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お別れ前の燕さん

更新のめどが立たず、困った時の燕さん。屍がイチャついていますので、苦手な方は飛ばして頂けると助かります

朝に降る雨が昔から嫌いで、この音で起きた日はろくな目にあった試しがない 


だからこの日、稽古前に母様から珍しく声を掛けられ、部屋の方へ来るようにと仰せられた時、やっぱり来たかと内心覚悟していた


そして予感は正しく当たる。けれどそれは、想定していた以上に最悪だった


「いつまで遊んでいるつもりですか」


部屋へ入った私へ、母様は開口一番そうおっしゃった。何についての事だかまるで分からなかった私は、さぞ間抜けな顔をしていただろう 


「貴女が男性とお付き合いしている事は知っています」 


血の気が引く、とでも言えば良いのか、母様の言葉に背中がゾワリと冷たくなる


「佐藤 恭介。光沢高校に通う1年生ですね。歳は15、住む場所は−−」


家柄、成績、父親の職業、母親の実家


混乱した頭へ次々と聞かされる情報は、私を絶望に落とす。なぜそこまで調べているのですかと、尋ねる事すら出来ない


「それで、どうするのです」


「か、母様?」


「貴女には決められた夫がいます。この不貞、先方に詫びるつもりですか」


「違います! あの方との交際は決して不貞などでは」


「立場をわきまえなさい! 貴方が話している相手は菊水流宗家家元、そして貴女は菊水の娘なのですよ」


「っ! …………」


一喝され、何も言えなくなる。母様の言葉は常に正しい。けれど

 

「別れなさい。貴女に彼は相応しくありません」


「……出来ません」


「では私から伝えましょう。燕は貴方が付きまとえる相手ではありませんと」


「止めて下さい!」


「でしたら自分で話をしなさい、それが彼の為でもあるでしょう。愛していますよ、燕。私が愛する娘の為に、人一人の人生を狂わせられないと思いますか?」


「な、なにを言って」


「本日の稽古は自習とします。頭を冷やしなさい」


母様は私を一瞥もせず、部屋を出て行った。残された私は、母様の言葉を反芻する


「別れる?」


恭介と?

 

