春のカッパ騒動 17
ゲーム開始の為、競技場の中央へ集まった俺達は、カッパと向かい合った
子供カッパには花梨とリサ。青年カッパには俺&春菜+兄ちゃん2人。オッサンカッパにはオッサン1人が相手になる
「それでは今より開始しますが、まずは20メートルほど距離のアドバンテージを頂きます」
「20メートルか」
中々難しい距離だな
「挟み撃ちを狙おうぜ」
こっちは2人。他のプレイヤーより遥かに有利だ
「あ、プレイヤー同士の協力は御法度です。協力していると思われる動きをしましたら、即失格で〜す」
「ちっ!」
そう甘くはないか
「……はい、カッパが離れましたね。それではカッパ鬼ごっこ、スタート!」
ついに始まった、カッパ鬼ごっこ。とりあえず様子を見て……ん?
ふと妙な風圧を感じ隣を見てみると、隣では春菜が太ももが出るぐらい高く足を振り上げていた
「なにやってんの!?」
そしてピッチャーのような素晴らしいフォームで金玉を投げる
「って、いきなり投げんのかよ!?」
ぱこーん
「ぐわはー!?」
「そして当たんのか!」
「すっ」
息を鋭く、春菜は走り出す
ドレスの両裾を手で上げて走る様は、まるで王子から逃げるシンデレラだ。追う側だけど
「ば、馬鹿じゃないのあいつ」
一気に行く気かよ。あまりにも愚直だが春菜ならもしかして……よし俺も追いかけよう!
猛スピードで迫る春菜を見て、カッパは慌てて走り出す。残り二人の兄ちゃん達も軽く走り始めた
「いきなり始まったカッパ鬼ごっこー! 30秒のカウントダウンー! さぁどうなるか盛り上がってきましたー!!」
不意を突かれたカッパと春菜の距離差は15メートル。もっと詰まるかと思っていたが存外カッパの足も早く、中々距離が縮まらない
これは捕まえるのが難しそうだな。2人の兄ちゃん達も流し始めたし、俺も体力を温存しておくか
「……お?」
そう思っていたら徐々にカッパと春菜の距離が詰まってきた。残り時間はまだ十分にある、これは
「勝ったな」
優勝は肉と100万だっけ? 勝ったら花梨達にも分けてやろう。げっ!?
余裕こいていたその時、俺はとんでもない事に気付いてしまう
春菜の激しい動きにドレスの肩紐が外れてしまい、今にもずり落ちそうになっていたのだ
「は、春菜、肩紐、肩紐ー!」
聞こえてないのか振り向きもしない
「春菜ー!!」
俺との距離はどんどん広がり、ますます声が届かなくなる
くそ、駄目だ気付かない。このままではお茶の間に裸体を晒し、新たなストリートキングが誕生してしまう
「春菜、春菜ーっ!」
そんな事になったらあいつはこの町名物の変態となり、警察に追われる日々となるだろう
気の弱い春菜。警察に追われる高揚と絶望の日々を、きっとあいつは耐えられない
「くっ!」
そうはさせるか、全力で追うしかない! と言うか、とっくに全力なんですけどね!
「おーと、青年カッパ捕まるかー。いやいやまだまだ青年カッパは負けていない。どうしたシスコン王、かなり遅れてるぞー」
ちくしょう、のんきに解説しやがって!
それにしても春菜の奴、ドレスだってのに早すぎるぞ。俺と能力に差がありすぎるだろ
そう、この距離が俺とあいつの力の差。何度も確認しなくたって分かっている、俺は春菜に劣る
悔しくはないぞ、これは本心だ。春菜は俺の自慢の妹だからな
だが今その自慢の妹が、キングな変態になって社会から抹殺されよろうとしている。それをすぐ側にいる俺は助ける事が出来ないのか?
結局俺はあの時と何も変わっていない? 二度とあんな惨めな思いをしないと誓ったのに?
『ご、ごめんなさいお姉たん。僕、何も出来なかった。お姉たんを守る事、出来なかった……』
姉ちゃんが学校で孤立し、クラスの野郎どもが家にまで嫌がらせをしにきた時、俺は何も出来ず震えるだけだった
『ううん、違うよ恭ちゃん。お姉ちゃんは恭ちゃんに、いっぱいいっぱい守ってもらってるんだよ。だから心配しないで、あなたが居ればお姉ちゃんは無敵なんだから』
そんな俺に姉ちゃんは優しく語りかけ、目を腫らした顔でニコッと笑った。優しくて悲しい笑顔
もう嫌だ、あんな顔は見たくない。だから次こそ守ろうと誓った
誓ったんだけど、あれから姉ちゃんはデスピサロに進化してしまった。あれはもう駄目だ、もはや人類を襲う側になっている
だけど、あの日見た顔だけは一生忘れない。友達恋人家族、大切な人の誰にもあんな顔はさせたくない。当然春菜にもさせない
俺は春菜を守る。口だけではなく、実際にこの手で春菜を守る。そう俺は妹を守れる兄貴なんだ。だから
「いやーこれは青年カッパが1番最初に捕まっちゃうかな? おや、これは……き、来たー! シスコン王、凄いスピードで2人に迫ってきたー!!」
今度こそ負ける訳にはいかない!
