俺のアルバイト 2
「あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんはハーレで山へ芝刈りに、お婆さんは自慢のGC8で200キロ出して川へ洗濯に向かいました。そんな時、タヌキさんがいきなり車道に飛び出して、お婆さんの車に跳ねられてしまいました。お婆さんは慌てて救急車に連絡をしようと公衆電話を探すのですが、ふと気付くと跳ねたはずのタヌキさんは消えていて、代わりにそこには血に染まったお爺さんの姿が――」
「ハァハァ……、うう」
教室では和やかな紙芝居が始まった。しかし俺は、太陽に全身を焼かれ続けている
木陰に逃げ込もうとも思ったのだが、何人かの園児達が紙芝居そっちのけで俺に手を振ってくれているので、パフォーマンスをやらざる得ない
「い、いやっほー。交通ルールを守るのって楽しいーな! 君たちも守るンだぞー。ぽ、ポーピーとの約束っ!」
陽気なステップや、可愛らしいであろうポーズをとる度に、俺の命が削られてゆく。こんなところで死んだら末代まで笑われそうだ
「ハァハァ……ん?」
婦警さんが、こっちを見ながら何かをやっている。ジェスチャー?
「……むう」
×。で、頭を上に抜く? 腰に手をあててグイっと
「う〜ん」
ここは良いから、着ぐるみ脱いでなんか飲め。かな
俺もグイっとポーズをとると、頷いてくれた。よし、それじゃお言葉に甘えて飲みに行くか
子供達に手を振り、ふらふらしながら園内を出る。確か少し先に自動販売機があったはず……あ、見っけ
短い足を高速で動かし、飛び込むように自動販売機の前に立つ。そして封印を解くべく、頭を持ってパカっと……
「……あれ?」
外れない。ってそりゃそうだ。これは頭から足まで全部が繋がっているタイプの着ぐるみで、背中から入るのだ
俺は背中のファスナーを開ける為、後ろに手を伸ばす
「ぬ……ぐ? ぐぅう!」
腕の可動範囲が少なくて、手がファスナーに届かない!
「こ、これは……」
罠?
「ヌ、ヌオオー、ヌオオオーいぎ!?」
これ以上腕を伸ばしたら、腕の筋が切れてしまう!
「あ……、ああ、あぁぁぁ」
暑い、喉が渇いたもう駄目だ。きっと俺はここで死ぬんだ……
絶望し、俺は自動販売機を抱くように寄りかかる。熱いな、お前の体は……
その時、誰かに背中を優しく触れられた気がした。そしてファスナーは下ろされて、俺はクロスメイデンから解放される
「あ、ああ」
夏の風が俺の体を撫でるように吹いた。涼しい……
「ありがとうごさいます、助かりました!」
正面から礼を言いたくて、着ぐるみを半分脱いで振り返る。するとそこには
「うわ!?」
首からホワイトボードをぶら下げたピンク色のポーピー君が、不気味な笑顔で立っていた
「…………」
「す、すみません、少し驚いてしまいました。バイトの方ですか?」
ポーピーピンク、略してポーピンはコクリと頷く
「暑いのに大変ですね〜。そこの幼稚園で?」
コク
「俺と一緒です。今日は宜しくお願いします」
コクン
よし、仲間が増えた。これで少しは気合入るぜ
「あ、なんか飲みます?」
自動販売機に金を入れながら聞くと、ポーピンはフルフルと首を横に振った
「じゃあ俺だけ失礼して……。ふー、うまい!」
ただの水なのに、最高の甘露だ
「あ、脱がなくて大丈夫ですか? 脱がしましょうか?」
めちゃくちゃ暑いだろうに
「…………」
ポーピンはホワイトボードを手に取り、横についていたマジックでボードに何かを書いた
「?」
《大丈夫、なれてるよ》
「そうですか」
着ぐるみバイトの達人?
尊敬の眼差しで見ていると、ポーピンはホワイトボードを小さな黒板消しで拭いて、また何かを書いた
《文章でごめんね。ポーピー君ガールは喋れない設定みたいだから》
「なるほど。それで休憩時間も徹底して……バイトの鑑ですね」
《そうかな。切り替えがうまく出来ないだけだよ》
「いえいえ、そんなそんな」
奥ゆかしい人だな
「……ふぅ」
それにしても暑い。もはや地獄だ
《暑いね》
「ですね〜。パンツとかびしょ濡れですよ」
《私も。帰ったらシャワー浴びないと》
私!? 女性か!
「し、失礼しました!」
《どうしたの?》
「あ、いえ……。なんでもないです、すみません」
別に気にしてないのかな?
《ところで、どうして敬語なの?》
「え? ええと……じ、じゃあ普通に話す」
《うん。敬語、びっくりしちゃった》
「あはは」
フランクで良い人っぽいな。バイトが楽しくなるね、こりゃ
「おーい、次はじまるよ〜」
水を飲み終わったタイミングで、婦警さんが呼びに来た。隣には黄色いヘルメットを被り、ランドセルを背負った若い警察官がいる
「…………」
彼は一体
《衝突事故の再現をするみたい》
「なるほど」
仮想小学生と言う訳か、恐ろしく似合わないけど
《一緒に頑張ろうね》
「はい!」
エネルギーも補給したし、給料分頑張ろう!