第157話:秋の約束
そのうち削除。夏の夏
暑い夏の昼下がり、飲み物を取りに階段を降りていた時、リビングの方から何かを揉めるような声が聞こえてきた
「もういい加減にしてお兄ちゃん!」
「雪葉こそいい加減にするんだ!」
声は恭介と雪葉? ケンカかしら、珍しいわね……。よし、止めてあげるか(たまには姉として尊敬されたい)
「ちょっと、どうしたのよ二人とも」
リビングに入って尋ねると、恭介は眉をしかめながら言った
「どっちがより相手を好きかで揉めてるんだよ」
「……は?」
「雪葉の方がお兄ちゃんの事、好きなんだから!」
「いや、俺の方が雪葉の事が好きだ!」
「あっ、あの……、うれしい。で、でもでも雪葉の方がお兄ちゃんの事、好きだもん!」
「そ、そうか、ありがとな。だ、だが俺の方が好きだ!」
「…………」
なんかもうどうでもよくなった
甘い香りがした。桜の花のような、甘くてどこか切ない香り
懐かしい。いや、いつも側にいてくれた。不思議な感覚に戸惑いながら、俺は目を開けた
「あ……。恭介」
「……秋姉?」
目の前には何故か秋姉がいて、その目を少し潤ませていた。どうしたのと尋ねると秋姉は小さく首を振り、優しく微笑む
「えっと……ここは?」
細いパイプで出来た簡易ベッドの上で横になっているみたいだが、この部屋に見覚えがない
「……幼稚園の園長室」
「幼稚園? ……あ!」
そうだ、俺は着ぐるみのバイトをしてて……あれ?
「でも俺は何でここに?」
園児達から逃げていたのは覚えているけど、その後の記憶がない
「……子供達と遊んでる最中に、貴方は倒れたの。すぐに着ぐるみを脱がせたのだけど、意識がなくて……。それでこの部屋に」
「そっか……熱中症だったのかな」
異常に暑かったし
「ん……。もうすぐ救急車が来るからね」
「え? あ、だ、大丈夫だよ、行かなくても」
上半身を起こして元気っ子アピール
「だめ」
「わ、分かったよ」
見つめられてしまったら断れない。また病院か……
「……お水、飲める?」
「いいよ。あまり喉渇いてないんだ」
それどころか、水を飲んだ満足感がある
「……口移しでけっこう飲んでくれたからかな?」
「ああ、そうかもね……口移し!?」
まさか秋姉が!
「ん……さっき、お巡りさんが貴方に」
「どっちの!?」
「え? ……男の人の方」
やっぱり!
「……迅速な応急処置をしてくれたよ? 最初に濡れた布で貴方の唇を湿らせたあと、水を口に含んでゆっくりと……」
「そ、そう」
なんだか気分が悪くなってきた。心なしか吐き気も……
「……さっき私も真似したんだけれど、全然飲ませてあげられなかった。コツがあるのかな?」
おぇ。微妙にオッサンっぽい味もするし、最悪だ……あ
「ご、ごめん秋姉。今、話を聞いて無かった。もう一度言ってもらっていい?」
「ん。無事でよかった」
にこっと微笑む秋姉。この微笑みだけで俺は、三回復活できる
ガチャ
「車、すぐ来てくれるから。あ、起きたのね!」
ドアが開いたと思ったら婦警さんが入ってきて、嬉しそうな声を上げた。心配してくれたのか?
「心配かけてすみません、ありがとうございます」
「イベント中に死なれたら、間違いなく私が責任を問われるからね」
「そっちの心配か!」
礼なんか言うんじゃなかったぜ
「まことに遺憾でありもうす。なんてコメントしちゃったりして、あはは」
「…………」
録音して訴えたら勝てるんじゃないだろうか
コンコン
組織と戦う決意を固めていたら、今度はノックの音がした。秋姉が「はい」と返事をすると、ドアが静かに開く
「失礼します」
頭を軽く下げて入って来たのは、涼しげな目を持つ女性。その人は俺を見て息を呑み、ほっと顔を緩ませる
「恭介さん、お目覚めになられていたのですね。よかった」
胸に手をあて、たおやかにおっしゃる謎の美女。って綾さんじゃないか(裏バージョン)
「心配お掛けしました。レッド君は、やっぱり綾さんだったんですね」
「はい。お父様にお願いしてお仕事を頂いたのですが、ちょっと張り切りすぎてしまいました」
と、照れくさそうに言うが、普段タ〇ポンだポコ〇ンだ言う人なんで余り説得力がない。ま、それはともかく
「お疲れ様でした。ピンクちゃんはもう帰ってしまいました?」
最後をめちゃくちゃにしてしまったから、一言謝りたい
「…………」
「…………」
姉と婦警、二人の女性は何言ってんだコイツ? って目で俺を見た。な、なんだ この変な雰囲気は
「あ、やっぱりまだ気付いてなかったのですね」
最後の一人はしてやったり、てな顔をする。そして信じられない事を言いやがりました
「ピンクちゃんは秋さんですよ」