雪のまっくら冒険記 5
2F廊下奥 洋室
軽い音を立て、扉は開く。微かな石鹸の匂いが鼻に触れた
「ここも真っ暗だな」
「だけど落ち着く」
「自分の部屋ってそうだよな。城っつーか砦ってーか」
「とりあえず着替えるわ。……クローゼット何処だっけ?」
「左の方にあったろ」
「そうなんだけど……」
不安そうな春菜に、俺はなるべく明るい声で話す
「たまにはこう暗いのも悪くはないけどな。室町時代とか、こんなんだったんじゃない?」
キュ、キュ
どこになにがあるのか、誰がいるのかすら分からない中、床を踏む音が聞こえた
「……雪葉はどこにいる?」
「ここにいるよ、お兄ちゃん」
思ったより近くから声がした。ドアの側か?
「今、歩いてるのは春菜だよな」
「ああ、そうだよ」
やっぱ春菜か。違ったら、どうしょうかと思った
「ええと」
さっきの感じだと雪葉はこの辺り。ん?
「きゃ!? お、お兄ちゃん?」
「ど、どうした雪葉。……てか、なんかこの壁、ぶにぶにしてないか? ボードが脆いのかね」
この家も築20年。そろそろこういう箇所が出てきても、おかしくはない。おかしくはないが、なんか壁とは違うような気がする
「うむー」
「…………お兄ちゃん」
妙な手触りを不審に思っていると、雪葉がドスの効いた声で俺を呼んだ
「な、なんだ?」
「それは壁ではなく私の胸です」
「えっ!? す、すまん!」
壁と胸の区別も出来ないのか俺は!
「まさか胸だったとは思わなくて。本当ごめん!」
言い訳になるかもしれないが、本当に壁かと……
「……ふふ、いいよお兄ちゃん。ぜんっぜん気付かなかったみたいだし。あははは」
背中から冷や汗が流れる。夏なのにやけに寒いぜ
「……なぁ、兄貴。触るのが好きなのかもしんねーけど、私ら以外にやったら痴漢になるから気を付けろよ?」
「す、すみませんでした、以後気を付けます」
諭すように言われると、本気で落ち込んでくる
「後で雪葉には、何でも言うこと聞く券を贈呈させて下さい」
鳴けと言われたら何べんだって、回ってやろう
「お兄ちゃん。そういうのは、すぐにあげちゃ駄目だよ」
「雪葉だからだよ。なんか適当に使ってくれ」
姉ちゃんならともかく、雪葉は無茶なこと言わないし
「……じゃあ今度またプールに連れて行ってほしいな」
「アイス付きでエスコートするよ」
「うん!」
屈託のない雪葉の声を聞いて、少し気分が軽くなる。そんなに怒ってないようで良かった
「いいなー。私もほしい」
どっかで聞いていた春菜が、羨ましいそうに言う
「お前にもか……。良いけど、あんまキツいのは勘弁してくれよ?」
まぁ、こいつも無茶を言う方じゃないし……
「やった! じゃ明日からトレーニングに付き合ってもらうな」
「無茶です、勘弁してください」
死んでしまいます
「何でもじゃないのか? なら私もプールで良いや」
「ありがとうございます。ところでもう着替えたのか?」
「一応な。前後は自信ない」
「俺もたまに逆に着るけど、さほど違和感ないんだよな。さて、それじゃ姉ちゃんの部屋にでも行くか」
静かだし、出かけてるかもしれないが
「ま、待って!」
「なんだ? 暗くて寝れないか?」
「そうじゃなくて、いや、そうだけど……。眠るまでそばにいてよ」
「一人で寝ろや」
「やだ!」
「やだってお前……まぁいい。とにかくベッドに入れ」
ベッドに入ってしまえば、コイツはすぐに寝る
「雪葉、夏紀お姉ちゃんの部屋に行ってるね」
「あ、ちょっと待ってくれ俺も行くよ。ベッドに入ったか、春菜」
「まだ。えっと、テーブルがこれだからここがベッドで、枕がこれか」
ごそごそと布が擦れる音がし、続いて入ったぞと返事があった
「よし、じゃお休み」
「寝れるかな……」
そんなことを言っていたが、10分後、春菜は小さな寝息をたてていた
「よし寝た」
「お姉ちゃんは凄いなぁ」
「今日は少し時間掛かったけどな」
春菜の特技の中で俺が一番羨ましいと思っているのは、どんな時でも寝る事が出来る心体の強さだ
「なんだかんだ行っても、いざとなれば頼りになるんだよコイツは」
もし俺達が闇を恐れていたら、きっと率先して家を見回っていたはず
「待たせてごめん。さ、行こうか」
「うん」