正月山行 2
いつもより着込み、普段しないマフラーを首にかけても、外の寒さは格別だった
「ああああ〜さみぃい」
家の裏に止めてある車を姉ちゃんが取ってくるまで、近くの公園で待っているのだが、寒くて寒くてしかたがない
「だらしねーな、秋姉を見習えよ」
滅多に使わないロングコートを羽織った秋姉は、凛とした表情で夜空を見上げている
「そ、そうだな。俺ばっか寒がっていられないよな」
「そうだぜ。秋姉は脂肪が全然ないし、人より寒いはずなんだから」
脂肪。その言葉に何か引っ掛かるところがあったのか、秋姉は神妙な顔をした
「秋姉?」
「…………」
秋姉は両手を自分の胸に当て、そのままストーンと落として
「脂肪なし」
で、出たー、秋姉の自虐ギャグ!
稀にやってくれるけど、俺達はいつも反応に困ってしまう
「あ、あは、あはは、えへえへ」
春菜がひきつった顔で笑った
困ったらとりあえず笑っとけ。厳しい現代社会、新卒達の必須スキルと言える
「う、うひゃひゃひゃ! さ、最高っ、秋姉は最高だぜ!」
「……ん」
秋姉の頬が少し赤くなった。照れ半分、嬉しさ半分って感じかな
ブルルルルル。馬の鳴き声の様なエンジン音を響かせ、姉ちゃんの車がやって来た。ちょうど良いタイミングだ
「いつも通り春菜は後ろで秋姉は前?」
「ん」
「それでいーぜ」
「オッケー。じゃ早く乗ろう」
くそ寒いので、真っ先に車に乗り込む。車内はそこそこ暖かくて、体も震えない
「はー、助かった。ところで……」
なんだろ、運転席のイヌイットは
「みんな乗ったわね。出発するわよ」
イヌイットはアクセルを踏み、車を発進させた
「姉ちゃん?」
「なによ」
「凄い格好だね」
頭まですっぽり入った分厚い毛皮。後ろからみるとゴツイおっさんに見える
「山に行くんだからこのくらい当たり前でしょうが。山を甘くみたら死ぬわよ」
「き、気をつけるよ」
動きづらそうな格好だが、大丈夫なのか?
「なあなあ、夜中にみんなで行動するのって、すげー久しぶりじゃね?」
「ん? まぁ確かに」
秋姉、春菜は早寝だし、姉ちゃんはしょっちゅう出掛けている
「だよな! なんかテンション上がってくるぜ」
「お前はいつも上がってるだろ」
逆に低いと心配してしまうぐらいだ
「もう今日は眠れないかも!」
10分後
「くーくー」
「寝たよ」
コントみたいな奴……
「まったく……ぶべ!?」
春菜に俺のマフラーを巻いてやると、拳が飛んできた。35のダメージ
「……むー」
寝づらいのか、モゾモゾしている
「こ、こいつは〜」
以前、雪葉と春菜が一緒に寝たとき、雪葉は春菜の胸に抱き締められ、危うく窒息死するところだったという恐ろしいエピソードがある
俺もよく被害にあっていたから分かるが、春菜の寝相は本当に酷い。蹴りやパンチは勿論、抱きつきにのし掛かり、天地逆になるわ人の顔に座るわ……
「……よく死ななかったな」
きっと運が良かっただけだろう
「山に着く前にコンビニ寄ってく?」
「ん……水が必要」
行く山は500メートル程の低いものだが、俺と姉ちゃんには水が必要だ。秋姉の言葉に姉ちゃんは頷き、カーナビを起動させた
「近くのコンビニ」
《この付近のコンビニをお調べします。11件見つかりました。近い順に1、ブッチャーマート2、セブンオヤブン》
「ブッチャーはろくなもの無いから、オヤブンで良いわね。このまま真っ直ぐ行けば良いし」
いつの間に買ったのか、音声認識機能があるカーナビ
相変わらず金のある女だぜ
「はい着いたっと。ほら、アタシのお金を使っていいから」
そう言って財布を俺にポンと投げ渡す。中を見ると福沢諭吉先生の束!
「ど、どうしたの、こんな大金」
強盗?
「バイト代が入ったのよ。もうすぐセンターだから親も力を入れてるのよね」
「ああ、なるほど」
姉ちゃんを雇うと、銀座のホステス並に金がいる
「好きなもの買っていいわよ。どうせ酒は買わないんだし」
酒代だけで月15万を越えていた狂えるバッカス神は、酒絶ちをして以降、金が余ってしまうらしい
ちなみに余った金は母ちゃんに渡しているようなのだが、あの母ちゃんの事だ、きっと姉ちゃんの為に貯金しているはず
「えーと、何か欲しいものは?」
「熱いコーヒーとスルメ。あったらチーカマ」
「はいよ、秋姉は?」
「……私も行く」
「そう? じゃ行こうか」
秋姉とコンビニ。久しぶりだな