綾の大切 9
「だからこう、ていやっと投げる」
「ていや?」
「そう、見てるから投げてみな」
「穢れた目で見ないで下さい!」
真理ちゃんにボウリングの投げ方を教えて数分。そろそろ嫌になってきた頃、それは起こった
「ぼ、ボウリング最高! んっじゃいっちょ楽しむか、ひゃっほー」
「…………」
ロビーから戻って来た溝口さんは、ハイテンションな棒読みという、全く新しい芸を披露してくれた
それを見た俺達は目を逸らし、そのまま押し黙ってしまう。きっとあれは、触れてはいけない物だ
「さ、さ~俺の出番はいつだ~。一投一発ストライクーってか!」
「まぁ文之兄さんったら。そんなにはしゃいでしまって」
うふふと隣で微笑む綾さん。何だろう、このどうしようも無い空気は
「えっと……、結城?」
次はお前だ。とりあえずボウリングを続けよう
「あ、うん……」
ゴロゴロゴロ
《ストラーイク、やったね!》
「や、やったね」
ひきつった顔でピースサイン。う~ん、ぶれないね~
「次は綾さんですよ~」
「は~い」
綾さんは小走りでやって来て、ていやと投げる。そして見事ストライクを取った
「うまいですね」
ボウリングはあんまりした事ないらしいけど、投げ方がとても綺麗で、少しカーブもかかっている
「恭介さんの教えが良かったからです。タマを転がして遊ぶのって、楽しいですね」
台詞にどことなくエロスを感じるのは、俺の気のせいだろうか
「次は俺か! いくぜ、いっちゃうぜ~」
「…………」
痛い。テンションが痛い
「とぅ! 文之選手、第一投、放ちました!」
投げた球はピンを6本倒し、レーンに吸い込まれる
「おっしぃ! 俺はセクシィー」
そして何故かタップダンスを始めた。どっかで頭でも打ったのか、この人
「せ、先輩、大丈夫ですか?」
様子のおかしさに、心配になったのか結城が声を掛けた。にこやかだった溝口さんの顔が一瞬能面のようになり、
「……何も言うな、そして忘れろ」
「う、うす」
「よし……盛り上がって行くぜぃ! えっと、加奈だっけ? 次お前だろ、見ててやるから投げてみろよ」
「は、はい! よ~し、やるぞー」
戸惑いながら、でも嬉しそうに加奈ちゃんはボールを持って構えた
本来ならもう一度溝口さんが投げなくてはいけないのだが、それを指摘するのは不粋というものだろう
「えい!」
ゴロゴロと転がり、
「あ~駄目か~。ごめんなさい」
一本残して終了。お見事
「ん? 良いんじゃねーの、一本残しぐらいなら」
「は、はい! よーし、次はストライクを狙います」
再びボールを構える加奈ちゃん。そんな加奈ちゃんを、溝口さんは笑顔で見ながら
「なんであいつ二回投げんの?」
と、面白い事を言い出した。ツッコミ待ちなのか?
《ストラーイク、やったね!》
「やったぁ!」
「お~」
みんな上手いね
「結構やるじゃねーか、お前」
「あ……、は、はい!」
「で、次はまた俺と」
「次は真理さんですよ。ルールが分からないのでしたら黙って見てて下さい」
「……おう」
「ふむ」
こうして会話を聞いていると、二人の力関係がハッキリと分かるな。て言うか、意外とキツいっすね綾さん
「くしゅん。……んん?」
「か、風邪ですかお姉様! 春ちゃんのお兄さんが悪いんですね!?」
なんでやねん
「ちょっと鼻がムズムズしただけですから。頑張って下さい真理さん」
「はい、頑張ります! だから私を、私だけを見ていて下さいますか!?」
「は、はい」
「ああ、嬉しい。今私はお姉様に見られているんですね? 全部を、全てを! ハァハァ、ハァハァ……堪らない。もう堪りませんお姉様ー」
「…………」
こっちはもう大丈夫じゃないな
さて、それから。多少ぎこちないながらも、溝口さんはみんなと積極的に話し始める
それを綾さんが隣でフォローし、結城が馬鹿を言ってみんなを笑わせる。最初の頃には考えられないぐらい、和気あいあいとした楽しい時間だった
「ふー。……遊んだな」
最後の一投を終えた溝口さんは、満足げに息を吐く
「久しぶりっすね、こんな自由に遊ぶの」
「だな」
二人は並んで椅子に座り、ポカリ的すいっとをグイっと一飲み。う~ん爽やかだね
「恭介さんがトップですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
スコアは俺が180でトップ確定。家族ボウリングでは2位を取れる成績だ(1位、母)
「……ねぇ、後で二人きりになりましょう? 綾音、佐藤君にご褒美あげちゃいます」
綾さんは俺の耳に甘い声でそう囁くが、どうせろくでもないご褒美だろう
「ちなみにタンポンです」
「本当にろくでもないな! てか最後まで伏せ字にしろい!!」
「タンポンなんて普通あげないんだからねっ!」
「そりゃあげんわ!」
「鼻に入れると、通りが良くなります」
「メンソール付き!?」
「でも、よい子は真似しちゃダメだぞ♪」
「……真似するような子は、きっと元からよい子じゃないと思いますよ」
手遅れな変態だ
「春ちゃんのお兄さん、またお姉様と楽しそうに話して……許せない」
「うっ!」
な、なんだこの背中の寒気は。誰かに見られている?
「そ、そろそろ引き上げましょうか?」
よく分からんが、これ以上この場にいると、事件が発生しそうだ。被害者俺で
「そうですね。文之兄さん、そろそろ終わりにします」
「ああ。結城、球とかゴミを片付けておけ」
「うぃっす」
俺も手伝うか
「結城、半分任せろ」
「お、サンキュー、恭ちゃん!」
二人でボールを元の場所に持っていく。危ないから一個ずつだ
「私も手伝います」
「お前は駄目だ! 危ないだろ」
「お姉様は駄目です! そんな重たいもの」
真理ちゃんと溝口さんが、ほぼ同時に叫ぶ。いいコンビだな
「でしたら自分のボールは自分で片付けましょう?」
やんわりと言う綾さんに、二人は気まずそうに頷いた