三角バレンタイン 前編
間に合わなかった……。
ピンポーン
家のチャイムが鳴った午前11時。読んでいた本を閉じ、俺は部屋を出た
昨夜降った雪の影響か、廊下はいつもよりも寒く冷たい。体を縮ませながら玄関へと向かう
「……さむ」
早く春にならないかね、なんて思いながら開けたドアの向こうは雪景色
そんな真っ白な世界の中に、ダウンコートを着た一人の女性が立っていた
寒かったのか、こわばっていた頬は俺を見て微かに緩み、ほのかな赤みを取り戻す
そしてその柔らかそうな唇は、チョコレートよりも甘くとろけるような声で囁いた
「来ちゃった」
さて、今日は2月14日。14日と言えばあれだ、チョコレートとか貰う日だ
そんな日に、綺麗な女の子が家へやって来た。このシチュエーション、喜ばない男がいるのだろうか?
「……来ちゃいましたか」
俺がそうかもしれない
「今年も冷めた反応ですねー。ですが今年は去年の私とは違いますよ!」
「ほぅ」
やって来た女性、綾さんの顔は自信に満ちていた。これは少し期待してしまうな
「ふっふっふ、それでは行きますよ〜。ええと……」
持っていたバッグに手を入れ、綾さんは白い箱を取りだす。それを俺に差し出し、笑顔で言った
「じゃーん! 必殺の手作りチョコレートです」
「て、手作りできましたか」
去年言っていた通りだが、不安だ
「去年も沢山、中出ししてくれましたから頑張っちゃいました」
「仲良くね」
人聞きの悪い
「ですが、ありがとうございます。嬉しいです……これがまともなチョコレートならね」
綾さんの事だから、油断は出来ない
「知ってます? 昔の男性は女性の陰毛をお守り代わりにしたんですよ」
「なぜ今、そんな豆知識を出した」
「豆乳首? 私のはもう少しこう」
「知識!」
どんな耳してるんだこの人
「……知識ですか」
「そんなガッカリしなくても……」
まぁ何だかんだ言って常識ある人だから、心配はしてないんだけどな
「そうだ、お礼をしたいので良かったら部屋でお茶でも飲みませんか?」
今日は特別寒い。いつまでも外に立たせておく訳にはいかないだろう
「わ、いつになく積極的ですね〜。どーしょうっかなーお邪魔しちゃおっかなー」
チラチラと、思わせ振りな視線を送ってくる。これは暇だから構わないですが、もう一押しありませんかって事かな
「よし、菓子もつけましょう。とにかく入って下さい、風邪を引いてしまいます」
「ん、素敵な強引さです。それでは少しお邪魔しますね」
「ええ」
家に入ると、綾さんは直ぐにコートを脱いだ。胸元あたりで膨らんだセーターが目の毒だと言える
「あ、コートは部屋にあるハンガーを使って下さい。シワになってしまいますから」
折り畳もうとする綾さんを止め、いざ部屋へ
「佐藤君のお部屋、久しぶりです。これはもう、なんやかんやでエッチしてしまうルートに入ったとみても……」
「はい、ハンガー」
発言は全スルー
「……ちぇ」
綾さんは丁寧にコートを掛け、勧めた座布団へ静かに座る。正座をし、背筋をピンと伸ばしたその様は、1つの美術品を見ているような気分になってしまう
「剣道をやってる人って、みんな姿勢が良いですよね」
秋姉はもちろん、静流さんや真田先輩。ついでに宗院さんも結構良い
「礼を尽くすのが剣道の心ですから」
微笑むツンデレ剣道少女。この表情を普段からしていれば、氷の女王なんてアダ名はつかなかっただろう
「やっぱり綾さんは綺麗ですね」
たくさんの知り合いがいるが、綾さんより立ち振舞いが綺麗な人は少ない。残念なのは性格だけだ
「あ、ありがとうございます」
いつになく戸惑った顔を見せながら、綾さんは俺から視線を逸らす。どうしたんだ?
「…………ふぅ」
「綾さん?」
「参りました。やはり佐藤君はスケコマシです」
「真顔で言わないで下さいよ」
本当にスケコマシみたいじゃないか
「……もう。急に変な事を言うから、ちょっと緊張しちゃったじゃないですか」
綾さんは溜め息をつき、メっと俺を睨む
「緊張ですか?」
綾さんのような変……もとい冷静な人が?
「はい、しました。だからエロ本見せてください」
「なんで!?」
素で驚いてしまったわ!
「緊張した処女をほぐすには、もう濡らあいた!?」
「あのねぇ」
軽いチョップで綾さんを止め、生暖かい目を送ってやる。綾さんは頭を擦りながら不満ありげに俺を見て、
「ただの照れ隠しなのに……」
「今のを照れ隠しだと言う人に、緊張なんてありません」
まったく
「……さて、お茶を入れてきますが、何か飲みたいものあります? 大体のものは揃ってますよ」
我が家は家族が多い分、飲み物も豊富だ。常備24種類とそこらのファミレスを凌駕している
「では緑茶がありましたら、それをお願いします」
「了解。待ってる間なんか本でも読んでいて下さい」
「ではエロ」
「本棚にある本! を、読んでいて下さい」
「……はい」
変な所を探されないか一抹の不安はあるが、一応信用して部屋を出て行く。お茶うけは何にしよう
菓子の事を考えながらリビングへ行く。今日は家に誰もいないので、静かなものだ
「えーと」
キッチンでお湯を沸かしながら棚や冷蔵庫を探索。煎餅とドーナツ、プリンやシュークリームを発見
「……ふむ」
シュークリームにしておこう
菓子が決まった所で、玉露使用のお茶入れ。沸いたお湯を湯飲みに注ぎ、次にそれを急須に移す。そしてさらに別の湯飲みに移し替えて、湯冷ましをする
次に急須に適量の茶葉を入れ、湯冷まししたお湯を注いで浸透させる。時間は2分ってところか?
浸透したなと思ったら、最後は注ぎ分けだ。2つの湯飲みに少しずつ均等に注いで……と、説明する必要があったのか分からないが、とにかく完成。茶と菓子をトレイに乗せ、部屋に戻るとしよう
ピンポーン
「ん?」
また客か? 今度もチョコレートだったり……んな訳ねーわな