綾の大切 6
「お待た」
「きゃー変態ー!」
何枚ものタオルを体に巻き付け、ファラオの如く座敷へ戻った俺。そんな俺を待っていたものは、綾さんの隣に寄り添う真理ちゃんの悲鳴だった
「……ふ」
呼ばれ慣れているさ
「お疲れ恭ちゃん。シャツきてるよ、はい」
「あ、ああ、サンキュー」
手渡された白いシャツを広げてみると、背中には侍、腹の部分には切腹と漢字でプリントされていた
「酷いな」
センス云々よりも、縁起の悪さが酷い
「着ないの?」
「着るよ」
視線を避けるように素早く着替え、席に座る。俺と綾さん以外は食事を済ませているようで、空になった器がテーブルの端に寄せてあった
「先に出てっから。お前らは適当に食ってろ」
そう言って立ち上がり、溝口さんは座敷を出て行く
「ま、待って下さ〜い。ほら、行くよ真理!」
「えっ? わ、私はお姉様と、きゃあ」
「俺も行くか。ゆっくりね〜」
加奈ちゃん達も溝口さんの後を追い、ぞろぞろ。そして誰もいなくなった
「……なんかまた二人きりになってしまいましたね」
「じゃあ、脱ぎますね」
「なんで!?」
「え? 二人きりなんですよ?」
「いやそんな、察しが悪いなコイツってな目で見られても……」
「佐藤君、なにも私は服を脱ぐと言ってるのではありません。パンツを脱ぐんです」
「尚更悪いわ!」
「お、お待ちどう様です」
綾さんに突っ込んだタイミングで、店員さんが蕎麦を持ってきた。会話を聞かれてないだろうな
「それで……こちらは割引券です。本日から利用出来ますので、よろしければお使い下さい。本当に申し訳ございませんでした」
「いえいえ、そんな」
あんまり謝られると恐縮してしまうな
「では、いただきます」
頭を下げ合う俺達へのフォローか、綾さんは明るく食事のあいさつをする
「どうぞごゆっくり」
それが良いキッカケになったようで、店員さんは器を素早く片付けて戻っていった
「さて、俺もいただきますか」
やっと昼飯だ。薬味を入れて、ズルズルと食う
「ほぅ」
一口食べただけで、蕎麦の香りが鼻腔に広がった。それはバニラの香りであり、干し草の香りでもあるような、なんとも言えない甘い香り
食感は若干ボソボソしているが、これは水が足りないと言う訳ではなく、三番粉を多目に使っているからだろう。食感を犠牲にしてまで、味と香りにこだわった蕎麦って訳だ。多分
「やはりここの蕎麦は美味しいですね」
立ち食い蕎麦の方が気楽で好きだけど、たまには食いに来るのも良いかも
「父とよく来るのですが、お友達と来るのは初めてです。なんだか緊張してしまいます」
「…………」
珍しく照れた様子の綾さん。珍しすぎて、思わず見入ってしまった
「……ぬ、脱ぎます? やっぱり」
「出来ればそっちを照れて下さいな」
足を開こうとした綾さんをやんわりと止め、何事もなかったように食事を続ける
「うぅ……、佐藤君は鬼畜です。ドSです」
「なんでやねん」
めっちゃ紳士やん
「それにしても、いきなり迷惑をかけてしまいましたね。すみません」
なんだかまだ照れている綾さんに改めて頭を下げると、綾さんは首を横に振った
「佐藤君は何も悪くありません。だから気にしないで下さい」
「ですが……」
溝口さんを怒らせてしまったっぽいし
「兄さん、あれでも気を使っているんですよ。食事をしている時に、周りに待っている人がいますと少し遠慮してしまうでしょう? だから先にお店を出ただけで、怒っている訳ではありません」
「そうなんですか?」
「はい。変な気の使い方をしますけど、基本は優しい人です」
「なるほど」
やっぱり結構いい人なのか?
「いい人ではないですけどね、意地悪ですし。私は兄さんの人となりをよく知っていますので、兄さんの弁護を出来ますが、知らない方にしてみたら、ただの無愛想なムッツリスケベのシイタケ野郎ですから」
「相変わらず凄い表現しますね」
シイタケ野郎って……
「ところで……さっきから心読んでます?」
さっきから余り喋ってないのに、話が自然に続いてしまう
「佐藤君、分かりやすいです」
「また言われた……」
自分ではポーカーフェイスだと思っているのに
「姉ちゃんにも読まれるし、気を付けよう……。ふぅ、ごちそうさま」
蕎麦を食べ終え、お茶を飲んで一息入れる。至福の時だ
「ごちそうさま。さすが男の子ですね、あんなに量の差があったのに負けちゃいました」
微笑みながら感服したと言うが、綾さんも結構早い方だと言える
「この後はどこに行くんですか?」
「ボーリングです。釣り堀と迷ったのですが、ゴカイが苦手な方もいると思いまして」
「それ以前に合コンで釣り堀はあり得ないでしょう」
渋すぎる
「私たち日本人は魚と共に歩んできた歴史を持つ人種です。しかし近年、旧石器時代から行われていたと言われる釣りは、そのターゲットを魚から女性へと変化していきました。その証拠に今では釣り堀=バカップルが営む場と化し、それはもう、エロエロな事になっています。それにともないコトワザも変わりまして、海老で鯛を釣るから竿で鮑を突くに」
「へ〜。それは凄いですね〜」
もう突っ込みませんよ、俺は
「……ご、ごめんなさい」
「うむ、ドンマイ」
「うぅ……」
しょんぼりするぐらいなら、言わなければ良いのに
「……やっぱり調教されてきてる気がします」
「なにか?」
「い、いえ。そろそろ出ましょうか」
「そうですね」
さっそく割引券使わせてもらおう