。
「あ、あぁ。」
「ほら、早く!」
強く引っ張られ、たたらを踏む。
「あ、いや、でもあの子は?」
彼女はこちらを見ず。
「あの子はもう駄目よ。あいつに喰われて眷属に成り下がっている。殺してあげるしか救いはないの。……でも今はあなたを逃がすのが先よ。」
闇の中を二人走る。
霧生はちらりと窓の外を見たような気がした。
「はぁ、まさかあいつに助けられるとはね。」
「あいつ?」
俺もなんとなく窓の外に目をやる。一瞬、向かいのビルの屋上に人影が見えたような気がした。なんとなく紫苑路のようなシルエットの……。
いやそんなことはないか。
なんでそう思ったのかは分からない。
「まあ、あなたを助けるためでしょうけどね。あいつは」
「だれのことを言ってるんだ?」
「それはもちろん……。」
ゾク!
寒気がした。
彼女の言葉も止まる。
「そんなに殺気を飛ばさなくても。これ以上はしゃべったら駄目みたい。自分で調べることね。」
「はぁ。」
何のことかわからず曖昧に返事をする。
そうこうしているうちに出口が見えてきた。
もう少しで建物から出られる。
そう思ったとき、ぐにゃりと視界がゆがんだ。
え?
「くそ、もう追いつかれた。足止めするならもっとちゃんとやりなさいよね。」
そう愚痴る。
いつの間にか周りはさっきまでいた建物とは全く違った景色になっていた。
地面は赤茶に染まり平らな地面が地平線の向こうまで続いていた。
空には大きく真っ赤な月が俺たちを見下ろしている。
「え? ここは?」
霧生に問いかける。
「ここはあいつの結界……いえ、ここまでくるともう別の世界といってもいいわね。あいつの世界に取り込まれたのよ。」
「世界? どういう……。」
「もうここまで来たら一連托生ね。たぶん時間もあるでしょうから教えてあげるわ。」
「……ああ。」
「この世界には怪魔と言われる化け物がいるの。あの男の姿をした化け物はその中でも最上位。おそらく吸血鬼と言われる伝承の原型よ。」
「……。」
さっき妖精さんに教えてもらった内容だ。
「まぁ驚くのも無理はないわね。」
俺の無言を都合よく解釈してくれたらしい。
「長く長く生きる上位の化け物たちは世界を自身に内包しているの。この世界ではあいつは力を最大限に発揮できる。」
「えっと、霧生さんはいったい?」
気になることを聞いておく。
「あ、名前知っていた?」
「そりゃもちろん有名人だから。」
「私は狩人。怪魔を狩るものよ。アイドルグループは仮の姿で本職はこっち。」
「全員が?」
「全員がよ。そういえば名前を聞いてなかったわね。隣のクラスよね?」
「知ってたの?」
「うーん、まあね、顔だけだけど。」
「安寿っていうんだ。」
「そっか、安寿君ね、ここから無事に出られたら続きを話しましょ。」
そう言って彼女は口を閉ざし、前を睨む。
「おや、もう良いのかね。」
彼女は一歩前に出ると、前を見たまま。
「後ろに下がってなさい。」
俺は頷くと、言われた通り後ろに数歩下がる。
彼女の姿が一瞬で消える。
男の前に現れると、剣で切る。男は避けることもなくその剣を受ける。
「くっ。」
呻いたのは彼女の方だった。
「剣が通らない?」
「そんなものかね。」
男が消える。
彼女は振り返り剣を払う。
そこには男はおらず、彼女の後ろに現れた。
「霧生!」
思わず声をかけるも遅く、彼女は男の振り払った腕に吹き飛ばされた。
霧生は俺の目の前まで飛ばされ倒れこむ。
「ッ痛。」
「大丈夫か、霧生。」
彼女にかけより抱き起す。
「どうやらもう終わりのようだね。まあ、この世界から外に出れたものなどいない。頑張った方だと思うよ。」
どうする?
(はぁ、潮時だね。君だけならここから出せるよ。ここは僕のいる世界に少し近いからね。干渉しやすいんだ。)
そうすると彼女はどうなるんだ?
