第156話:俺のアルバイト
いよいよ秋姉のインターハイが8日後と迫った八月二日。俺は太陽の下で汗だくになっていた
「みんなー。ポーピー君が来てくれたよー」
「わーい」
「ポーピーくーん。こんにちはー」
建物の隅から婦警さんの紹介で現れた俺に、幼児達が歓声をあげる。そう、今の俺は彼らのヒーローなのだ
「やあ、みんなポーピーだよ。車には気を付けるんだよー」
「はーい!」
さて此処はとある町の幼稚園。現在、地元警察による交通安全のイベントがおこなわれている
そのイベントの中で、俺は頭からアンテナを生やしたオレンジ色の不気味な生物の被り物をし、子供達に囲まれていると言う訳だ
何故こんな事になっているのか? それを説明するには、1日前に戻らなくてはなるまい
事の起こりは昨夜。夕飯後リビングで求人誌を読んでいた俺に、大魔王が声を掛けてきたのが始まりだ
『アンタ仕事探してるの?』
外から帰ってきた姉ちゃんは、ブラウスを床に脱ぎ捨てながらソファーへどっしりと座る。態度がデカイのは、母ちゃんや秋姉がいないからだろう
『ああ、うん。秋姉の応援に行くのに、三万ぐらい欲しくてさ』
先月は使いすぎた。もはや行きの新幹線代すらギリギリだ
『自腹で行くなんて偉いじゃない。そうねぇ……稼げる仕事を紹介してあげてもいいわよ?』
『本当? ぜひ』
『マグロを釣る簡単な仕事。アンタにも出来るでしょ?』
『それ簡単じゃないよね! 外国人と一年ぐらい船乗っちゃうやつだよね!?』
『そうなの? けど松方とか梅宮が1日で釣ってるじゃない』
『あの人達と一緒にしないで!』
あの人達の釣りは、ファンタジーだ
『情けないわね。他は知らないわよ』
『そう……』
なんて役に立たない姉なのだろう。だいたい何でマグロ漁船なんか紹介出来るんだ?
『あ〜暑いわね。クーラーもっと効かせなさいよ!』
そう言って姉ちゃんはリモコンを手に取り、ピッと操作をする。汗で濡れた白いシャツから乳が透けているのだが、奴は気にしない。何故なら暑いから
『姉ちゃん、透けてるよ』
『あん? ……どうでも良いわよ』
いつもなら拳かラリアットが飛んで来るところだが、姉ちゃんは暑いと怒る事すら面倒になってしまうのである
『……ふふふ』
ようやくこの季節が来てくれた。酒も止めてるし、しばらくは大人しいかもしれん。それにしても……
『わりの良いバイトって、中々ないもんだね』
重労働で日給5千円とか、良くても7千円程度のものばかりだ
『日払いなんてそんなものでしょ。アタシみたいに勉強でも教えれば? ガキ相手に一時間で1万のボロい商売よ?』
『塾の講師とかが聞いたら怒られそうな発言だね』
こんなんでも指導を受ければ必ず成績がアップする、引く手あまたな家庭教師らしい(月に数回しか働かないけど)
『俺は地味に探してくよ』
テッシュ配りとかが無難かね
『あっそ。はー、やっと涼しくなってきたわ』
『そりゃ良かったね……あれ?』
投げ捨てられていたブラウスが消えている。いつの間に片付けたんだ?
『……なによ』
『あ、いや、なんでもない。ええと何か良い仕事は……』
ペットボトルのオマケ取り付け作業か。場所も近いし、これにするかな。時給は800円を八時間、5日働いて32000円也
『……うむー』
もう少し欲しい
『まいった』
もっと早くにバイトをするべきだった。誰か良い仕事知らないかね、マグロ以外で
『…………あ』
居るじゃないか、アルバイトの達人が
俺は携帯を取り出し、達人にメールを送る
それから数分後、電話が震えた。液晶を見ると達人の名前が出ていた
『はい、もしもし』
『こんばんは、佐藤君。昨日はお疲れ様でした』
電話の相手はバイトマスター綾さん。メールでの返信ではなく、直接連絡してくれたようだ
『綾さんこそお疲れ様です。メール読んでくれました?』
『はい。お仕事の事ですね、キツいですけど二時間1万円のお仕事ありますよ』
『1万!? 凄いじゃないですか、ぜひ教えて下さい!』
『分かりました。では明日、朝の8時にいつもの警察署へ出頭して下さい』
『人聞きの悪い事を言わないで下さい』
いつもので通じてしまう辺り、もの悲しさはあるが
『署に入りましたら受付の方にポーピー君のアルバイトで来ましたとお伝え下さい。徳永 雅夫の紹介だと言って頂けるとスムーズにいくと思います』
『ポーピー君?』
『夏のアルバイトは被り物で決まりです。水分補給だけは、きちんとして下さいね』
とまぁこんな感じで話が進み、今日に至った訳だ
「それじゃみんなー。今日はお姉さん達と楽しく勉強しようねー」
「はーい」
基本的に話は婦警さんが進めてくれる。俺は可愛い動きをしつつ、婦警さんに交通ルールについての質問をしたり、子供達と楽しく話したりすればいい。楽なもんだ
「さーそれじゃ紙芝居やるよー。みんな教室に入ろうねー」
ふー。やっと教室に入れるのか。さすがにずっと太陽の下はキツいからな
教室へ向かう婦警さんの後に子供達と手を繋ぎながら続く。たかが10分外にいただけでこの汗とは。今年の夏は恐ろしい
「はい、みんな先に入ってねー」
婦警さんがガラス窓を開けると、子供達はぞろぞろと入って行った。それを見守り、俺も最後に入
「あ、ポーピー君は外で待機ね」
「…………え?」
「……ここの園長うるさいのよ。汚れた足で入らないでくれって」
顔をしかめながら小声で言う婦警さん。そしてごめんねと謝罪後、あっさり窓を閉めた
「…………」
嘘でしょ?
「はーいみんなー。今から教室で紙芝居やるよー」
わーい
涼しい教室内で子供達は大ハシャギ。俺はそれを窓の外から眺めるだけ
「…………」
死ぬかもしれん