第58話:院の作戦
三回戦目、秋姉が始めて試合場に立った
右足を前に出し、中段で構える。頭から足先まで釘を打ったかの様に真っ直ぐだが、あくまでも自然体でもある
秋姉の登場で一時期、凄まじい騒ぎになったが、今は張り詰められた氷の様に静かだ
「光沢高校、佐藤 秋。三浦立身高校、今村 早紀……」
現在、勝敗はニ対二。この一戦で全てが決まる
「開始!」
「ハァ! ハァ! ハアアアアアア!!」
相手の選手が、気合いを吐き出す。なんつー大声だ
「ヤアアアアアア!!」
「うぉう!?」
相手よりもデカイ姉の声にビビる俺
相手、今村さんもビビったのか僅かに下がった
「くっ!」
今村さんの構えが、青眼から八相に変わる。高校生にしては珍しい
秋姉は更に右足を前に出し、竹刀を頭上に構えた
上段の構え。大柄で、秋姉より10センチ近く上背がある今村さんを前にしても、秋姉の構えは揺るがない
「ぐ……あ、アア!」
恐怖からか、秋姉の左小手を狙う逃げ腰の一撃
秋姉は僅かに後ろへ下がり、竹刀をかわす
秋姉の強さの秘密は、この完璧とも言える足さばきによる所が大きい。
上下左右、まるで氷を滑っているかの様に動く
武道に『もしも』等無いし、それは本人にとって失礼な事かもしれない
だけど、もしも宮田さんとの試合が普通の道場であったら……
「一本!」
継ぎ足で相手の懐に飛び込み、秋姉の竹刀は相手の面に落とされた。そして見事な残心
残心は武道や芸道では必ずと言っても良いほど行われる。
武士が刀を当たり前に持っていた時代、僅かな気の緩みが命取りとなる勝負が多々あった。
そんな勝負で例え相手を圧倒し、斬り捨てたとしても、倒れた相手はまだ生きていて、自分の隙を狙っているかも知れない。故に直ぐ追撃や反撃が出来る様、心を残す。要するに油断しないって事だ
もっとも、今では美の観念が高い
「何読んでるの、お兄ちゃん?」
「ん? ほれ」
雪葉に背表紙を見せる
「オイラも明日から剣道家? お兄ちゃん、剣道やるの?」
「いや、読んでるだけだよ」
何故なら俺は解説キャラだから
「んん?」
不思議そうに首を傾げる雪葉
「し、試合が始まるざますよ!」
十代には分からないであろうネタでごまかす俺
「あ、うん!」
「ふんが~」
さ、流石母ちゃん……