「す、凄い、凄いスピードだ。ヒーロが僕らのヒーロが戻って来たぁー!!」
右足、左足、右左右左! 次の足を出すのももどかしい
早く、早く、もっと早く!
「シスコン王、凄い追い上げで遂に前を捉えたー!!」
よし春菜に追い付いた! つかもう背中が半分出てる!?
早く隠さないと、どうやって!? 後ろから! いや、それは危ないだろ!
ならもっと、もっともっと早く! 春菜やカッパを抜いてずっと前!!
「うぉ!? は、はえーな兄貴!」
もっともっともっともっともっと!
「凄い、凄すぎるぞシスコン王! カッパを抜いて独走状態に入ったー! だけど何をしたいんだ奴はー!!」
そして振り返る!!
「え!? ちょ、何で止まって、捕まえろよカッパ!」
「と、とっガヒッ!」
声が出ない!? が、頑張れ俺、腹から声を出せ俺!
「と、止ま、っ! 止まれ春菜ー!!」
肺に残った最後の空気で叫ぶ。爆発しそうなぐらい痛い!
「は、はい!?」
春菜は急ブレーキを掛けて止まった。しかしその衝撃で服は更にずり落ち、ついに胸があらわになった
「ぐっ!!」
こぼれる春菜の胸を両手でわしづかみ!!
「あ、あは、はぁはぁはぁはぁ……や、やっだ」
間に合った。俺は、俺は春菜を守れたんだ!
「はぁはぁーふぅはぁ」
「な、何するんだよ兄貴!」
守った、守ったぞー
「ぜーは、ぜー、んく、む、胸、胸、ひーはー」
胸が出てる。早く服を上げて
「胸? 胸を触りたかったのか?」
「さ、触りたい、げほごほ、ごほごほ!」
触りたい訳あるか! 早く隠せ
「わ、私の胸を? 今ここで? なに考えてんだよ、もぉ〜」
「い、いいから、ハァ、ハァ、早くっ」
「姉ちゃんから兄貴は変態だって聞いてたけど、本当だったのか……」
「えっ!? ち、ちが」
「マジか兄貴変態かー。うーん」
「ちが、ちちがっ」
「乳、乳ってそんなにかよ。学校にもそんな奴いるけど、普通ならぶん殴る所だぜ?」
わー冷たい目
「胸か……触らせなかったら私のこと嫌いになる?」
「そ、そう、ごほ!ごほ!」
そうじゃない、話を勝手に進めるな!
「そっか……。うん分かった、触っていいよ。ただし家でね? 外はさすがに嫌だから」
顔を赤らめながら無理に笑う春菜。そう俺が見たかったのはこの笑顔……って違う!
「ぐ〜〜!」
全く話が通じない。いい加減にしろと怒りたいが、よく考えるといい加減にするのは俺の方かもしれない
守るどころか公衆の面前で胸をわしづかみ。許してくれているのが奇跡と言えよう
「……ご、ごめんな春菜」
アホな兄貴で……あ、やっと声が出た
「いいって兄貴の事大好きだし。つか家でって言ってるだろ? いつまでも触ってんなよな」
「早く服を上げろー!」
「え? あ」
もうヘソの下まで落ちてるじゃねーか!
「やべ、こんな下がってたのか。兄貴がスゲー事してきたから気付かなかった」
「もう勘弁してよ……」
春菜はようやくドレスを上げて、肩紐を戻した
「……よし。なんとか隠せたな」
俺も手を離し、これで一安心。優勝は逃しただろうが、まぁいい
「ふぅ、はぁーふぅ……よし落ち着いた。それにしても随分、静かだ……え?」
会場にいた皆が、ほぼ全員こっちを見ていた
「…………え?」
なんだこの雰囲気。なんかとんでもない変態を発見したかのような……
「わ、捕まえた」
「やん、捕まっちゃった」
そんな中、オッサンがオッサンを捕まえていた。世界は今日も平和だった