(出せるのは君だけ。彼女はここに居残りだね。)
彼女を見る。彼女は悲壮な顔でこちらを見ていた。
こんな顔をした子を置いてはいけない。
(分かったよ。気が変わったら言うんだよ。)
「ふむ、いい余興を思いついた。もし彼女を生贄として差し出すのであれば君だけここから出してあげよう。」
彼女はびくっと体を震わせる。
奇しくも同じ提案。
彼女を見ると、あきらめたような、あるいは覚悟を決めたような目でこちらを見ていた。
俺は男を見ると叫ぶ。
「お断りだ!」
「そうか。それでは余興を台無しにした君から片付けるとしよう。」
俺は彼女を抱く手に力を入れる。
かばうように抱きかかえたまま、男を睨みつけた。
男はいつの間にか目の前にいて、腕を振り上げていた。
思わず目をつぶる。
いつまでたっても来ない衝撃。
頭の外でいつものような口調で、いつもより大人びた感じの声が聞こえた。
『しかたないなぁきみは。』
「え?」
ふと目を開けると、俺の影から、太く、そして獣のような爪を持つ腕が生えて、男の腕を防いでいた。
その腕はぬめっととした液体で覆われており、青い光沢をしていた。
ぶんっ
という音とともに男を弾き飛ばす。
ぴちゃ、ぴちゃ、
と液体を滴らせながら、影から獣の全身が現れる。
その体躯はあの男の背丈より高い4つ足の獣、ぱっと見は犬のように見えなくもない。
ただ、その全身は青く光っており、爬虫類のように表面がぬめっている。
尻尾はひどく長く、細く伸びた口からは、長くとがった舌が垂れていた。
なんだあれは、ひどく名伏しがたい生き物。
霧生もその姿を見て困惑している。
「な、なにあれ?」
男も先ほどまでの落ち着いた様子から一変していた。
「な、なんだそいつは!」
そんなのは俺だって分からない。
ただ、なんとなくこいつは俺に危害は加えないような気はした。
また、頭の外から聞こえる彼女の声。
『ほら、いきなさい。』
かけ声の合図とともに、獣は男に向かって走る。
先ほどまでの状況が嘘のように男はあっさりと獣に押し倒される。
覆いかぶさった獣は男の首に噛みつくと、そのまま食いちぎった。
そのまま男の頭を文字通り丸呑みした。
獣はこちらに顔を向ける。
その顔には目がなかったが意識を向けられたのは分かった。
腕の中から小さな悲鳴が聞こえる。
ちらりと見た彼女は青ざめていた。
「あ、あんなの見たことがない。だってあんなの、怪魔にだって。」
うわ言のようにつぶやく。
俺だって見たことがない。
獣は俺に向かって走り出し、一瞬で詰め寄ると飛び掛かってきた。
いや、俺を飛び越え、影の中に飛び込んだ。
とぷん
と音が聞こえたかのように、影が石を投げ入れた池のように一瞬揺らめくと静まった。
(久々に動いて僕は疲れたから寝るね。)
あ、おい。
呼びかけるも返事はなく。
ふと視線を感じ、腕の中を見ると霧生がこちらを睨みつけていた。
「……。」
「……。」
沈黙に耐え切れず何か言おうとすると彼女が先に口を開いた。
「ねぇ、……あれ、なに?」
「さぁ?」
「あんた……、何なの?」
「……さぁ?」
俺だって分からない。
◇
あの後何を聞かれても知らぬ存ぜぬで押し通した。
いや、いっさい信じてなかったけれど。
あれから気がつけば、俺たち二人はビルの入口に座っていた。
霧生は物騒だからと家まで送ってくれた。
普通は逆のように思うけれど彼女の方が強い。
歩いて家の前まで着くと、俺の家を見て霧生が。
「へえ、ここがあんたの家なんだ。」
「えと、なに?」
「ご両親は?」
「いやいない。一人暮らしなんだ。」
「ふーんそうなんだ。」
深くは聞いてこないようだ。
「ねぇちゃんと寝ないとだめよ?」
「え?」
「寝付くまで添い寝してあげようか?」
「い、いらないよ。」
突然何を言い出すんだ。
頬が熱くなるのを感じる。
気にした風もなく彼女は、
「それじゃ、また。あれについてはまだ今度聞かせてよね。私も今日は疲れたわ。」
そう言ってあっさり帰っていった。
まったく俺も疲れた。
◇
次の日。
廊下で霧生と目があう。
「安寿君、おはよう。」
まわりがどよめいた。
俺もうろたえる。
いつの間にか横に立っていた紫苑路が、なぜか彼女を睨みつけていた。
「昨日はちゃんと眠れた?」
さらに周りがどよめく。
「何をいっているんですか!」
紫苑路がいつになく大きな声で噛みついた。
頭の中で声が聞こえる。
(だから言ったじゃないか。戻れないよって。)
はあ、そうみたいだ。
俺はため息をつく。
もし霧生を見かけたときに戻れるなら俺は自分を止めただろうか……。
いやきっと止めなかっただろう。
この状況にワクワクしている自分がいるのだから。
時々、こういった類の話が書きたくなります。
もしお楽しみ頂けておれば、評価を頂けると幸いです。
人物紹介
安寿ミヤ 主人公
高校生 16才
頭の中で時々声が聞こえる。
その声の主はは妖精と言っているが、その正体は邪神、外なる神の一柱。
自身に超能力といった特異な力はないが力、邪神の巫として力を借りることができる。
借りることができる力はなんとかの猟犬を呼ぶ力。
もっと心を通わせることができれば借りることができる権能は増えていく。
幼いときの経験から声が聞こえることは言わないようにしている。とはいえ、ついつい聞こえる声に返事をしてしまうので、端から見るとよく言えば一人事をしゃべる不思議系。
霧生シルビア ヒロイン
主人公と同級生
いま、人気上昇中のアイドルグループ、ラディカルハートの一員。
アイドルグループは仮の姿で所属する全員が怪魔と呼ばれる化け物を狩る狩人。
美少女、欧米の父と日本人を母に持つハーフ。
学校生活では猫をかぶっているが、狩人としては苛烈。
執拗に首を狙うことからネックハントと呼ばれている。
グループ内の序列は4位、二本のショーテルを使う。
紫苑路 亜弥那 ヒロイン?
主人公の同級生でクラスメイト、隣の席
学校ではダテ眼鏡をしている。眼鏡をはずすと美少女。
正体は狩人と対をなす組織、魔女と呼ばれる者たちの一員。
特に彼女は毒に関する魔術を好み、毒の魔女との異名を持つ。
魔女にはランク分けがあり、彼女は上位から二つ目の階級、2階位の天才。
怪魔
人類の歴史が始まった時には既に存在していたと言われる化け物たち。
人々の中に紛れ込み、人を食べる。
魂のみを食べるものもいれば、文字通り物理的に食する者たちもいる。
物語や伝承にある化け物、悪魔や吸血鬼などの原型であり、中には神話の世界に出てくる悪魔もいるとか。
その姿に統一性はない。
主人公が廃墟でピンチに陥っていた時に助けたのはこの人。
狩人
怪魔を狩る者たち。
歴史は古く、各国に組織がある。
魔女
怪魔と交わり能力を得た者を祖とするといわれる集団。
教会
古い時期に狩人と袂を分けた組織。怪魔を狩る。
狩人と違い、狂信的な面もある。