第155話:春のあかつき
八月一日の昼。リビングのソファーで優雅に饅頭を食いながらアイスコーヒーを飲んでいると、タンクトップにピチピチのレギンスと言った、スカートぐらい履けよと言いたくなる格好の妹がやって来た
「ね、兄貴。私のパンツ知らね? 水色の」
「……何で俺に聞きやがるんだお前は」
いつもいつも!
「ん? オカズに使ってんだろ? なくなってたら絶対そうだって真理が言ってたぜ」
「……またか」
昨日、春菜に余計な事を言うなと怒っとくべきだった
「だけどオカズってスゲーな。パンツ見ると食欲わくの? ご飯が進むってやつ? 偏食は駄目だぜ兄貴」
いいこと言ったぜってな顔する妹に、俺は何を言えばいいのだろう。誰か教えてくれ
「で、パンツは?」
「知らん。それよりお前も饅頭食うか?」
「食う!」
誘うと、春菜は飛び込むように俺の隣に座った
「横に座んなや。狭いっぺよ」
「いいだろ別に」
そう言い、ごく自然に俺のアイスコーヒーを飲む
「こらお前! 全部飲むなよ!?」
ジャ〇アンかこいつ!
「饅頭食わせろ〜」
春菜はゴロンと俺の膝を枕に横になり、口をぱっくり開けた
「自分で食えって」
横着にも程があるぞ
「なんか今日、ダルいんだよ」
「え? 夏バテか? ……分かったよ、ほら」
「あむ。……やっぱ夏休みだからって、徹夜するもんじゃねーな」
「ただの寝不足か! おら起きろ!」
足を揺らして振動をおくる。ふふふ、寝てられまい
「あ〜きもちわり〜やめてくれ〜」
「参ったか!」
「参った、参った」
春菜は起き上がり、グダーっとソファーに体を沈めた
「あ〜足だりー」
「お前なぁ、雪葉を見習えよ。ほら見てみろ、さっきから俺達の服の染み抜きをやってるんだぜ」
ダイニングテーブルに目を移すと、そこでは雪葉が黙々と染み落としをやっていた。実は俺がリビングに来る前からやっていたのだが、あまりの真剣さに声も掛けられなかったのだ
「無理」
「……まぁ、あそこまでにならなくてもいいけどさ」
服の下にタオルを敷き、歯ブラシに台所用洗剤を付けてトントン叩きながら落としている様は、とても小学四年生とは思えない
「雪は凄いよな〜。兄貴も見習えよ」
「あれ? いつの間にか立場逆転?」
しかも反論出来ない
「あ、凄いと言えばさ」
「なんだ?」
「今日、秋姉と久しぶりに走ったらさ、秋姉、スッゲー走るんだよ。走り終わったあと私、疲れちゃって少し休んだんだけど、秋姉は直ぐに竹刀の素振りし始めるし体力の化け物だと思ったわ」
「秋姉も凄いけど、お前は寝不足だったからだろ?」
お前より化け物は余りいない
「さすがに朝から20キロはねーよ」
「20キロ!?」
化け物か!
「と、当然ゆっくり走ったんだよな?」
「ん? 1時間20分ぐらいかな」
「早っ!?」
化け物だ!
「す、凄いな。てか付いていくお前も大したもんだ」
「へへ。秋姉も褒めてくれたぜ? 春菜は凄いね、来年には負けちゃうねってさ」
「そうか、良かったな」
来年までは勝てそうなのか。やっぱり秋姉は凄いな
「秋姉には頑張ってほしいな〜」
「お前が応援するなら秋姉は頑張るよ」
そういう人だから、強い
「……そっかー。よし、応援するぜ! サンキュー父ちゃん」
「誰が父ちゃんだ」
これ以上、俺を不安にさせるのは止めてくれ
「あ……へへへ」
「なぜ照れる」
「だってよー、兄貴父ちゃんに似すぎなんだよー」
そう言って春菜はうつ伏せで横になり、グリグリと俺の股間様に顔をうずめた
「って痛いよ! 攻撃か!?」
「全然似てねーのになんで?」
ちらっと俺を見上げる春菜さん。茶色がかった瞳が、疑問と好奇心で輝いていた
「知らんわ!」
加齢臭はない! ……と思う
「まぁいいや。とにかく似てる! だからもっと可愛がれー」
両手を上げて、アピール。なんつー甘えっ子だ
「たまには夏紀姉ちゃんに可愛がってもらえよ」
きっと可愛がってくれるさ。色んな意味で
「…………いや、いい」
「…………だな」
言っといてなんだが、やっぱりアレはない
「秋姉は目標だし、雪は妹だし、私を可愛がるのは兄貴の仕事なんだぞ」
「勝手に仕事を増やすな」
姉ちゃんの世話ですら大変なのに
「兄貴はケチだぁ」
「ケチって……む? 春菜?」
「んぅ…………」
「……寝るなよ」
まったく
「仕方ない妹だな、お前は」
おやすみ春菜
「……むにゃ」
今日の寝不足
春>>>>夏>>秋>母>雪≧俺
「出来た! うん、完璧」
「ゆ、雪葉〜。後で俺のズボンも染み抜きお願い出来ないか?」
「うん、いいよ」
「……ふぁー。ん? なに兄貴、股濡れてんけどションベン漏らしたの?」
「お前のヨダレだ!」
つくだに