再会
朝だ!
布団から身体を起こしカーテンを開けベランダに面した窓も開ける。
部屋の中に春のまだ冷たい空気が入って来た。
昨日この部屋に引っ越して来て最初の朝。
この部屋を拠点に大学生活を頑張ろう。
ベランダに足を踏み出し、ベランダの柵に伸しかかるようにして両腕を上に突き上げ伸び上がる。
朝の清々しい空気を吸い込み周りを見渡した。
あれ? 隣の部屋のベランダにマネキン? 違う! 裸の男の子が縛られて転がっている。
た、大変だ!
アパートの前にパトカーや救急車が止まり周りは騒然としている。
私は近くの交番でお巡りさんに事情聴取されていた。
でも事情聴取って言われても昨日引っ越して来たばかりの私には見た事しか話せない。
逆に私の方からお巡りさんに質問する事の方が多い。
それで分かったのは、父子家庭で男の子は父親に虐待されていて学校に行かせて貰えず、孤立無援だったとの事。
父親は先程帰宅したところで逮捕された。
交番から帰宅出来たのは3時近く、朝食も昼食も食べ損ね交番でお巡りさんが出してくれたお茶しか飲んでいない。
遅い昼食と言うか早い夕食を作り食べる。
今日はもうお風呂に入ってサッサッと寝よう。
お風呂に入ろうとしたときコンコンと玄関のドアがノックされる。
「はい、何方ですか?」
ドアの外から「……………………」聞き取れない小さな声がした。
ドアを開け外を見る。
ドアの前に立っていたのはベランダで縛られ転がっていた男の子。
「大丈夫なの!?」
「見つけてくれてありがとう」
「チョット待って!」
礼を言ってそのまま立ち去ろうとした男の子の腕を掴む。
つ、冷たい!
ゾッとする程の冷たさだ。
「ご飯食べていかない?」
「いらない。
ベランダにいたときは凄くお腹が空いていたのに、もう空いていないんだ」
「じゃ、お風呂に入って行きなよ、ネ!」
男の子は暫く躊躇っていたけど「うん」と小さく頷いた。
部屋の中に招き入れ、服を脱がせる。
身体中に赤や青の痣が付いていた。
風呂場で痩せ細り青白い身体にお湯をかける。
「熱くない?」
「ない」
頭と身体を洗ってから、男の子を抱き抱え一緒に湯船に浸かった。
私好みの少し熱めのお湯なのに男の子は少しも熱がらない。
それだけで無く身体は氷のように冷たい。
私は少しでも身体が温まるように男の子の小さな身体を擦った。
30分以上身体を擦っていただろうか、男の子が何かに気がついたようで俯いていた顔を上げ呟く。
「身体がポカポカしてきた」
私も男の子の身体から氷のような冷たさが無くなり、段々と温かくなって来たのに気がついていた。
「生き返ったみたいだ」
「此れから頑張るんだよ」
そう言うと男の子は私の顔を見つめ返事を返して来る。
「もう遅いんだ」
「え?」
「もっと早くお姉ちゃんに会いたかったな」
青白かった身体がお湯に温められピンク色に染め上がると共に、その身体が少しずつ透けていく。
「見つけてくれてありがとう。
お姉ちゃん、さようなら」
そう言ったあと男の子の身体は腕の中から消え去り、私はお湯を抱きしめ泣き続けていた。
昔引っ越したばかりのアパートで虐待の末亡くなった男の子、空。
空の位牌の代わりに置いてある食玩の前にご飯とオカズをお供えした。
食玩は大家さんが部屋の片付けを行ったときベランダの片隅に転がっていた物。
食玩に手を合わせ祈る。
4歳になる息子の翼も私の脇で一緒に手を合わせていた。
翼を出産したとき未熟児でお医者さんに助からないだろうと言われたのに、奇跡的に持ち直し元気に成長している。
「ただいま」
「お帰りなさい。
ご飯を先にしますか?」
「風呂湧いているなら風呂を先にしたいな、3人で入ろうよ」
翼が割り込んで来た。
「お父さん!」
「ん、なんだい?」
「今日、お風呂に、僕とお母さんの2人だけで入らせてくれない」
「お父さんはのけ者にされるのかい?」
「今日だけだから、お願い!」
「うーん、仕方がないか、大事な息子の頼みを断る訳にはいかないな。
うん、2人で入って来なさい」
「お父さん、ありがとう!」
湯船に息子を抱いて入る。
私の胸に抱かれている翼が顔を上げ話しかけて来た。
「お母さん、僕、本当は、生まれて来たとき死んでいたかも知れないんでしょ」
「え!?誰に聞いたの、お父さん?」
「ううん、違うよ。
僕覚えているんだ。
お母さんのお腹から出て来たとき、凄く苦しくて痛くて身体から抜け出そうとしたら、空お兄ちゃんが「頑張れ」って声をかけてくれて、身体から抜け出そうとしている僕を押し戻して、抱きしめてくれたんだ。
抱きしめてもらっていたら、身体から抜け出せなくなっていたんだよ」
「空お兄ちゃんって、翼分かるの?」
「うん!
それでね、お兄ちゃんが遠いところに行くから、その前にお母さんと話がしたいんだって。
好い?」
翼の問いを怪訝に思いながらも「う、うん」と頷く。
胸に抱いている翼の顔がカックンと下を向いたら直ぐに顔を上げる。
その顔は翼のようでありながら、10年以上前に私の腕の中から消え去った空の顔になっていた。
「お姉ちゃん、久しぶり」
「空君なの?」
「うん!
お姉ちゃんと話す間だけ翼に身体を貸してもらったんだ」
「あ! 翼が生まれたとき助けてくれたんだってね、ありがとう」
「お礼を言わなくちゃならないのは僕の方だよ」
「どういう事?」
「死んだ人が天界に行ったとき、魂が真っ黒だと冥界に落とされるんだ。
あと、魂が綺麗な無色透明でも硬く凍りついていると再生不能で消却される。
僕も本当は消却される筈だったのに、お姉ちゃんがお風呂に入れてくれて身体を擦ってくれたお陰で、消却されずに済んだんだ。
そのあとは、転生の順番を待っている間は自由にしていて良いって言われたから、お姉ちゃんの近くにいたんだよ。
そのとき翼が身体から抜け出そうとしていたんで、お姉ちゃんに抱いてもらったように翼を抱いてあげたんだ」
「ありがとう」
「それにね、翼を抱いているところを神様が見ていて、僕の順番はもっと後なのに、褒美として順番を繰り上げてもらえたんだ」
「じゃ、もう直ぐ転生できるんだね?」
「うん!
でも、準備期間があるから生まれ変われるのはもう少し先らしいんだけど」
「そうなんだ」
「お姉ちゃんに抱いてもらってお風呂に浸かっていると、魂がポカポカと温かくなるんだ。
あーー気持ち好い」
「今度生まれる時は、大事にしてくれる人の所に生まれるんだよ」
「それは大丈夫だって神様が言ってた」
「そうなんだ、良かったね」
「じゃあ、そろそろ行くね。
お姉ちゃんありがとう、さようなら」
顔がカックンと下を向き直ぐ顔が上がる。
空の顔が翼に戻っていた。
「お兄ちゃん行っちゃった。
でも、直ぐに戻ってくるって言ってたよ」
「え?」
今私はお医者様に妊娠している事を告げられた。