想像出来ない。恭介と離れる状況が思い付かない


自分ではあまり意識していなかったが、どうやら私にとって彼は側にいるのが当たり前の存在だったようだ


どこか冷静な自分に冷笑し、ゆっくりと立ち上がる


足が重いな。それに何だか気持ち悪い


ああ、そうだ、稽古をしなくては。稽古は大切だから


「…………」


母様は私の為になら躊躇しない。必ず恭介の人生を無茶苦茶にする


それにわたしは母様に逆らわない。だから、どうしたって恭介と別れなければならない


なに、いつかはこうなるだろうと覚悟はしていた。恭介には申し訳ないが、

私のような者など早々に忘れてもらい、もっと相応しい女性を選んで−−


「や、やだ」


別れなくない


「別れたくない……」


音もなく零れた涙は、きっと秋時雨。たけど2度目の冬は訪れない


君とはこれで終わり。今までもこれからも、私は母様に従うだけ


「……恭介」


けれど、けれどそれでも、君が母様とは違う道を示してくれるなら


私は君に従いたい



稽古は身が入らず、15分ほどで止めた。部屋に戻り、君の携帯電話へ連絡をする


とりとめのない話の中、会いたいことを告げ、傘を指して君の家へと向かう


1時間かかったか、君の家に着いた。玄関で迎えてくれた君は、私を驚いた顔で見ている 


どうしたの? 燕こそどうしたんだよ、そんなにびしょ濡れで


言われて、自分が酷く雨に打たれていた事に気付いた。なるほど寒いはずだ


「とにかく上がって、シャワーを浴びな。今日はだれもいないから、遠慮することないよ」


「……うん」


「うん、素直だ。ほれほれ、上がりなせぃ」


手を引かれて家の中。玄関が濡れちゃう……


「後で拭くから。とにかく燕は早くシャワーに入れ。その間に着替えも用意しておくから」


洗面室まで連れて行かれて、取り残された。重い服を脱ぎ、下着は丸めて服の下に隠す


とても怠い。このまま倒れたら、気持ち良さそうだ


「燕〜入ったか〜」


あ……入らなきゃ  


「……入ったよ」


「着替え持ってきたんだけど……入っても平気か?」


「平気」


「じゃあ、ちょっとお邪魔しまして……」


半透明のドアの向こうに恭介の影が見える。形だけでは誰だか判断出来ないのに、なんだか安心する


「き、気替え洗濯機の上に置いておくから。これ、春菜のなんだけど、袋に入ってるから多分新品。どうやって取ってきたかは聞かないでくれ……」


「ありがとう」


「あ、ああ。あ、燕の服、乾燥機に突っ込んどく。あんまり触らないから!」


忙しなく動いて、恭介は出て行った。乾燥機が回る音だけ響く


「……くしゅん」


早くシャワーを浴びないと  


お湯が出る方のハンドルを捻って、水がお湯になってから浴びる


雨で冷えた体にシャワーは温かすぎて、また少し、涙が出た



「温まったか?」


君を探してリビングへ行った私を、君はホットミルク片手に迎えてくれた。春菜の寝巻、ちょうどサイズ合ってたなと優しく微笑んでくれる


「飲むだろ?」


微かに頷く私にもう一度微笑み、額にキスをする


「…………い」


「ん?」


「君の部屋……行きたい」


「え!? ま、まぁ良いけど……大丈夫か?」


「……ん」


「そ、そっか。よし、じゃあ、行くべ行くべ!」


恭介の部屋はいつも片付いていて、だけれど無機質な感じはしない。私が1番落ち着ける場所


「あんま掃除してないけどな……座布団どーぞ」


部屋に入ると、恭介はベッドに座り、私と距離を取った。寂しくて、君の隣へ行く


「い!? ち、ちょっと燕さん?」


「……恭介」


「ち、近いって、離れて! なんか変な気分になってくるだろ!?」


「………」


「あ、いや、ごめん、今の無し。何でもない、気にするんぐ!?」


初めて私からしたキスは、君がほしいわたしの、精一杯の想い。たどたどしく舌を使い、震える手で君の体に触れた


「つ、燕?」


「……いいよ」


「え!? ち、ちょどうしたんだよ! なんかおかしい」


「わたしを、壊して」


もう君以外の事を考えたくない


「燕……」


薄い陶器を扱うような繊細さで私の頬に触れ、強い力で抱きしめる


「好きだ」


「私……も」


どうしよう、おなかが熱くて泣いてしまいそう。どうしたらいい? どうすれば君は喜んでくれる?


息が苦しくて何も考えられない。家の事も、母様の事も……


やだ、考えたくない。恭介が好き、今はそれだけで


「ぁ……」


耳へかかる君の吐息に、喉が応えた


「俺の燕」


名前を呼ばれて、思考が止まった。君の指が髪や胸に触れる度、心臓が暴れて声が漏れる


好き、大好き。もっと強く抱きしめて


「燕……くっ、ふぅ、はぁー。……ミルク、冷めちゃったな。温め直してくるよ」


「…………」


何を言われたのか、分からなかった。分かる前に涙が零れ、見られる前にキスをされた


「違う、拒否してる訳じゃない」


「な、なら」


「今、燕を抱いたら、きっともう自制が効かなくなる。ずっと何かを悩んでいる燕の気持ちを無視して自分の気持ちを押し付ける。嫉妬だってもっとするし、毎日燕の事を考えて、会えない時は苛ついて燕にあたるかもしれない」


「そ、れは……」


「……呆れるだろ? 燕の前だからなんとか誤魔化してたけど、俺、ほんとにガキなんだ。燕が好きで、もう燕以外、見えなくなるぐらい好きで、それを抑える事も来ない」


「…………」


「俺が何とか自制出来てるのは、今、燕を抱いたらきっと後悔する、燕を失う事になる、そんな気がしてるから。そしてそれは多分、間違ってないと思う」


「なんで……」


何も言っていない。家の事も、舞踊の事も。母様や婚約者の事も、何一つ君に話していないのに


なのに君は私に何かを感じ、受け止めようとしてくれている


「生半可な好きじゃねーから。燕の悩みや悲しみ、苦しみも全部もらう。強欲ムッツリスケべなんだよ俺はって、変態か俺は!?」 


「君は……ふ、ふふ」


君はどうしてそんなに真っ直ぐに


「お、やっと、笑って……」


こんな私を好きでいてくれるの?


「……ごめん。また泣かしたな」


背中をさする君の手が好き。優しい言葉を言ってくれる君の声が好き


心配しないで。これはきっと


「嬉し泣き、だから」


「そっか。ははっ、やっぱ燕は可愛いな」


「……ばか」


「ちぇ、褒めたのに……燕」


「……ん」


君が好き。これ以上の恋は、多分一生出来ない


だから大丈夫


たとえ君に憎まれ嫌われたとしても、私はもう大丈夫なのだ




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