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戦場のメリークリスマス 後編

【先月18歳に御成りになり、もう美しすぎて神を越えた何かになられてしまわれた秋姉を害虫から守る会】



会員規則


1、秋姉に忠誠と祈りを捧げるべし


2、影となり日向となって秋姉を見守れ


3、お近づきになろうなどと決して思うべからず。粛正の対象となりうる


4、秋姉が黒だと言ったら、白鳥だって真っ黒だ。地球は平らで、ゲームの時代はスーパーファミコンで止まっているのだ


5、嫌がる秋姉にちょっかいをだす奴を見かけたら、殺……


6、犯罪って、見つからなければ犯罪じゃないんだょ。不思議だね



クリスマスが近づくにつれ、町はイルミネーションなどで艶やかに飾られていきました


この時期、いつもなら何となく浮かれてしまうのですが、今年はとてもそんな気分になれません


それは、今や町を支配した【秋姉を守る会】のせいです


会は秋先輩へ近づく者への尋問や拷問はもちろん、密告、告訴、果ては天誅騒ぎまで起こしているのです。この会が町に存在する限り、私はクリスマスを楽しむ事が出来ません


会について私の上司である田辺部長は、こうコメントしました


『この町に警察を越える新たな秩序が生まれた。なるほど町からは犯罪が消え、平和になったと言えなくもない。だけれど所詮彼らは悪であり、放っておくと無尽蔵に広がる疫病なのだ』


部長は会の事を疫病だと表現しました(後に行方不明)その言葉にそうだと賛同する私と、違うと否定する私がいます


ええ、誤解を恐れずに言うのならば、私は会を完全なる悪とは見ていないのです


それはきっと、会の実態を間近で見てきたせいでしょう


先日、こんな事件がありました。駅前で女性が、大学生風の男性2人にしつこく言い寄られたのです


その2人は、見た目も態度も悪い印象しか受けない。そんな方達でした


『ようよう、ねーちゃん。俺達とマックで朝までフィーバーしようぜ』


『今ならポテト100円だ。ほら、行くぞ』


『い、行かないわよ馬鹿!』


『ウヒョヒョ、ボインボイン〜』


『分かった、シェイクも付ければ良いんだろ。ほら、行くぞ』


『い、いや、誰か助けて〜』


女性を助けようとする人は、いませんでした。ですがそれを誰が責められるでしょう、私だって普通なら怖くて見て見ぬふりをしてしまうかもしれません


足が動いたのは私がジャーナリストだから。それを目指している人間だから、ただそれだけです


私は電話をポケットから取り出し、男性達に近寄ります


『あ、あの、あの、今、警察を呼びましたので……。もうじき来ます』


これはハッタリなのですが、人通りもありますし、相手もそう無茶はしないだろうとタカをくくっていました


『な、なにぃ、警察だとぅ! よっしゃこうなりゃお前をお持ち帰りだ!!』


『え!? きゃあ! や、止めて下さい!!』


男性は私の腕を掴み、強引に引き寄せます。記事にするぞ、こんにゃろー


『ええぃ、静かにせい!』


『むぐ!? む、む〜』


口を塞がれて声も出せなくなった時、ようやく気付きました。もしかして、とんでもない事になっているんじゃ?


私はジャーナリストを目指している人間です。この程度のピンチ、これから先いくらでもあるはず。頭でそう思っていても、身体が言う事を聞いてくれません


『む、うっ、うぅぅ〜』


怖くて、凄く怖くて。誰かに助けてほしくて


いくら助けてと願っても、声に出さければ誰の耳にも届かない。声が出せない人のためにペンがある


私は、一人じゃ自分の身も守れない無力な人間です。だけどペンを握る人間である以上、責任がある。だからこんな事じゃ負けてあげません!


『う〜! うう〜!!』


『こ、こら暴れるなって。飯食いに行くだけだから』


『あんま暴れるとキスするぞ』


『っ!? む、む〜!!』


ま、負けない! 負けないんだから!


