会の観賞会 4
相変わらず、ここの兄妹は面白い。柚子が逃げた方を見ながらそんなことを思っていたら、兄貴の方が戻って来た
「お待たせしましたマスター」
「うむ」
新谷から雑巾を受け取り、床を拭く
「僕が拭きますよ」
「大丈夫だから赤田達の相手をしてやってくれ」
さっきからトレイを持ったままだ
「分かりました。では拭き終わったら、そこに置いておいて下さい」
「あいよ」
ドアの前から退いて、新谷を通してやる。そんで床をフキフキっと
「……さて」
俺もお茶にしよう
雑巾を置いて部屋に戻る。中では赤田が物珍しそうにあちこちを眺めていたが、鈴花の方はお前の家かってぐらい寛ぎながら茶を飲んでいた
「お疲れ様でしたマスター」
「うむ」
所定のソファーに座り、テーブルに置かれたカップを手に取る
「コーヒーか」
砂糖とミルクが一つずつ。よく分かってるぜ
「先ほどは柚子の相手をして下さり、ありがとうございました」
「礼を言われる事じゃないって。いい子だしな」
うむ、よい豆だ
「柚子はマスターになついていますからね。そう、それは引かれあう闇と光の宿命のように」
「宿命ねぇ」
柚子と出会ったのは4月末頃。新谷の家を訪れた時に紹介されたのが初めてだ
で、唐突に!
〜春頃の回想〜
『僕の妹を紹介しても宜しいですか?』
新谷の部屋で腰を下ろした時、ようやくその言葉が出た
『うむ、許す。と言うより気になっていた』
新谷の後ろには、俺が家に入った時からずっと背後霊みたいなのが付いている
『柚子。マスターに挨拶しなさい』
新谷が促すと、隠れていた背後霊はちょこっと顔を出し、
『…………ん』
また隠れてしまった
『……すみませんマスター。少し人見知りをしてしまう子なのです』
『初対面の人間を警戒するのは悪い事じゃないぞ。えっと、俺は新谷の先輩で佐藤 恭介。宜しくな柚子ちゃん』
『…………』
『ほら柚子、君が会いたがっていた死塵眼の持ち主だよ。邪眼殺しとも呼ばれる呪われし目、イービル・アイ』
『なんつー紹介を妹にしてやがる』
『あの瞳が真なる力を取り戻した時、冥界の王が蘇る』
『冥界の王なら家にいるぞ』
酒好きの
『極星の刻は近い。そうなのですね、マスター』
『知らんわ! たく、そんなこと言ったら益々怖がらせて……ん?』
『……すごい。本当に死塵眼』
まだ半分隠れているが、どこか目を輝かせて俺を見ていた
『死塵眼って……ま、いいか』
興味を持ってもらえたんだ、良しとしておこう
とまぁ、これが柚子とのファーストコンタクトだ。そしてそれからも何度か会い、柚子とは少しずつ打ち解けてきた
その証拠に何度目かに訪れた時は
『い、いらっしゃいませ恭にいさま。死塵眼の調子はどうですか?』
と、快く出迎えてくれた。会話の内容はおかしいが
「なんにせよ柚子と仲良くなれたのは嬉しいよ」
最近は口調も砕けてきたしな
「ようするにロリコンなのね」
「冷たい目で呆れた風に言わないでくれない?」
ほんまもんの変態に対する態度だぞ、それ
「ロリコンでもなんでもいいわ。それよりマスター、新谷には聞かなければならない事があるのではなくて?」
「良くはない。良くはないが、確かにその通りだ」
我らの目的はあくまでも秋姉
「新谷、お前に聞きたいことがある」
「……分かっています。一億年前、創世神によって造られた蒼き輝きの女神のことですね?」
「うん、なにも分かってないな」
「一人で輝いてなさい。わたし達が聞きたいのは秋様のことよ」
「秋様のことですか?」
「うむ。先日秋姉がテレビに出たそうなのだが、知っていたか?」
「いいえ、初耳です」
「……そう」
はた目で分かるほど落胆し、鈴花はため息をつく
「我が、我が放送に気づいてさえいればー!」
正直、お前にはあまり期待してなかったと言ったら怒るだろうか
「……そうですか、秋様がテレビに。申し訳ありません」
「俺達だって知らなかったんだ、気にするなよ。しかし次はどこに行けば……」
残りは遠藤と岡田だけだが、あの二人は忙しすぎて中々捕まらない
「むぅ」
どうするべ
「ま、マスターがお悩みになられておられる! なれば我はただ待つのみ。……ぬ?」
きっちり閉めてなかったのか、赤田は僅かに開いたドアに目をやって、首を傾げた
「どうしました? ……ああ、そうですか」
それを見た新谷が一人で納得し、ドアに向かって声をかける
「こら柚子」
ゴツン。ドアに何か硬い物がぶつかり、その後ゆっくりと開かれた
「…………」
ドアの先には柚子が申し訳なさそうな顔で立っていた。ギュッと握り締められた両手が、緊張を物語っている
「覗き見はよくないよ」
「ご、ごめんなさいにいさま」
「僕じゃなく、みんなに謝らないと」
「は、はい……」
おそるおそる部屋へ入り、泣きそうな顔で俺達の前へ立つ
「ご、ごめんなさい」
そしてペコリと頭を下げ、素早く新谷の後ろに隠れた。うん、よく頑張ったな柚子
「いいよ、聞かれて困る話はしてない。な、鈴花」
「ええ。困るのは貴方だけね」
そうでしょう? ロリコン。冷たい目がそう語っていた
「お、お前……」
「新谷、その童女は一体?」
びくっ! 柚子は体を跳ねさせ、新谷の足に抱きつく
「赤田先輩とは初対面でしたね。彼女は僕の妹で柚子と言います。柚子、あちらがマスターの右腕、デスパレードのブラックパンサーさんだよ」
「酷い紹介だな」
「あ、あの人がデスパレード……」
それで通じてるところも、また酷い
「ところでさっきから落ち着かないけれど、どうしたんだい? 僕らに何か話でも?」
新谷が尋ねると、柚子はちょこっと顔を出し、
「……はい。恭にぃ、わたしの部屋で5時までゲームをさせてやる。……だめ?」
と聞いてきた
「ごめんな、これから俺達は新たな旅に出ないといけないんだ」
今は4時。もうあまり時間がない
「……じゃ、いい」
がっかりさせてしまったようだ
「遊んであげれば? 後はわたしが探すわ」
白けた風に言い、鈴花は立ち上がる
「我も共に行こう」
「わたしだけで探すわ」
お前はウザイからいらない。凍てつく目がそう語っていた
「そうか。じゃ秋姉は鈴花に任せて……少し遊ほうか、柚子」
「うん!」
と、その時、俺の携帯が震えた。そしてこれこそが、長い旅の終焉を告げる福音となる