第54話:鳥の悲鳴
試合会場である武道館。
県立の公園内にあるこの武道館は、第一、第二と二つの道場があり、その第一が今日、剣道予選をする会場だ
「着いたぜ」
第一道場の前。沢山の車が停まっている駐車場の端にある駐輪場へ自転車を置く
「大きな道場だね。それに強そうなお兄さん、お姉さん達ばかりだ」
風子の言葉通り、武道館へ向かう生徒達は、皆、一様に強そうな面構えをしている
「県内の猛者が一同に集まる日だからな。みんなただ者じゃないさ」
「その中で秋さんはトップクラスに居る。……尊敬してしまうよ」
「……そうだな」
俺も少しはしっかりしないと……
「あ、あの……助かりました」
自分の将来に微妙な不安を覚えていると、駐輪場の裏から緊張に震えた声が俺の耳に届いた
「気にしないで良いよ。たまたま通り掛かっただけだからさ」
「本当に助かりました! そ、それでこれ、わたしの携帯アドレスなのですが……」
「うん?」
「こ、今度お暇な時にでも連絡下さいっ! ありがとうございました!」
女生徒は男子生徒へ何かを渡し、ぽかんとする男子生徒から逃げる様にそそくさと武道館の方へ向かっていった
「……ふむ。あの女生徒は男子生徒に気があるな」
「ふふ。覗きだなんてお兄さんも中々趣味が悪いね」
「ふっ覗きじゃないさ。たまたま駐輪場の裏に草むらがあって、たまたま入り込んだだけさ」
「ふふ、そうだね。……あ、彼、振り返るよ。僕らも此処を離れようか」
「そうだな……あれ? ……な、直也君!?」
「え? ……あ、お兄さん! こんちわっす!」
振り返った男子生徒は直也君だった
「どうして此処に?」
「はいっ! 俺が尊敬する秋先輩の応援に来ました!! ……お兄さんは何故草むらに?」
直也君は、草むらにしゃがみ込んで隠れている俺達に視線を合わす為、同じ様にしゃがみ込んだ
「……と、登山家は山がそこにあるから登る。俺は草がそこにあるから入った。……男の行動に理由なんかは要らないさ。そうだろ?」
「か、かっけぇ……。流石お兄さん! 目から鱗が落ちました!!」
「そ、そうか?」
な、なんて単純な奴……
「ふふ。お兄さんのお友達は面白いね」
「あれ? そちらの方はお兄さんの?」
「僕は風見 風子。お兄さんの御兄妹である雪葉さんの友達です」
「あ、そうなんだ。じゃあ宮ちゃんとも?」
「はい。……ところでお兄さん。もう草むらから出ても良いのかな?」
「そ、そうだな」
草むらで自己紹介……。物凄く馬鹿っぽいな
「じゃあ出るか……よいしょっと。お、葉っぱが頭に付いてるぞ」
草むらから出て、風子の頭に付いている葉を落とす。さらっと流れる髪が心地良い
「ありがとう、お兄さん」
「ああ。……ところで直也君、よかったら俺達と一緒に行動しないか?」
「宜しいのですか!? あざっす!!」
応援団の様に手を後ろに組み、頭を下げる直也君
「よかよか」
「お兄さんとご一緒出来るなんて嬉しっス! ……あ、宮ちゃん達も一緒でも構いませんでしょうか?」
「ん? 鳥里さん来てるのか? もちろん構わないぜ」
「あざっす! 今、美月ちゃん達と一緒なのですが、そろそろ来る頃だと思います」
「直也兄さ~ん!」
その言葉通り、少し離れた場所から鳥里さんの声が響いた。
声の方を振り返ると、手を振って駆けてくる鳥里さんの姿。その後ろには美月や花梨も居る
「お、みんな一緒か。応援に来てくれたんだな」
「あっ! 兄ちゃん!」
「おう、美月!」
俺を発見した美月に、軽く手を振る
「あははっ!」
笑顔で嬉しそうに駆け出す美月。大分先を走っていた鳥里さんをあっさり追い越し、俺の元へとたどり着く。てか鳥里さん遅っ!
「師匠の応援に来たよ、兄ちゃん!!」
「ああ。ありがとよ、美月!」
元気一杯の美月。夏と美月は良く似合う
「……はぁ、はぁ、はぁ……な、直也兄さん」
美月に遅れる事、数秒。 ふらふらだが、ようやく鳥里さんも直也君の元へたどり着いた
「大丈夫? 宮ちゃん。ほらドリンク飲んで」
直也君はカバンから半分凍ったペットボトルを取り出し、鳥里さんへ渡す
「あ、ありがとうございます……あ、蓋が開いて……」
「あ、ごめん。ちょっと口付けちゃってたんだった。新しいの買って来るよ」
「あ……あの……えと……はい」
鳥里さんはペットボトルと直也君の顔を見比べ、残念そうにドリンクを返した
「直也君。それ、私も一口飲みたいなぁ」
「うん。はい、どうぞ美月ちゃん」
「ありがとう!」
鳥里さんとは違い、あっさり口を付ける美月。
相変わらず春菜並に空気を読まない奴だが、素でやってる分、以外と男を手玉に取る悪女になるかも……