『待ちなさい』


その声はあくまでも穏やかで、だけれど静かな怒りを内に秘めている、そんな声でした


『な、何者!?』


『俺達の蛮行を止めるお前は何者だ!』


戸惑う2人の視線を追うと、あの人の姿


『ぷは……き、キングブラザー?』


と、赤田先輩が、こちらへ向かってやって来ます。2人とも制服姿なのですが、あのヘンテコな腕章は何でしょう?


『君達、女性に乱暴してはいけないよ。もうすぐクリスマスだ、穏やかに過ごそうではないか』


『うるせー気取りやがって! お前に俺達の何が分かるってんだよ!? 俺達はクリスマスを憎む! クリスマスが無ければニワトリは殺されず、好きだった女も急に彼氏なんか作らなかった! 悔しくて、切なくて……だから俺達はパチンコに行ったんだよ! 光を掴もうと朝から並んで行ったんだよ!!』


『行彦……。夢と時間と12万、これが俺達の失った物だ。分かるか、PL4が三個買える値段だぞ?』


悲痛な訴えに、キングブラザーは憐憫の眼差しを向けて言います


『君達も哀しみを背負う者か……。どうだ私達と共に神に仕えてみないか?』


『う、うるせぇ! 同情なんざいらねぇんだ!!』


私を突き離し、キングブラザーへ飛び掛かって行く行彦さん。振り上げた拳は硬く、動かないキングブラザーの顔へ真っ直ぐ打ち放ちます


『あ、危ない!』


その時、キングブラザーの隣にいた赤田先輩が動きました。付けられたアダ名に相応しい、鋭く早い動きです


『……貴様。マスターに拳を向けたな?』


赤田先輩は行彦さんの拳を片手で受け止め、猛獣のような目で睨みます。離れている私ですら背筋が寒くなるその目に、行彦さんは怯みました


『な、なんだよ』


『……マスター、粛正の許可を』


粛正!? 写真っ、じゃなくて! 止めなきゃ


『子猫がじゃれてきただけだ。離してあげなさい』


『はっ!』


私が止めるまでもなく解放された行彦さんは、ヨロロと体勢を崩しながら後ろに下がりました


『ち、ちくしょう、舐めやがって。これもみんなクリスマスが悪いんだ! クリスマスなんてなければ、パチンコがグランドオープンさえしなければー!!』


『……哀れな』


パチン。キングブラザーが指を鳴らすと、駅前のスピーカーからサイレンが鳴りました。突然の事に私や行彦さん達は戸惑います


『どうしましたキングブラザー!』


『敵なのね、ブラザーの敵なのね!!』


……ええと、何と言ったら良いのでしょう。町のあちこちから人が集まって来ました


足場を組んでいた足場屋さん。自転車パトロールをしていたお巡りさん


サラリーマンだと思われる方もいますし、水商売風の方や、ちょっと怖いヤクザな方もいます


床屋さんはお店からお客さんと一緒に出て来ました。駅員さんも駅から飛び出して来たのですが、お仕事は大丈夫なのでしょうか?


『な、なな……』


『構成員600。準構成員1750。学生、会社員、警察、大工、弁護士、医者、教師、暴力団、議員、検事、おばちゃん、おじちゃんエトセトラ。これが我ら会のメンバーだ』


『なー!?』


行彦さんが腰を抜かすのも無理ありません。正直な所、私もビビってます


『みな、よく集まってくれた』


イエス、キングブラザー!


集まった全員が右手を胸にやり、忠誠のポーズをとりました


中には泣いている方もいらっしゃるようで、もう何がなんだか分かりません


『諸君、人生は辛いかね?』


イエス、キングブラザー!


『なら不幸かね?』


ノー、キングブラザー!!


『それは何故だ?』


秋様! 秋様!! 秋様!! 秋様ー!!!


