秋の手作り 2
そこは魔界だった。
リビングのドアを開けると臭いは更に強くなり、部屋中、紫色の煙に包まれていた
死臭。嗅いだ事は無いが、分かる。これは生き物が死んだ時の臭い…………
「………………はっ!」
一瞬、意識を失いそうになったが何とか持ちこたえ、俺は一歩、また一歩と死地へと向かう
リビングの奥にあるキッチン。距離にして、たかだか5メートルの距離だ
たったそれだけの距離で、数回気を失いそうになりながらも、たどり着いたキッチン。
そこには機嫌良さそうに何かをしている秋姉の後ろ姿があった
「あ、秋姉? 何をしているの?」
何をしているのかなんて分かってるさ。分かっているが最後の希望を胸に、俺は秋姉に尋ねた
「ん……夕食作ってる」
やはり!?
「ロールキャベツとステーキ。…………ミディアムでいい?」
振り返り、優しく微笑む秋姉。いつもは天使に見えるその微笑みが、今は死神に見える
「ウ、ウエルダンで……お願いします」
こうなったら秋姉を止める事は出来ない。せめて生焼けだけは避けなくては……
「ん……もうすぐだから…………テーブルで」
死を待てば良いのですね、お姉様
俺はもうじき売られる小牛の様に、テーブルに座り震えながらその時を待った
「……おまたせ」
死の宣告と共にテーブルへ置かれた三つの皿
ステーキと、ロールキャベツだ。後一つは何だか分からない
黒くて丸くて、つやつやで……本当に何だこれ?
「……いかめし。夕方放送してたクッキング番組でおいしそうだったから……」
おむすびを放送しろよテレビ局!!
「……冷めないうちに」
「う、うん……い、いただきまーす! う、うまそー一人でくっちゃうぞー」
棒読みにならなかっただろうか、震えていなかっただろうか
「くす。……いっぱい食べてね」
「う、うん!」
先ずはステーキを一口。ステーキと言うよりは炭に近いが……
「……焼き過ぎたね。ごめんね」
「ううん! 美味いよ、本当に美味いよ!!」
炭になった程度なら、姉への愛でいくらでも美味しく食べられる
「…………よかった」
次は一番危険そうな、いかめしだろう
これさえ乗り切れれば、何とかなりそうだ
「い、いかめし好きなんだよね」
……ねちゃ。箸で簡単に割れたいかめし。中から紫色の液体が、ドロリと零れた
「………………」
「………………」
秋姉は期待を込めた目で俺を見つめる
ええい! ままよ!!
息を止め、ガブリと食らい付く
「…………ぐっ!」
口の中で、ナメクジを噛んでいるような感覚
味は酸っぱく、生臭く、僅かに甘く、酷く辛く、それでいてまろやかで、バターっぽく、尚且つ苦く、アルコール臭い。一体どうやったらこんな味が……
「…………どうかな?」
「……う、美味いよ?」
目が勝手に泳いでしまう
「ん……隠し味のジャムとスコッチがよかったかな」
嬉しそうに頷く秋姉
「ま、マヨネーズと梅酢も入ってるよね〜」
「あ……ばれちゃったね。隠し隠し味」
そう言って、秋姉にしては珍しく子供っぽく笑った
この顔が見れただけで、食べたかいがあったかな
「後はロールキャベツか」
見た目は普通のロールキャベツ。油断は出来ないが、これなら大丈夫だろう
「さて、どれど……れ?」
たしかに見た目は良い。匂いも美味しそうだ
しかしフォークでキャベツを刺した瞬間、本能で分かった。これは毒だと
「…………どうしたの?」
固まる俺を不思議そうに見る秋姉
「う、うん? あ、あまりに美味しそうだから食べるの勿体なくて」
「くす。……いっぱいあるから」
「う、うん! いただきまーす!」
覚悟を決め、震える手で一口食べる
「…………ん? あれ? 意外とふつ……う!?」
ドグン!! 心臓の鼓動が急激に早くなり、身体中から汗が噴き出た
次に耳が! 耳に集音機でも付けたかの様に、大小様々な音が次から次へと入って来る!!
「最近不景気だなぁ」
「あら、お父さん働いて無いのだから関係ないじゃないですか」
「だよな〜あははは」
「ウフッうふふふふふふふふふふふふ」
隣の家の会話!?
「い、一体これはどういう……っ!?」
震えが……震えが止まらない!?
「だ、大丈夫?」
世界がぐるぐる回り……世界は、宇宙は煌めく!
『雪葉、お兄ちゃんのお嫁さんになる!』
雪葉、兄ちゃんがいなくなっても元気でな。お前のその優しさは、きっとみんなの助けになる。みんなを宜しくな
『兄貴の料理は最高! 大好きだよ兄貴……あ、料理の事だからな!』
春菜、落ちてる物は拾って食べるなよ。俺がいなくなっても今まで通り明るく元気に育つんだぜ
『……ずっと傍に居るからね。だから安心して』
秋姉、子供の時からお世話になりっぱなしだったね。何も返せなかったけど、俺の分まで幸せに
『たく、ケンカするのも良いけどさ、相手選びなさいよ……で、あたしの弟を泣くまで殴ったテメェ! 殺すぞ!!』
夏紀姉ちゃん。なんだかんだ言って、最後にはいつも俺を守ってくれたね、ありがとう。酒は程々にな……姉ちゃん
『私の所へ産まれてきてくれてありがとう。母さんいっつも思ってるわ〜』
母ちゃん……
『強く、優しく育ってくれてありがとう。僕は君を誇りに思うよ僕がいない間、家族をよろしくね』
父ちゃん……。今まで、今までありがとうございました!!
人生とは一瞬の煌めき。そして走馬灯は人生の輝き。人はその一瞬の煌めきを生き、自分だけの輝きを……
「ぬわはっ!?!」
「っ!? だ、大丈夫? び、病院……」
「だ、だい……じょうぶ」
あ、あやうく臨界へ突入する所だった……
「ふぅ……ふぅ…………うぐわ!」
第二波が!?
「び、病院へ行こう!? え、ええと……ひ、ひゃくとうばん」
「あ、あ……あき」
俺はもうすぐ意識を失うだろう。この料理は破壊力がありすぎた
だが、俺は最後に言わなくてはいけない。この愛すべき姉の為に
「う…………うまかっ…………た……よ……秋…………ね…………」
午前12時、リビング
「たっだいまー! って此処にもいないのかよ〜。姉ちゃん寂しいーぞー! うぃっく…………ん? ロールキャベツ? あいつが作ったのかしら。
……ふふ、酔って帰った姉の為に残しておくなんて、中々可愛いとこあるじゃない。明日お小遣いでもあげようかしらね」
今日の緊急病棟
俺≧夏>>>>>>秋≧父
つづめ