春のカッパ騒動 7
ファミリーレストラン、ダーミアン。666円ランチで知られるこのチェーン店は、周りに何もない場所に建てられる事が多く、一種の隠れ家的な存在になっている場合が多い
実際、今、やって来たこの店も、例にもれず寂れた場所に建ち、客も寂れている
ファミレスの常識を覆す! それがコンセプトだったらしいが、成功しているとは言い難い
「それにしても」
窓際の席で新聞を読みながら、優雅にコーヒーを飲んでいる全身タイツ姿のカッパを発見。力が抜けてくる
「見付けたな、兄貴」
「ああ」
今までの展開からして、最後もグダグダになるんじゃないかと覚悟していたのだが、案外あっけなく終わってくれるかもしれない
「じゃ、行くか」
いよいよカッパとの最終決戦だ。ポケットに忍ばせた金玉を握り締め、俺達は店の入口へ向かった
「お前も金玉、握っとけよ」
カッパを捕まえる為には、金玉が必要なのだ!
「持ってねーよ」
「え? さっき1つ渡しただろ?」
2つしかない貴重な武器だ。無くされたら困る
「ああ、こっちか」
「…………」
気を取り直し、店内へ。外で見た通り客はなく、店員も見あたらない
チリーン
レジの横にあるベルを押す。すると厨房の方から女性の店員が、回転しながら現れた
「いらっしゃいませー」
「カッパの件で来ました」
「っ! ……倒せるのですか? あのカッパ王を」
あ、やっぱ捕まえるんじゃなく、倒すんだ。それなら――
「はい。その為に俺達は来たのです」
イベントじゃなかったら、頭がイカれてるとしか思えん会話だなこれ
「ゴクリ……。分かりました、ご案内しましょう」
「はい」
店員にご案内され、カッパの前へ行く。カッパは新聞から俺達に目を移し、クククと笑った
「残念でしたね」
「なに!」
「私はカッパではありません!」
立ち上がり、かけていたサングラスを外すカッパ。その正体は!!
「……宗院さん?」
「はい」
「えっと……どういう事でしょう?」
ふざけた冗談だったら、怒るでしかし!
「あ、私カツ丼とチーズケーキね」
「承りました」
「さらっと勝手に注文するな!」
ごく自然にテーブルに着きやがって
「たく……で、本当これはどういう訳なんです?」
「この場所は、ここまで辿り着ける事が出来た方達に、最後の装備を渡す場所なのですよ」
「装備?」
「そうです。ここには男性用の鎧が、ロイホスの方では女性用の鎧が置いてあります。佐藤君達は男女ペアですので、ロイホスの方も行く必要がありますねぇ」
のんきな声で言っているが
「ま、マジですか?」
「残念ですが、本当です」
「マジか〜」
なんつー面倒くさい設定だ!
「……あ、俺のだけじゃ、駄目なんですか?」
「構いませんが、その場合、佐藤君しかカッパを倒す事が出来ません。鎧が無い人間がカッパの前に立つと失格になってしまいます」
「そんなアホな……」
俺だけで捕まえる? いや、しかし
「ん? なに?」
にこにこカツ丼食ってる、あのドアホが居ないと、戦力が半分以下になってしまう。仕方ない
「分かりました、向こうのファミレスも行ってみます。それで俺の装備はすぐに頂けるんですか?」
「ええ。あちらの店員さんに聞いてみてください」
あちらのとは、さっき案内してくれた人なのだが、凄まじくい胡散臭い笑顔で俺達を見守っている
「あ、あの〜」
「はい、ご案内します」
まだ何も言っていないのだが、とりあえず歩き始めた店員に着いてゆく
レジの裏に入り、厨房を横目に進んだ先は、ロッカールームと書かれたドアの前。ここでどうしろと言うのだろうか
「お客様はタキシード来たことあります?」
「ええ、姉に無理やり……た、タキシード?」
「では中でお着替え下さい。お客様の体型ですと……3番のロッカーの服をお使い下さい」
それだけを言い、店員は戻って行った
「…………」
カッパを捕まえに来ただけだった筈なんだけどな
「……着替えるか」
肩を下げ、ため息をつきながら、俺はドアを開けた
で、10分後――
「がつがつ、がつがつがつが!? んぐっ!」
「人のツラ見て、喉を詰まらすなよ」
気持ちは分かるが
「どうしたの兄貴。そのバカみてーな格好」
「英国紳士に怒られるぞ」
白いシャツに黒のズボンと上着。そして首元の蝶ネクタイ
春菜の所に戻った俺は、もはや立派なタキシード紳士と化していた
「つか何でそんな格好?」
「俺が聞きたいよ。とにかく、お前も覚悟しとけよ!」
とは言え、ウェディングドレスとかだったら、どうしよう
「意味が分かんねーけど……うん、よく見るとカッコいいぜ兄貴!」
「ありがとよ」
タキシードなんて、姉ちゃんと行ったパーティー以来だな
あの時は、姉ちゃんが露出度の高いドレスを着てきやがったせいで、散々な目にあった。俺はナンパ避けだったらしいけど……まったく、とんでもない女だぜ
「よっし、ごちそうさま! さ、そろそろ行こうぜ」
「ああ」
嫌な事は忘れて、伝票を……を!?
「お、お前」
「ん? なんだ、兄貴」
「カツ丼、チーズケーキに焼きプリン。そして親子丼、だと!?」
いつ食った!
「兄貴がどっか行っちゃったからだぞ。反省しろよな」
ぷくーっと可愛くふくれるが
「こ、この野郎」
またバイトしないといけないじゃないか!