雪のまっくら冒険記 8
今年は本当に暑いですね。熱中症には気を付けて
「母ちゃん達の事は分かったし、もう寝るか。それともリビングで待つ?」
秋姉と合流した後、俺は雪葉に尋ねた
「待っていたいけど、リビングは……」
秋姉に会えた事で気が緩んだのか、雪葉は再び怯えはじめている。そんな時、秋姉が一言
「……私の部屋で待つ?」
「そだねー」
あまりにも魅力的な提案だったので、若干旬が過ぎた返事をしてしまった
「ん。……雪葉も私の部屋で平気?」
「うん! 秋お姉ちゃんのお部屋なら怖くないよ」
「ん……。じゃあ入って」
秋姉に導かれ部屋に入ると、その清浄さに驚いた
まず鼻づまりが治り、目の疲れもなくなる。肩こり腰痛など慢性的な病も消えて白血球や赤血球は活性化。ミトコンドリアも暴れだし、細胞は破壊と再生し続け、もはや不死に近い存在に
「お姉ちゃんのお部屋、いつもお花の香りがするね」
「……ユリの花。気に入ったのなら雪葉にあげる」
「ありがとうお姉ちゃん。でも、お姉ちゃんのお部屋が大好きだから、そのままがいいな」
「……ありがとう」
俺が不老不死になってる間、二人は和やかな会話を楽しんでいた。どうやら秋姉の部屋に来た事で雪葉も安心したようだ
「あ……恭介。そのまま歩くと本棚にぶつかるから気をつけて」
「え? み、見えてるの?」
手を伸ばして前を探って見ると、指先が硬い何かに触れた。これが本棚?
「……見えないけど、なんとなく」
「なんとなく?」
「……音の位置や空気の流れで。自分部屋だからかな?」
「な、なるほど」
凄いなー
「……はい」
「え? わっ」
ソフ〇ンよりも優しい温もりが俺の手に触れた
「こっち」
それは手であり、俺を部屋の中央へと優しく導いてくれる
もしこの手が秋姉でなく悪魔のものであったなら、俺はそのまま疑う事なく地獄に連れていかれるだろう
「……座布団」
「ありがとう」
幸い秋姉だったようで、その秋姉から座布団? を受け取り、敷いて座る
「ぬう……」
雲のように柔らかい座り心地だ。座布団マニアなら三億は下らない逸品!
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「お、お兄ちゃん、お姉ちゃん?」
「ん」
「どうした、雪葉」
「あ、あの……何か話そう?」
「え? うーん、そうだなぁ……。そういえば母ちゃん達って何をしに行ったの? 停電を直すって言ってたけど」
「……切れた電線を繋げるみたい」
「ふーん…………うん?」
それは電力会社がやらないといけないのでは?
「……工事士の資格を持ってるから。電力会社に連絡して許可をもらったみたい」
「へ、へぇ……」
自分の母が分からない
「夏紀お姉ちゃんも? こんな日に危ないよ……」
雪葉の声が沈んでゆく。少し明るい話でもしてみるか
「そういえば昨日、花梨の妹に会ったぞ。4人兄弟なんだな」
「すずなちゃんの事? 可愛いよね」
雪葉も可愛いぞなどと言いそうになったが、流石に低学年の子と一緒にしたら怒りそうなので止めた
「最後の1人には会ってないんだけど、雪葉は知ってる?」
「うん、4歳の男の子。大人しくて花梨ちゃんと凄く仲良いよ」
「なるほど。あそこの家、みんな仲良さそうだもんな」
みんな花梨を慕ってるように見えるし、花梨もお母さんや弟達を大切にしてるのが言動で分かる
「ふぅ、それにしても暑い。このご時世、クーラー無いとあきまへんな」
と、言って思い出した。秋姉は部屋では殆どクーラーを使わないんだった
「暑いね……。電気直らなかったら熱中症に気を付けて……あ」
秋姉は何かに気付いたような声を出し、続いてジッパーを開ける音がした
「……良かった。はい、2人とも」
手を取って渡されたそれは小さな袋のようだった。5枚ぐらいある
「……冷却シート。貼って寝てね」
「ありがとうお姉ちゃん」
「あ、ありがとう」
1枚は家宝として取って置こう
「じゃあ早速……おー冷たい」
「うん、涼しくて気持ちいい」
「だな。ところで冷却シートと言えばこの間ーー」
あちこちに貼った冷却シートのひんやり感を楽しみながら、その後も色々な話をした
時期に風も収まってきて、まどろみ始めた時、雪葉の声がしなくなったのに気付く。もしかして寝たのかな
「雪葉?」
小声で声を掛けても返事がない
「……眠ったみたいだね」
「ん……恭介も眠たそう」
「分かる? なんか疲れちゃって」
「うん……お疲れ様。いつ寝ても良いからね」
「う、うん、寝……寝る!?」
あ、秋姉の部屋でご就寝だと!? そ、そんな、そんな奇跡が!? う、うおおおお! うおおおおおおおおおお!!
「……恭介?」
「……寝れそうにないや」
めっちゃ覚めたわ