春のカッパ騒動 8
書けば書くほどおかしな事に……
「ありがとうございました〜」
釈然としないが料金を払い、ダーミアンを出た俺達
外は相変わらずの夏空で、服のせいもあってかウンザリするほど暑い
「ハァァ」
暑い〜
「大丈夫かよ。暑いなら上着だけでも脱げば?」
「いつカッパが襲って来るか分からないし、迂闊には脱げねーよ」
「なに言ってんの?」
「なに言ってんだろうな」
俺にもよく分からん
「てか他人事みたいに言ってるけど、次はお前が着替える番だぞ」
「なんで?」
「聞いてなかったのか? 要するにだな」
説明中――
「ふーん。それでそんな格好してたんだ」
「どういう理由で着てると思ってたんだよ」
「……趣味?」
「真夏にか? どんな変態やねん」
「変態でも兄貴の事を嫌ったりしねーから心配すんな」
「綾さんみたいな事を言いやがって」
そんな感じの話を暫く続けていると、スタート地点の橋が見えてきた。ロイホスまで後、半分ってところだ
「結構歩いたな」
疲れたしアイスでも食って、寝っころがりたい
「…………」
「春菜?」
「なんか腹一杯で眠くなってきた」
「野生の熊か」
欲望のまま生きてやがる
「眠い〜」
眠気を飛ばそうとしているのか、春菜は自分の頬をにゅっと引っ張った
「そんなに眠いのか?」
「うん」
「そうか……。疲れたんなら先に帰っても良いぞ?」
俺だけで頑張ろう
「ううん。兄貴の為だし、眠いけど頑張るよ」
「そっか。ありがとな」
俺の為にこんなアホみたいなイベントに参加してくれて……って
「参加させられてんの俺じゃねーか」
危うく小遣いやる所だったぜ
ジロッと睨む俺に対して、春菜は頬をふにゃっと緩めて、
「どーしたの?」
「……本当に眠いんだな」
お気づきでしょうか? 春菜は眠くなると、妙に甘えてくるのだ。こうなると戦闘力が著しく低下してしまう
「困ったな」
ファミレス着いたらコーヒーでも飲ますか
「ねぇ兄貴」
「なんだよ」
「呼んでみただけ」
ウザっ!
「お前なぁ」
「……むにゃ」
「立ったまま寝るな!」
それからも隙あらば寝ようとする春菜を起こしながら歩き続け、ようやくもう1つのファミレスが見えてきた
「ほら、着いたぞ」
「……目がショボショボする」
「中でコーヒーでも飲め」
「苦いからやだ」
そういや苦手だったな
「コーヒー牛乳ならどうだ?」
「それなら飲んでもいいよ」
「じゃそれで」
しかしコーヒー牛乳って、眠気覚ましになるのか?
「まぁいいや。ほら入るぞ」
春菜を引っ張るように、店の中へと入る。客の入りは20パーセントと言った所で、ダーミアンよりはマシってぐらいだ
「客がいらっしゃいましたー」
レジの奥から妙齢の女性店員が、軽やかなステップで現れた
「カッパの件で来ました」
何度言っても恥ずかしい
「は?」
「え? あ、いやカッパの件で……」
だんだん声が小さくなってしまう
「カッパ……ああ、パーティーに出席する人ね」
「パーティー?」
「後ろの子のドレスでしょう? 奥で準備が出来てるし、案内しますよ」
「そ、そうですか。じゃほら、俺は待ってるから行ってきなさい」
「なんか良く分かんねーけど、行ってくる」
「うむ」
大丈夫、俺もさっぱり分からない
「……ねむ」
欠伸しながら奥へ入って行く春菜を見送り、俺は空いている席へ適当に座った
「ふぅ」
ようやく一息つける。ドリンクバーでも頼むとするか
それから何分ぐらい経っただろうか、優雅に紅茶を飲んでいたら、店が急にざわめき始めた
耳を澄ませてみると、騒いでいるのは主に男の客だという事に気付く
「…………ふむ」
どうも可愛いだの、ヤバいだのと騒いでいるようだが、紳士のアフタヌーンティを邪魔しないでもらいたいものだね
「兄貴」
「ん?」
戻って来たか。どれど……誰だ?
「お待たせ」
「はあどうも」
顔を上げた先に居たのは、黒いイブニングドレスを着た、髪の長い美少女。ピンクのルージュが引き立つ
「よっと。コーヒー牛乳頼んでいい?」
美少女は向かいの席に座り、コーヒー牛乳を注文する。何処かで見たような気がするが……ま、まさか
「春菜!?」
「うわ!? な、なんだよ」
「どうしたんだ、その髪!」
カッパの仕業か!
「カツラ」
「か、カツラ?」
「すっげーうざってぇの。だけど取ったら勿体ないから駄目とか言われてよー」
頭を豪快にボリボリ掻く姿は、まさに春菜さん
「……俺達に何をさせたいんだろうな、このイベント。だけど可愛いぜ」
この姿を見れただけでも、今日来たかいがあったかも知れない
「ほんと?」
「ああ」
次に見るのは、ウェディングドレス姿かなって親父か俺は!
「今日はいっぱい褒められんなー」
無邪気に笑う春菜を見て、ウェディングはまだまだ先だな。なんて少し安心してしまった事は秘密だ