正月山行 1
「あーにき」
「ぐえ!?」
1月1日夜明け前。リビングのソファーでテレビを見ていた俺の首に、妹がチョークスリーパーをしてきた
「初日の出、見に行かね?」
「ぐ、ぐげ、ぐご」
「カエルの真似? げこげこ」
「かっ、ば、は、はな……せ」
「は? ……ああ、首かワリィ」
首、解放
「ぐはっ! ふ、はぁはぁ……ごほ」
「大丈夫?」
「ふぅ……殺す気か!?」
俺なんて簡単に死ぬんだぞ!
「ごめん、ごめん。で、どう?」
春菜は俺の隣に座り、ジーっと俺の顔を見る
「たく……。初日の出だっけ? 構わないけど、どこで見るんだ?」
「山」
「山?」
「山。近くの」
近くの山っつったらあの山か
「やだよ遠いし」
自転車だと二時間はかかる
「えーなんだよ行こうぜー」
「やだって。車ならともかく……」
俺と春菜は、ハッと顔を見合せ、続いて床に転がってるアレを見た
「夏姉、車出してくれっかな」
「どうだろうな。酒は入ってないけど、おやすみ中だし」
出来れば起こしたくないし
「まぁいいや、とりあえず起こしてみるか」
「うん」
「…………」
「…………」
「……起こせよ」
「やだよ!? 兄貴が起こしてよ!」
「お前っ! そんな残酷な事をよく平気で言えるな!?」
新年早々、公開処刑が始まるぞ!
「私だって下手に起こして怒らせたら、三時間みっちり勉強地獄コースだぜ!? それも正面に座られて」
「うわ、それは嫌だわ〜」
「だろ? あの威圧感、思い出しただけでも……」
ぶるる。春菜の体が小さく震えた
「……分かったよ、俺が起こすよ」
「え? 本当?」
「なーに、大丈夫。命までは取られないだろうしさ。おっと目眩が……」
「あ、兄貴……。駄目だ、私が起こす!」
春菜は立ち上がり、拳を高々と上げた
「どうぞどうぞ」
兄は後ろから見守ろう
「あ、ずりぃ! やっぱ兄貴が起こせ!」
「いーや、俺は起こさん。絶対に起こさん」
リスクは最小に。そいつが俺のやり方
「う、ぐぐぐ〜!」
「ぬ、ぬぐぐぐ!」
睨み合う兄と妹。家族の絆とは、かくも脆いものなのだ
「……起こせばいいの?」
「うわ!?」
「うわ!?」
後ろにいきなり秋姉が!
「……どうしたの?」
「あ、ご、ごめん、ちょっとビックリして」
音も気配もない。さすが二代目サンタ
「……起こすね」
「あ、だ、駄目だよソレは狂暴な生き物で」
「ん……大丈夫。姉さん、起きて」
「む、む……ぐうぐう」
「……姉さん」
ユサユサ、ユサユサ
「むむぅ……アタシの眠りを覚ますのはどこの……あ、アキ!?」
「……おはよう姉さん。明けましておめでとう」
「明けましておめでとう!」
うわ、すげぇ笑顔。不気味っ!
「……なによ?」
俺達の呆れた顔に気付いたのか、不満げな口調だ
「あのさ」
説明中・・・
「はぁ? 嫌よ面倒くさい。太陽なんかどこで見ても同じでしょうが」
ヨダレをティッシュで拭き、やたら鋭いガンを飛ばしてくる姉、夏紀
日曜日のお父さんでも、もう少し家族サービスをしてくれるはずだ
「そんな事言わないでさ、サービスだと思って」
「ねー夏姉〜。行こうよ〜」
「う、ううん……。だけどアタシはこれから雀荘に行くつもりだし」
春菜のおねだりに、姉ちゃんの心が揺らぐ。もう一押しだな
「お願い、お姉ちゃん!」
可愛い弟の為にも!
「明けて一発目は負けなしなのよね。ここは張っておかないと……」
「…………」
俺は無視ですか、そうですか
「……恭介」
しょぼんでいる俺を見て、秋姉は姉ちゃんの前に立つ。そして一言
「……私も行きたい。お願い、姉さん」
「よーし、行くわよー! さっさと準備しなさい!!」
そう言って姉はリビングを飛び出した。相変わらず俺と思考が似ていやがる
「あ、ありがとう秋姉。助かったよ」
「ん……それじゃ後でね」
天上の姉は、美しい微笑みと共にリビングを去っていく。とても同じ姉とは思えない
「さて俺らも準備するか。山は寒いからいつもより厚着しろよ?」
「雪達はどうする?」
「寝かせといてやろうぜ。遅くまで起きてたし」
起きる頃には帰れるだろう
「じゃ私も着替えてくるね」
「ああ。……冬用のコート出そ」