地面が震える程の連呼にキングブラザーは満足げに頷き、片手をあげました。すると声は止み、皆さんは静かに解散していきます


『生きるのは辛く、大変だ。時に挫け、時には道を踏み外すかもしれない。だが腐っては駄目だ、腐ればいずれ朽ちてしまう』


『く、腐る? 俺達は腐ったリンゴだと言うのか!』


『そうだ、腐ったリンゴだ。だがまだ戻れる、お前達は人に戻れるんだよ!』


『人に……』


『ただ迷っている。何故か? 神を信じていないからだ』


『神を……神とは何だ』


『明日食べるものがなかったとしても、神がいれば笑って死ねる。それが神』


『か、神!』


『目を閉じなさい、そして唱えなさい。秋姉、秋姉……と』


『あ、秋姉、秋姉……こ、これは』


『暖かいだろう? 君達は今、神に包まれている』


『ああ、神よ……』


『立ちなさい。そして真っ直ぐに生きなさい。これから君達は神に恥じない生き方をしなくてはなりません』


『イエス、ユアハイネス』


『イエス、マイキング』


『さぁ行きなさい。そして生きなさい。神に恥じる事の無い、実り多き人生を』


『はい、ブラザー』


『ありがとうございました』


2人は幸せな夢でも見ているような表情で、駅の中へと入って行きました。残された私は唖然とするばかりです


そんな私にキングブラザーは視線を向けて言いました


『大丈夫かね? 新聞部の浅川君』


『っ! ……私の事を知っていたんですね』


『ふふ、当然だよ。何せ君は私の組織を潰そうとしているのだからね』


『……何故、そんな私を助けたんです?』


『何故とは?』


『私は貴方の敵です。余裕のつもりですか?』


『君が困っていた。それだけだ』


『…………』


『また困った事があったらいつでも言いなさい。私や赤田が付けているような腕章を持った人間は、すべて幹部だ。彼らに相談するのも良いだろう』


マスコット秋ちゃん、せーふくバージョン。デフォルメされた秋先輩が描かれている腕章にはそう書いていました。可愛いから一枚欲しいですが、男の方が付けていると不気味ですね


『では、私はパトロールがあるので。良いお年を』


『……はい、良いお年を』


キングブラザーは優しく微笑み、赤田先輩と歩いて行きました


『…………悔しい』


完全に負けました。敵だとも思われていません


ですが同時に嬉しくもあります。私が戦っている組織は計り知れないほど大きくて、そして完全なる悪ではない


いつか潰す。その決意に迷いはありませんが、彼らが時に尊敬しうる敵である事に、私は感謝しています。一年、浅川 かなぎ



「と言う夢を見たんですよ」


「……また随分、荒唐無稽な夢を見るね君は」


1月6日は登校日です。ホームルーム後に何気なく寄った部室には、部長が1人でカメラのチェックをしていました


そんな部長のお手伝をしていると、初夢の話になります。部長の初夢は、24時間密着で議員さんの取材をする夢だったらしいのですが、部長らしいですね


「僕は行方不明になるし、酷い話だ」


「あはは〜、すみません。でもでも、凄かったんですよキングブラザー」


「確かに学校内での彼は、かなりの力を持つ。けれど外ではただの学生だよ」


「はい分かっています。私も変な夢を見たな〜って思っているんですよ」


それだけ気になってるのかな? なんてね


「よし、これで終わりだ。手伝ってくれてありがとう、助かったよ。戸締りは僕がやるから君は先に引き上げてくれ」


「はい、部長」


先に失礼しますと別れの挨拶をし、部室を出ます。帰ったら何食べよ


「…………あ」


部長に新年の挨拶をするのを忘れていました。きびすを返して、部室に戻ります


「すみません、挨拶を忘れていました。部長、今年もよろし……く?」


ドアを開けた時、私は見てしまいます。驚いた顔をした部長が、バッグからマスコット秋ちゃんの腕章を取り出していたのを……




明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しく

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