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正月山行 5

ザッザッザ


暗い坂道を、秋姉の持つ懐中電灯を頼りに進む


「ちょっと、バランス悪いわよ」


「へいへい」


文句を言う荷物を持ち直し、ただ黙々と


「……姉さん」


秋姉は足を止め、姉ちゃんを注意するような口調で呼んだ


「あ、大丈夫だよ、秋姉。正直そんなには重くないから」


「当然よ」


一言多いな


「……ん。辛くなったら放り投げても良いからね」


にこ


「そ、そうするよ」


秋姉の笑顔に背中の姉ちゃんは震えた。さ、さすが秋姉、笑顔の使い分けが凄い


「俺も気を付けないと……いて」


「どうしたのよ」


「今、なんか首がチクって」


姉ちゃんの毛皮が刺さったのかな


「あ、そう。じゃあさ、こうしてあげる」


姉は甘い口調でそう言い、細く長い指を艶かしく俺の首に絡ませた


「って何!?」


首絞め!?


「これであたらないでしょ」


「あ、あたらないっちゃ、あたらないけど……」


いつでも殺れるわよって意思表示みたいで怖い


「アンタの首、結構太いわね」


「そう?」


「……絞めにくそう」


「え!?」


やっぱり殺る気か!


「あと少しだぞ、がんばれ〜」


空気を読まない呑気な声が、山頂をお知らせしてくれた。その声で姉ちゃんの指が離れる


「意外と大したことなかったわね」


「ま、まぁ、低い山だから」


これ以上高かったら、途中で放り投げて逃げていた


「だけど喉が渇いたよ。着いたら茶でも飲まないと」


冷たい空気を吸っているせいか、喉が張り付いて焼けるような感覚がある。こんな喉に冷えたお茶は、きっと最高だろう


そんな事をボンヤリ思っていると、俺達の先を歩いていた春菜が戻ってきて、俺にペットボトルを差し出す


「はい、兄貴」


「ん?」


「水。ほら飲めよ」


そう言って俺の口元に寄せた


「あ、ああ、そっかありがとよ。だけど今、手がふさがってるから後でな」


「そう?」


「飲み難いし、こぼれるから」


「あーそっか。じゃ口移しで飲んじゃう? キスするみたいに」


「その手の冗談はマジで止めて! ぐぇ!?」


ほらまた絞められた!!


「汚ねーからやらないけどな、アハハ。それじゃ先に行ってるぜー」


発言に何の説明もなく秋姉の側へ行く春菜


「ほんと、春菜は子供よね」


「あ、あの、しみじみ言ってる割には、手に力が入ってきているのですが?」


このままでは俺の旅が終わってしまう


「でもあの子、随分変わったわ。アンタのからかい方も覚えたみたいだし」


「誰かに影響されてるね、ありゃ」


心当たりは1人しかいないが


「ま、アンタのおかげで寂しくないみたいだし? 多少の事は見逃してあげるわよ」


「あ、ありがとうございます」


何を見逃されてるんだ俺は


「……だけど、やっぱ寂しいんじゃないかな。俺は親父の代わりにはなれないし」


「そうかしら」


「気を使ってるんだと思うよ。なんだかんだ言っても大人になってきてる」


俺が側で見守ってやれる時間も、きっとそう多くはない


「ま、あいつが俺を必要としなくなるまでは、親父の代わりに俺があいつを守るよ。1人で泣く事がないように、ね」


「ふーん。なんか老けてるわねアンタ」


「結構カッコいい事言ってる俺への第一声がそれ!?」


酷すぎるっ!


「さーて、そろそろ歩くとしますか。ほら、さっさと下ろしなさい」


「そっすか」


もうほぼ頂上付近なんすけどね


「よいしょ、よいしょ。ふぅー登りきった! やっぱり山は自分で登るべきよね〜」


「そっすね」


20歩ぐらいしか歩いてないっすけどね


「……はぁ」


ため息が出てしまうぜ


「……こほん。あー色々あると思うけど、背負いすぎるんじゃないわよ? アンタはまだ子供なんだし、少しぐらいならアタシや母さんに甘えても良いから」


「ん? 何? なんか言った?」


独り言かと思ってたから、よく聞いてなかった


「な、何でもないわよクソガキが!」


「く、クソガキって」


なんて下品な……


「あ〜ダルいダルい! アキ、茶よ、茶を出しなさい」


姉ちゃんは、どこぞの姑のような事を言いながら、ズンズンと歩いていった


「なんで急に機嫌が悪く?」


あれが更年期というものだろうか


「しかし……」


正月からこんな調子で、今年の俺は大丈夫なのかね


「……お疲れ様」


「全然大丈夫!」


肩を落としながら登りきった俺を、秋姉が迎えてくれた。これで今年の大吉は確定したと言っても良いだろう


「はーやっと着いたね」


着いた場所は、ベンチがいくつかと柵しかない殺風景な所だ


先に来ていたのは家族連れと見られる5人組と、2組のカップル。こんな山でも来る人はいるものだな


「なんか空気うまいし」


ペットボトルの茶を飲み、喉を潤す。冷たい茶だからか体が震えた


「け、結構寒いね〜」


「ん」


秋姉はポシェットから水筒を取りだし、飲み口にコポコポと注ぐ


「……はい」


「ありがとう」


おお、暖かいコーヒーだ


「いただきます」


まずは一口


「んんっ、うまい!」


コクがあってまろやか。苦味と甘味が絶妙に混じりあって、爽やかな草原の風を感じさせる


「なんて、なんてうまいんだ!」


「……インスタント。ごめんね」


これは自分で入れてあげられなくて、ごめんと言う事だろうか


「時間なかったし、仕方ないよ。それに十分美味しい、ありがとう秋姉」


心も体も温まったぜ


「なぁ、後どんぐらいで太陽?」


「今、6時すぎだから、1時間もないんじゃない?」


「えーまだそんなにあるのかよ〜」


柵に手をかけて待っていた春菜は、不満そうな声をあげてベンチに座る。そしてごろんと横になった


「あにき〜膝枕〜」


「外で甘えんな!」


恥ずかしいな、こんちくしょう!


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