綾の大切 7
蕎麦屋から出ると、近くで待ってたのかすぐに溝口さん達がやって来た
「お待たせしました兄さん。それでは合コンの続きをしましょう」
既に合コンの定義から逸脱している気もするが、ともかく次の場所へと移動を開始する
「お姉様」
待ちわびたと言った風に真理ちゃんは綾さんの側に寄り、隣を歩んだ。……仕方ないな
「少しお話をしませんか徳永さん」
二人の間に割って入り、声をかける。綾さんは心なしか嬉しげに「はい」と返事をし、俺の方へ顔を向けた
「お、お姉様……キッ!」
ああ分かるよ、その目。私の邪魔をするな、このシイタケ野郎とでも言いたいんだろ? これほど露骨な敵意を向けられたら、普通の人は遠慮してしまうだろうさ
だが俺には効かないぜ? 何故ならその程度の威圧、ほぼ毎日向けられてるから(姉に)!
「へー、恭ちゃん従姉妹さん狙いか。可愛いからね〜。あ、や、俺は違うッスよ?」
「……ちっ」
真理ちゃんだけじゃなく、後ろからも責るような視線を感じるが、これも無視だ! 頑張れ俺!!
「どうかなさいましたか、恭介さん?」
「あ、と……ご趣味は?」
「エロほ……読書です」
「なるほど。僕も読書です(マンガ)お好きな食べ物などは?」
「キノ……お蕎麦ですね。中でも特に三色蕎麦が好きで、食べるとなんだか得した気分になっちゃいます」
「あ、それ、わかります。同じ蕎麦でも種類が色々あると楽しいですよね。三色蕎麦なのに一色はウドンだったり。確かに色違うけど! みたいな」
定番としては、茶蕎麦や梅蕎麦と言ったところだろうか
「恭介さんは何が好きなのですか?」
「やはり寿司ですかね。特に手巻きは――」
見合いより不自然な会話をしているが、互いの気心が知れているからか気まずくはない。むしろ楽しいぐらいだ
「なんか二人、いい空間作ってるね〜。えっと真理ちゃんだっけ? ちょっと話そうよ」
「……はい」
「溝口さんはお休みの日、どうしてるんですかぁ?」
「……寝てる」
「私もです〜。日頃の疲れですよね、やっぱり!」
他の人達も二人一組になって会話を始めたが、あまり雰囲気は良くない。何時まで合コンをするのか知らないけど、大変そうだ
「……あの、綾さん」
綾さんだけに聞こえるように小声で話かける。すると綾さんは、体を半歩寄せてコクンと頷いてくれた
「ボーリングの次はどこに行くんですか?」
カラオケとかだったらキツいな
「え? それで終わりにするつもりでしたけど……」
「そ、そうですか」
ますます合コンっぽくない。まぁ助かるが
「どこかおかしいですか? ……困りました。本を参考にコースを選んだのですけど、ボーリングの次はもうラブ☆ホテルに行くしかありません」
「つのだ☆っぽく言われても返答に困ります。てか普段行くところにすれば良かったのでは?」
合コンに慣れてる綾さんなら、いくらでも行く場所があったろうに
「普段……エロ本ショップとか? あっ! わ、私は18歳ですから!」
「嘘つかなくても大丈夫ですよ。俺も買ってって、そうじゃなくて! 合コンでよく使う店とかないんですか?」
「そう言われましても……。実は合コンって今までしたことなくて」
「え! そ、そうなんですか? 意外ですね」
いつも中年オッサン並みの下ネタを言ってるから、相当遊び慣れてると思っていたのに
「私、友達少ないですから。男の子では佐藤君が初めての、お友達です」
「ええ!?」
馬鹿な! ありえない!!
「そ、そんなに驚く事ですか? うちの学校では、わりと普通なのですが……女子高ですし」
「あ、いえ、普通です。すみません、俺が勝手に勘違いしていただけです」
なんだかんだで美人だし、作る気になれば何人でも作れそうなんだけどな
「私、変態ですからなかなか友達出来ないんですよ」
綾さんはニッコリ笑顔で言うが、
「……変態って言ったの、根にもってます?」
「いいえ。さすがに呼ばれた時は驚きましたけど、今は普通に嬉しくなっちゃってます。だってこんなに遠慮なく私に付き合ってくれる人、今までいませんでしたから。もうパンツ脱いで被せたいぐらい嬉しいです」
「……どのぐらい嬉しいのか、全く伝わって来ません」
「棒アイスが当たったぐらいです」
「ちっちゃ!?」
結構うれしいけど!
「……おい、まだ着かねーのか?」
俺が変な声を出したからか、溝口さんは若干イラついた口調で尋ねてきた
「もうすぐ着きます。歩かせてしまってごめんなさい」
綾さんは柔らかく返答し、俺から離れて歩いた。それは多分、溝口さんに遠慮したからだろう
所々の態度や、俺を見る監視に近い視線で薄々気付いていたが、溝口さんは綾さんに対して過保護な人のようだ。綾さんに近づく男、俺を警戒している
そして依然と続く、真理ちゃんの攻撃的な目。どうやら俺は、綾さんをめぐる戦いに迷い込んでしまったらしい。選択肢を間違えたら刺されてゲームオーバー、そんな展開も見えてきた
「…………はぁ」
「どうした、恭ちゃん」
「……ああ、ちょっとね」
隣にやって来た結城に笑い返し、軽い深呼吸で今度こそ本当に覚悟する。加奈ちゃん以外、誰も得しない気まずさと苦しさマックスの合コンだけど、最後までしっかり見守ろう。それが綾さんに対する礼儀だ
「つきました、こちらがボーリング場です」
ビルにそびえ立つ大きなピンが、太陽を反射して不気味に光っている。それを見上げて俺はうっすらと思った
今日が休業日だったら良いな、と